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刹那  作者: 七月梅
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08 神様の愚痴

 急いで椅子から立ち上がった千春の後ろからあの老婆が声をかける。



──ここの時間は現実世界と違うからそんなに急がなくても大丈夫よ



 千春は驚きつつ老婆の方へ身体を向ける。

 千春の目の前には先ほどと同じように老婆の横にゆりかごが二つ並んでいた。

 老婆は穏やかな表情で千春を見つめていた。



──思い出は取り戻せたようね?

「あ、はい…ありがとうございます…」



 老婆は視線を千春の日記に移し、それにしても困ったわ、と頬に手を当てる。



──漣ったら勝手に貴女の記憶を消すだなんて…そうさせてしまったのは私かしらねぇ…せっかく愛しい人を見つけたのなら少しは我儘になってもいいじゃないのまったく…!



 役割を優先させてしまうのが彼らしいわ、と老婆が嘆く。

 息子を持つ母親のように老婆は漣の不満を笑いながら零す。



「貴女は神様ですか…?」



 千春の疑問に老婆は目尻を下げにっこりと笑う。



──そうよぉ、初めまして千春ちゃん。この世界の神様です



 千春ちゃんのこと、ずっと見守ってましたよ、と朗らかに笑う神様。

 千春は元の世界で有名なお煎餅のおばあちゃんを思い浮かべる。



 「神様。私、漣の所へ行きたいんです!どうやったらここから出られますか?」



 まず何よりも漣に会いたい千春はそわそわと辺りを見渡す。真っ白な空間で出口は見当たらない。

 そんな千春に神様は慌てないでと声をかける。



──でも千春ちゃん。会ってどうするの?申し訳ないけど転換は止められないわ。いえ、止めないわ。漣の死の運命は変えられないわよ?



 先程の暖かさが嘘のような神様の鋭い言葉に、千春は瞠目する。



──漣の望み通り新しい街で新しい幸せを見つけてはどう?転換を済ませた後三百年くらいは争いも起こらずみんなが助け合って支え合って生きていくわ



 千春ちゃんが辛いなら私の方で記憶を消してあげるわよ?と優しく神様は問いかける。

 神様の考えを千春は理解しつつも頷くことはできない。

 記憶を失えば新しい幸せを手に入れることは容易いだろう。でも、と千春は思う。



  ──新しい幸せよりも私と漣の幸せがほしい



 それが記憶を取り戻した今の私がほしいもの…!と例え刹那的な幸せだとしても千春は漣と共にいることを望んだ。

 漣の元へ!と千春は拳を強く握り決意する。


 ヴェイグルクスに後悔しないように走ると千春は言った。ならば後悔しないようにと千春は神様と向き合う。



「神様、私は漣の元へ行きます。私は漣が好きです。ずっと漣の傍にいたい。最期まで話がしたい。後悔したくないんです」



 漣が死んでしまう運命なら私もその運命に寄り添います、と千春は断言する。

 口を閉じていた神様は変わらぬ穏やかな顔で千春に問う。



──千春ちゃんはまだ若いわ。きっと後悔するわ

「しません。私は漣と傍に行きます」

──漣はそれを望んでいないわよ?

「漣の思いは関係ありません。私は私が後悔しないように行動します」

──短い幸せね

「短くても私とって最高の幸せです」

──後悔は?

「絶対にしません」



 強く答える千春に神様は少し沈黙した後、深くため息をつく。そのため息は呆れではなく安堵の感情が感じられた。



──それが千春ちゃんの答えならば私からはもう何も言わないわ



 神様は千春の後ろを指し、道を示す。

 指す方向へ千春が目を向けるとそこには扉があった。

 いつの間にか千春の後ろに存在していた質素な扉は千春が働く宿屋の扉と酷似していた。



──お行きなさい、千春ちゃん。意地悪してごめんなさいね。走ればきっと間に合うわ



 見たことない満面の笑みで笑い、神様は千春に手を振って見送る。

 千春は漣の元へ行けると分かり、神様に勢いよく頭を下げ扉の方へ駆け寄る。

 千春は扉を壊れるんじゃないかと思うほど力強く開き、勢い良く飛び出す。


 瞬間、千春は身体が浮く感覚を感じ、そのまま──落ちた。



「え、」



 重力に従うように千春の身体は真っ逆さまに落ちていった。



──行ってらっしゃ~い

「ひぃああああああああッッッ!!!!」



 楽しそうな声で千春を送り出す神様に、千春は神様覚えてろよ~!と心の中で悪態をつく。

 真っ黒な空間をひたすら落ちていく千春はゆっくりと意識を失った。



 *



 千春が落ちて静かになった空間で、神様は穏やかにゆりかごを揺らす。

 手つきの穏やかさとは違い、神様の眉の間には深く皺が刻まれており、ブツブツと文句を言っている。



──神様って嫌な役割ね。見守るだけで現実世界へは全然干渉できないのよ?私だってなんとかしてあげたいのに!損な役割よ全く!



 憤慨する神様の愚痴をゆりかごの主は静かに聞いている。



──いいわよ。私も私のやりたいように行動してやるんだから!あの頑固な子達を驚かせるわよ!



 この子達と同じようにしてあげましょう。腰を抜かすほど驚くわ!とブツブツと呟き、何かを画策する神様を放っておき、ゆりかごの主は小さく欠伸を漏らす。

 隣のゆりかごの主は深く眠っており、神様の大きな独り言でも起きる気配はない。



──あらあら眠いのね。そろそろかしら?ゆっくりおやすみなさいな。目が覚めたら貴女の、貴女達のもう一つの幸せを見つけなさい

 


 ゆりかごの主はゆっくりと瞼を下ろす。



──今度は後を追って命を落としてはダメよ?紅螢



 おやすみなさい。



 *

主達の名付け親は神様です。直感と語感で決めています。

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