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妖精と転移者

 舞台はふたたび田園地帯。

 翔一はローリーに案内されたこの星でしばらく過ごすことにした。「全宇宙スキャン!」の情報を得た今はこの星を推薦された理由が分かる。その気になればあらゆる場所、あらゆる時代、あらゆる次元に、いくらでも並行して存在することができるのだが、まずはこの星で肩慣らしといったところだ。

 また翔一には意外だったのだが、マスターを承諾した後もローリーは白い空間にとどまっていた。今も腕を絡ませ、ぷにっと押し付けている。なにしろ奇妙な感じなのだ。白い空間でフルダイブ型VRを通してこの星を体験しているようで、それでいていちゃつくカップルよろしくソファーにくつろぎきゃっきゃうふふとTVを通して星の中継映像を眺めているような、全知全能でなければ実現しえない状態にある。


「とりゃ!」

 翔一はどうも能力を行使すると声をあげてしまう。すると街道横の林の斜面が渦を巻いて歪むや、薄汚い服装をした若者が地に伏せて現われた。翔一そのものの容姿をしていたが若い。大学入学当初、18歳のときの姿であった。

 さすがに宇宙マスターになった翔一がそのままこの地で過ごしても面白みは少ない。この宇宙の知識を持たない、そしてまだ社会に揉まれて世間擦れをしていない、もっとも自信に満ち溢れていた自分に冒険をさせたら楽しかろうと目論んだのである。

 先の「全宇宙スキャン!」は翔一がマスターに就く前のもの。その結果には翔一の影響が反映されていない。この18歳の自分が今後どうなるのか、それはあらためて未来をスキャンしなければ翔一にも分からなかった。


「ふーん、翔一さんそのもの、ねえ?」

 若者翔一を見つめていたローリーが、ジト目で非難めいた声をあげる。

 翔一の創り出した18歳の翔一は、当時よりその胸板は厚く、脚は長く、その鼻は高く、目はきりっとして、ようは全面的にイジられていたのだ。確かにこの星の環境に適合させるために身体を改造する必要はあるのだが、しかし外見をイジる必然性は全くもってない。


「お次に、ぽんっ!」

 あからさまに話をそらす意図を込め、翔一が声を発すると。4枚の羽根をはためかせた人型の小さな生き物が宙に現れた。原始人のような出で立ちで、胸と腰に布を巻き付けていた。お腹を丸出しだがへそは見当たらない。妖精である。

 この星には妖精が存在していて多くは群れをなして一所に留まっているが、気ままに生息しているものもいる。若者翔一に付き添う存在として都合が良かった。妖精種はこの星の中でも強い部類に位置するのだが、この妖精翔一は宇宙最強である。ローリーが「名前はー?」と問うので「モール」と答えるが、またもやジト目を返される。なぜだ?

「コホンッ」と仕切りを直してローリーはどうするのかと尋ねると、「わたしは横で見てるー」とぎゅっと左腕を抱きしめてきた。なぜ恋人気取り? おかげで妖精に成り代わってみたものの、まるでその着ぐるみの中に2人でぎゅうぎゅう詰めになっている気分。釈然としない。

 釈然とはしないが「さーて、それでは」と気を取り直し、羽をばたつかせて下降して、伏せている若者翔一をのぞきこんだ。小さな手でその頬をはたく。びくっとうごめき、若者翔一はゆっくりとその目を開けた。


 ……


「うわっ!」

 若者翔一は思わず大声を出し、弾けたバネのように体を起こして後ずさった。気がつけばなぜだか林の中、目の前には露出狂な子供が羽を動かし宙に浮いている。そして自分の姿を見てみれば、ずいぶんとボロボロな服とくつ。くさい。寒い。置かれている状況に認識と思考が追い付かない。


 そんな様子を見下ろしていた妖精翔一のほうは、げんなりとしていた。この段に及んで異世界転移のガイダンスが必要なことに思い至った次第である。「こんなところで寝ていると風邪を引くよ?」と声をかけて落ち着かせてみるが、何も喋らず警戒されてどうにもまどろこしい。

 あーもうとさじを投げ路線変更を模索。周囲の状況を勘案し――マスターとなった翔一は呼吸でもするかのように全宇宙の状況を把握している――一計を案じた。その思考を読みとったローリーは、「お前も悪よのう」とつぶやく。


 低い唸り声。

 若者翔一がつきまとう露出狂幼児をあしらっていると、今度は2匹の四足野獣が近づいてきた。大型犬のような野獣。鋭い歯をむき出しにして、威嚇するように声を上げている。ろくに獲物が捕まらないのか、その胴はやせ細っているようにみえた。

 若者翔一は身を固くしながらも目を見開き、思考を巡らせる。それほど強そうではない。蹴り飛ばせば勝てるんじゃないか。いや、足に噛みつかれたら破傷風が怖い。枝を振り回して追い払うか。しかし手ごろな枝が見当たらない。逃げるか。あいつらのほうが速いに決まっている。そうしていると。

「キミは魔素が使えるよね?」

 露出狂幼児が思考をさえぎってきた。聞き慣れない単語が聞こえたが今はそれどころではない。首を激しく横に振る。


「……しょうがないなあ。ボクがやるよ」

 分かっていた答えを確認すると、妖精翔一は身をひるがえす。両の手のひらを野獣に向けるやいなや、2つの火の玉を続けざまに放った。それらはあっという間に野獣たちに届き、その鼻先ではぜる。たまらず悲鳴を上げ、妖精翔一が引き寄せた2匹は走り去っていった。三文芝居は終わり。白い空間でローリーが拍手をしているが、その音は若者翔一には聞こえない。


「ありがとう。その、君は魔法を使えるんだね」

 若者翔一は立ち上がるとそう礼を言った。シャツやズボンについた土や葉を払い落とす。


「うーん、キミは良い魔素をまとっているんだよね。魔法を使えるはずなんだけどなあー」

 しめしめ警戒が解けたと妖精翔一はほくそ笑み、くんくんと鼻を嗅いで若者翔一の周囲を飛び回ってみせる。そして右の人差し指を突き出し、ポッとライターのように火をともして。

「ほらやってごらんよ」


 若者翔一が半信半疑に真似てみると、果たしてその指先に火がともった。

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