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国境

「分かりました。あれは僕も後味が悪かったです」

 ショウはオフェンとディフェンから、直接攻撃は動きを封じる魔法だけにしないかと打診され、素直に従うことにした。いかにヒト種を襲う猛獣相手とはいえ、口の中で爆ぜるイメージをするだけで致命傷を与える、そんな魔法をショウも乱用したくは無かった。オフェンとディフェンもそれは同様。先のイタクマ戦では、2人は1頭も倒していないのに戦闘スコアを分かち合うことになった。猛獣を殺すこと自体については、2人はショウと違って何の忌避感もないのだが、何もしないで戦闘スコアを稼ぐことには強い抵抗を感じていた。


 それからは。

 幾度となく猛獣に襲われる一行。ディフェンが猛獣たちを引きつけ、ショウが足元を泥沼化させて動きを拘束し、オフェンが火の玉魔法でとどめを刺す。空飛ぶ猛獣は別にして、戦いはなかばルーチンワークと化しはじめていた。

 そこに更に。

 ショウは先日来から温めていたアイデアを披露。控えるよう打診されていた猛獣への攻撃魔法だが、火の玉や電撃を一旦ディフェンの槍先に現出させ、そこから猛獣に飛ばすのだ。猛獣たちはディフェンに攻撃されたと認識して、ディフェンに襲いかかる。こうして一行の狩りの効率は格段に向上し、オフェンも当初の目論見以上に戦闘スコアを稼いでいった。


 ……


「そろそろラムパ市のようだね」

 いつしか山々の様子が変化したのを見て、ディフェンが言う。

「この辺りは土の種類が違うんですね。凄いなあ」

 そこかしこに尖った山々が連なり白い岩肌を見せる奇景を目にして、ショウも感心の声を上げた。

「そう、岩石が水に溶けやすくて、このような地形になるのだけれど…… ショウ、良く分かったね?」

 ディフェンは商人アキンからショウの身の上について聞いていたが、その話からはまともな教育を受けているようには思えなかった。しかしこれまでにも教養の一端をのぞかせる発言が多々あり、ディフェンはアキン同様、ショウはただの浮浪児ではないと見るようになっていた。

「泥沼や土壁の魔法がやりやすいときとやりにくいときがあるんです。それで土の違いが気になるようになって……」

 話自体は嘘ではないが、ショウが奇景の理由を当ててみせたのは学校で習ったからだ。隆起や沈降、堆積や侵食により地形が形作られるというのは、大した知識ではない。しかし浮浪児が知っているのはおかしいのかとショウも思い当たり、とっさに理由をでっち上げた。

「なるほど。そんな気付きがショウの凄い魔法につながっているのかもしれない。何も考えていない放火魔に見習ってもらいたいものだ」

 ディフェンの話が思いもよらない方向に飛んでいって、ショウはホッとした。自分が地球から転移してきたことをオフェンとディフェンに打ち明けても良いのではという思いがある一方、古代人の科学者に会うまでは不測の事態を招くようなマネは極力避けようという思いも強かった。いつかこの景色が懐かしい思い出になるのか、なると良いななどとショウも思いふけりながら、パッカランを進める。

 そして一行は、高さ10メートルはある、しかし長年の風雨によりところどころ崩れかけている城壁に囲まれた、城塞都市ラムパ市の城門をくぐった。


「明日と明後日は朝から移動するわ」

 それぞれの宿へ向かう別れ際、オフェンがショウに告げた。ラムパ市からタキュ帝国とフルトー王国の国境、さらにフルトー王国側の城塞都市ノスラムパ市の区間はキリの良い場所に古代人拠点が無く、また猛獣もあまりいない。なので2日で一気に駆け抜けたいという話であった。実際は猛獣が少ないことに加えて、戦闘スコアを予定以上に稼げたのが大きな理由なのだが、もちろんオフェンはそんなことはおくびにもださない。

「2日で400キロメートルですか。変わった景色でも見られると良いのですが」

 ショウとしては大拠点シンガルに早く着けるのは良いのだが、さすがにパッカランでひたすら移動するだけの旅は退屈だ。

「なに気の抜けたことを言っているのよ。少ないといっても猛獣たちは出現して、原生人には十分脅威なんだから、気を引き締めてね」

 オフェンは注意をしたものの説得力は無いなとも思っていた。猛獣は原生人であれば戦闘の達人クラスでなければ危ない存在だ。でも今のショウなら一方的に勝ってしまうだろう。移動中心の旅程が退屈なのはオフェンも同じ。ショウがいなければノスラムパ市まで瞬間移動――その実態はノスラムパ市の別ボディへの再ログイン――で済ませたいところだ。

「そうですね、痛い思いはしたくないです。それでは明日は朝から」

 ショウは手を振って別れを告げ、原生人向けの宿へと向かった。


 ……


「オフェン、様、ですね。応接室までご足労ください」

「えっ!?」

 オフェンは入国審査官に呼び止められた。


 前日朝早くにラムパ市を出立、タキュ帝国側国境の小さな宿場町近くにある古代人拠点で一泊したオフェンは、この日も朝早くからショウと合流し、出入国手続きを進めていた。古代人はほぼすべての国で出入り自在、フルトー王国も例外では無いはずなのだが、思わぬ足止めをくらう。すでに入国手続きを済ませたディフェンとショウが何事かと、オフェンの様子を伺っている。

「同行の方々には申し訳ありませんが、待合室でお待ちいただきます。ささ、こちらへいらしてください」

 いつの間にやら呼び寄せられたのだろう、審査官とは異なりそれなりの身なりをした事務官がオフェンに同行をうながす。オフェンはディフェンと視線を合わせるが、ディフェンは首を振るだけ。システム上のメッセージ機能でも『こんな強制イベントは聞いたことがない。まずは行くしかないだろ』と突き放す投稿を送りつけていた。


 応接室は質素で最低限のしつらえの部屋であった。この国境近辺で両国の外交政治が繰り広げられることはもはやない。国威を示す施設があったのは遠い昔、今では殺風景な役所施設が建てられているだけであった。

 勧められた上座のソファに腕と足を組み、ふんぞり返って座るオフェン。1人待たされているうちにだんだんと怒りがこみ上げてくる。犯罪に及んだのならいざしらず、ユーザーの同意を得ずに身柄を拘束するようなイベントなど許せるものではない。そこへ。


「お待たせしました」

 初老のアキン種の男性が1人入室してきた。

「ええ、お待たせさせられて……」

 ふんぞり返ったまま嫌味を言い返そうとし、だがオフェンは言葉を止める。男の左手首にはめられたリングの色が揺らめきはじめ、明滅を繰り返している。それはこの男がNPC古代人であり、そこへ何者かがリモート接続をしていることを表していた。

「待たせたかの。直接話をするのは初めてじゃと思うが、ワシはクンカのキワメキキじゃ。忙しいところすまんのう」

 ちっともすまないという素振りを見せずに、自己紹介をするキワメキキ。しかし。

 オフェンはバネ仕掛けのように、ソファーから飛び起き――

「は、はじめまして。ゲムスキー文明のオフェンです。いつも大変お世話になっております。お話できて光栄です」

 ピシッと45度のお辞儀を返した。


 ……


「『やべ』、じゃないだろ……」

 パッカラン3頭の状況を確認して待合室に座っていたディフェンが突然つぶやく。どうしたのかと聞いてくるショウに気もそぞろに応じながら、姉の『キワメキキだ。やべ』というメッセージに頭を抱えた。オフェンが高収入を得ているのは、クンカ文明の有力者の1人、キワメキキによるところが大きかったからだ。


 ゲムスキー文明の一部の種の汗は、ファー銀河連邦の多くの種に好まれる香りをしている。そのため汗を売ることが職として成立しており、オフェンもそうした仕事に従事している1人である。

 ところでファー銀河連邦の科学レベルであればこの汗を寸分違わず合成することができるのだが、これを天然物か合成物か判別できる種族が存在した。それがクンカ文明のクンカ種である。加えてクンカ文明の美醜感はファー銀河連邦に属する多くの文明と合致しており、いつしか他を寄せ付けぬ審美眼を備えた文明と認知されるようになっていた。汗に限らず絵画や彫刻などの美術品においても真作と贋作を見分けることができる鑑定能力と相まって、クンカ文明は銀河連邦の特に支配層、上流階層では幅を利かせている。

 そうした中その鋭い論評で頭角を現して今や神格化した存在になり、各文明の王室などとも交流の深い超一級文化人キワメキキに、オフェンの汗は最上級の鑑定書を与えられていた。「其の香り、情熱燃え盛る炎が如し」と。当時まだ文化を解せなかったディフェンなどは「それって香水に対する評なのかなあ」と思ったものだが、瞬く間に銀河連邦最上流社交界を席巻した。

 なお、なぜ、クンカ種は物素レベルで全く同一のものを、オリジナルなのかコピーなのか判別できるのか。それは霊素の差異を識別することができるからなのだが、ファー銀河連邦史においてはクンカ種自身も含めて、その謎は解き明かされることはなかった。


 そうしてほどなく。

「ショウさん、ディフェン、お待たせして申し訳ありませんでした。私の用件は無事済みましたわ。早速、旅を再開いたしましょう」

 オフェンがしなりと待合室に戻ってきた。並行してシステム上では『今日はログオフして働くから、あとはよろしく』というメッセージが飛んでくる。

 ディフェンは絶対姉にAIの再調整をさせるぞと心に決め、この偽姉とショウとでノスラムパ市へ向かうという、胃がキリキリする8時間の旅へと出立した。

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