めろめろ
「こっっっのおーーー!!」
怒声があたりに響く。
ディフェンのものではない。ディフェンは大盾を支えにして、よろめきながら立ち上がれたところ。こうつぶやくのが、やっとだ。
「やめろ、ショウ……」
駆けてくるショウに気づくや。
オフェンの両腕と杖をペッと吐き出し、トライオンの全身が炎に包まれる。
本能で分かる。
コイツはここ数日戦った連中とは、まるで違う。
頭の中では攻撃するなと古代人の仕掛けがズキズキするが、野生は警戒を告げている。
「グゥアウ、ゥルル」
低く唸るや、突進するトライオン。
二飛びしたところで。
両前足を着いた地面が突然ぬかるみ、急ブレーキがかかる。
顔が地に突っ込む。
「ボムっ!」
ショウは禁じ手としていた魔法をためらわず放つ。
泥から頭を出したトライオンだが、今度は口の中が爆発。
思わずのけぞり、炎と煙を空へと吹き上げる。
しかし。
猛獣イタクマを瞬殺した魔法も、大怪獣トライオンにはさしたるダメージにならない。元より意識、無意識に炎を操る大怪獣、オフェンの魔法もそうだったのだが、火炎系の攻撃は効き目が薄かった。
ぬかるみをよけて、トライオンがもう二飛び。
その巨体に似合わぬ俊敏さで、またたく間にショウに覆いかぶさらんとする。
ショウも即座に土壁を築くが、それは脆くも崩れ――
「危ないっ」
モールがショウの背を掴み飛び上がっていなければ、トライオンの巨体に押しつぶされ圧死していただろう。
「ありがとうモール。十分警戒していたつもりだったけど、それでも足りな、! シールドっ!」
ショウとモールは5階建て相当の高さに浮いていたのだが。トライオンは両後足を縮ませジャンプし、2人の高さまで迫ってくる。
シールドを何枚も張り続けるが、トライオンにぶつかるや砕け、次々に消滅。巨体の勢いを殺せない。職人たちに作成してもらったベストがごそっと軽くなり、アスタリウムが底をつく。
「ちょっと放すよ!」
モールがショウを宙に放って、その前に躍り出ると。
トライオンの体は見えぬ何かにぶつかりひしゃげ、すぐさま落下に転じた。
そして地に落ち。
鈍い音、舞う土埃。
それらが晴れると、凹んだ大地にトライオンが現れた。
身体を細かく身震いさせて、「グゥアウッ」と空に吠える。
無傷だ。
……
「強すぎる……」
モールに空中キャッチされたショウは、ディフェンの横に着地していた。
「無茶しすぎだ」
「すみません、我慢できませんでした。オフェンさんは……」
「もう…… だがあれでも復活はできる。腕もつく」
すでにオフェンはログアウトして、フルダイブ装置を出ていた。『パブリックビューが凄い盛り上がりよ。ダメージの追加、よろしく♡(ハートマーク)』というメッセージが届いている。
ディフェンもショウの攻撃のおかげで回復アイテムを使う時間を確保でき、体力を完全に取り戻していた。古代人の肉体はボディ。ダメージを受け損傷しても表面上だけのこと。パラメーター上の体力がゼロになり死亡判定になっても、ボディの機能に支障は生じていない。
またディフェンはトライオンに飛ばされて先程まで気絶状態になっていたが、これも月の裏にいるディフェンのほうは意識はあった。気絶などの異常状態は、フルダイブしているプレイヤーには操作できないなどの不快な状況になるので、オフ設定にすることもできるのだが、戦闘スコアは大きく減じられる。
オフェンについては膨大なバリアアイテムが仇となって、パラメータが底をつく前に実際のボディが損傷してしまった。古代人が部位欠損するのは珍しい。
「さて、僕も行くよ。援護してくれると助かるな」
ディフェンはシステム武技を決めて散るつもりである。いつもならショウの安全確保に頭を悩ませるところだが、モールがいる。先の、空でトライオンのジャンプを止めた様子をディフェンは見ていたが、モールには余裕がある。まだかなりの力を隠していることに気づいた。
「……僕が倒してしまうかもしれませんよ」
ショウは戦闘参加を止められると思っていた。逆にディフェンに頼られ、つい軽口がついて出る。
2人は、ニッと笑った。
……
「ひゅー、かっこいい。やんややんや」
白い空間、ローリーが囃し立てる。
「戦闘高揚ですか」
「2人とも未熟ですなあ」
「いや、槍の戦士は冷静ですぞ」
大怪獣雄たちが、論評を交わす。
トップアスリートのディフェンは、高揚を力に変える。一方のショウは、酔っているだけ。
翔一は若き自分の恥ずかしさに、床をのたうち回った。
……
だがそれでも。
「ボムっ」
ディフェンがトライオンへと歩みを進める中。ショウは先と同じ魔法を行使する。今回は口ではなく、腹の中での爆発をイメージ。
トライオンは口から爆風を吹き出すや、たまらず倒れる。
背を仰け反らしては丸めと、のたうち始める。内臓系はノーマルな部位が多い。
「効いてる! ボムっ」
追撃するショウ。再び口から爆風が吹き出すが、先程より少ない。
「ボムっ」
ビクッとしたが今度は爆風は出ない。
トライオンは本能的に息を止めていた。正解である。もう胃腸内にショウに従う霊素は無い。爆発反応する物素はまだまだあるが、そこはトライオンの腹の中。残っている霊素はいわばトライオンそのもの、ショウの霊素に従うことはない。
しかし。
「エア・ケージ」
ショウはトライオンの周りに空気を集め、球体にトライオンを閉じ込めるイメージを高める。そこには魔素や、無意識ながら大気に漂う霊素もチャージされる。ショウは単純に、トライオンの胃腸内の水素や酸素に相当する物素が希薄になったと推測し、吸わせて濃度を戻すつもり。
ディフェンは何が起こっているのかは分からないが、これはもしやと歩みを止め、様子をうかがう。
トライオン内部ではナノマシンが急ピッチで胃壁、腸壁を修復し、痛みを緩和させる。
治りはまったく不十分なのだが、動けるようになったトライオンは身体を起こす。
息を止めるのも限界。潔く、思いっきり息を吸って、吐き出す。
それが合図となった。
ディフェンは駆け出し。
「シールドストライク!」
大盾を投げつける。
トライオンは避けず、当たるにまかせる。それが囮技だと見きった。
「ちっ、」
盾を投げるや、振り上げていた長槍に、空いた左手も添え、
「スピアフォール!」
ディフェンは両腕で、トライオンの眉間めがけて振り下ろす。
その槍先は規定の速度をクリア。あとは規定部位に当てれば、システムルールが適用される。だが。トライオンの両前足は地についたまま。姿勢崩しは失敗している。
「ボムっ!」
そこをショウの魔法が、トライオンの腹中を撃つ。
激痛がトライオンを襲い、その動きが止まる――
止まらなかった。すでに知っている痛み、トライオンはこらえる。口元から爆風を吐き出しながらも目は離さず、身を引き沈めて鼻先で交わす。
地に叩きつけられる長槍。
ディフェンは体勢の立て直しを図るが、叶うはずもなく。
トライオンの右前足が下からディフェンを殴り上げ、浮かぶ間もなく左前足が叩きつける。
対して生じた閃光は1度きり。残りのバリアアイテムは1つだけだった。
ディフェンは沈黙した。
「ボムっ!」
ショウは1人攻撃を続ける。
トライオンは爆風と血を口から漏らしながらも、走りを止めない。
「マァドっ!」
足元がぬかるむのも織り込み済みか、転びはしない。
残りの間合いは、あと一飛び。
――死と隣合わせなのに、ショウは何もしなかった。
高揚していたというのもある。モールが飛ばないので、なんとかなるのだろうと思っていたところもある。
だがそうした理由よりも。
体内はボロボロのはずなのに、大怪獣トライオンは必死に向かってくる。
そんな姿に見惚れていた。
力だけではなく、心も強い。
そして目と鼻の先。
トライオンの動きが止まる。
目が合う。
「グゥアウ」
トライオンは『パパは頑張ったぞ』と一吠えし、生まれたばかりの子たちの顔を見に、逆方向へと駆け出していった。
こうしてオフェンチームは5分のタイムアップを迎えた。このイベントで規定時間を使い切ったのは、オフェンのチームだけであった。
マルチコプターが降り、古代人に雇われているという設定のNPC原生人たちがオフェンとディフェンの遺体を回収する。同乗するかと尋ねられ、ショウは3頭のパッカランとともに、明日午後の待ち合わせを約束していた北の町へと飛んだ。
……
「オフェン! ディフェン! オフェン! ディフェン!」
ログオフし、フルダイブ装置を出、車椅子に乗り移ったディフェンが、メッセージでせかす姉の指示する場所に向かうと。百人以上はいるプレイヤーたちの大歓声に迎えられた。次々ハイタッチを求められ、「最後、惜しかったな!」「あそこでロマン技狙い、しびれるぜ!」などと声をかけられる。
スピアフォールは当たれば大打撃を与えるが、猛獣クラス以上にはまずは当たらない大技。それ故ロマン技とされているのだが、それを大怪獣相手にしかけたことは、ゲムスキー文明人のハートを鷲掴みにしていた。
「お疲れ、ディフェン。あんたのシールドストライクが、打撃ダメージ1位よ」
ようやっとオフェンのもとにたどり着くと、上機嫌な声がディフェンを迎える。小盾、中盾ならまだしも、大盾でシールドストライクを狙うのも大胆であった。
「ありがとう、本命は外しちゃったけどね。姉さんはどうだったんだい?」
「私も魔法ダメージ2位、……古代人の中では1位よ。あと、チームダメージは、1位が確定したも同然ね」
チームランキングは大スクリーンにも度々映し出されていたので、ディフェンも目にしていた。暫定2位とは2桁のポイント差がついている。
「ショウの魔法は、文字通り桁が違うなあ。嬉しいけど素直に喜べない……」
「それがそうでもないわよ。わたしとあんたのダメージだけでも、今のところ1位なんだから」
「それは姉さんのおかげだね」
ディフェンの成果は、最初に吹き飛ばされたときに密かに決めた小技と、囮のつもりで出した大技だけ。半分以上はオフェンによるものとなる。
「へへん、分かってるじゃない。もう『ディフェンの仲間』なんて呼ばさせないんだから」
この2人に、原生人のおかげじゃないかとやっかむ者などいない。大怪獣ワタカシの襲撃に耐えて得た仲間であることは、上位のプレイヤーたちにほど、知れ渡っている。
これだけ姉が上機嫌になるなら鉄砲玉にされた甲斐があったものだと、ディフェンは苦笑いをした。
……
「ここまでの外傷とは…… 人工臓器に取り替えたいところだけれど、それでは魔素扱いへの影響は避けられない、か。ここはナノマシンで治癒を加速するのが適切かしら」
「魔素が物素を透過することは分かっていましたけれど…… 大怪獣の強化された厚い表皮を通すほどとは、予測を超えていましたわ」
分厚い透明金属越しに巨大水槽に浸かるトライオンを眺め、防護服の女2人が話をしていた。ファンラン生物を扱う区画なので、空気成分は現地のもの。彼女らは短時間なら防護服無しでも活動できる適合性のある種であったが、基本的にこの区画では気密防護服を着込んでいる。
「あらためて見直しても、この原生人の外見に特に変わったところは無いわね。各種非接触探査の結果で特異なのは、魔素器官だけ。でもこれだけで、この異常な魔法に結びつくとは考え難い……」
「毛髪、血液、汗、その他…… どの取得サンプルもごく普通の健康的なヒュマン種男性そのもの……」
続いて2人は、今回の戦闘を含めて過去に取得したショウのデータを再確認する。ショウはすでに、さまざまな調査を受けていた。食事にナノカメラを混ぜ込まれ、内臓の映像すら撮られている。
「やはり妖精を調査しないと。これ以上の進展は望めないわ」
「過去、妖精との接触に成功した事例はごくわずか。これほどの機会は、もう2度と無いでしょう。シンガルでは慎重にことを進めませんと……」
普段は大拠点シンガルにいる、この2人。大怪獣の受けた異常なダメージを直に確認するために、光学ステルス機でこのフルトー王国の中拠点まで出向いてきていた。
原生人ショウと比べると、妖精モールについては何も分かっていない。追跡しても、ショウから離れると姿を消してしまうのだ。すでに捕獲は諦め、ショウを通して調査に協力してもらう方針にしている。なおショウの捕獲についても、モールの不興を買うことが確実なため、とっくの昔に断念していた。
……
「ほーら、ごろごろごろごろー…… こら、よせ、くすぐったい」
「翔一ばかり、ずるいー わーたーしーもー」
白い空間。
翔一はソファーにくつろいでいた。胸に一匹抱きかかえてその喉に指を転がし、太もも左右には一匹ずつしがみつかれ、右肩の一匹と左肩後方の一匹には首筋や頬を舐められている。生まれて間もないトライオンの子どもたちだ。父母トライオンは、先輩大怪獣たちのところへ挨拶周りに伺っている。
かくして翔一も虜になり。白い空間は、ひたすらにぎやかになっていく。




