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刹那  作者: 七月梅
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02 主の役割

 千春がこの世界に落ちて来て数ヶ月経ち、森での暮らしも板につき逞しく自給自足の生活を謳歌していた。

 森の最深部は季節の移り変わりの影響が少なく、王国では春から夏へと変わる中、森の最深部は常に過ごしやすい空間を保っている。

 その日は少し暑く、触れる漣の身体がひんやりと気持ち良く感じる。

 不意に下げていた頭を上げ、漣が空を見上げた。正確には漣の祠にいるため見上げているのは古びた木製の天井だ。



「さざな、み…?どうしたの?」

『……ああ、すまないチハル。起こしてしまったね…』

「大丈、夫…」



 昼寝中だった千春が漣の身体から起き上がり、目をこすりながらどうしたのかと問いかけるが漣は答えない。

 沈黙して十数秒後、漣の大きく美しい青い瞳が千春の方へ向く。漣の言葉は祠の静かな空間によく響いた。



『西の沼の主が死んだ』

「え?」

『人間に殺されたんだろう。しかし人間の侵攻が思っていたより速い。このままだと一ヶ月経たないうちにこちらへ…』

「え、え…どういうこと…?」



 漣の突然の告白を千春は理解することができずに首を傾げる。

 漣は千春にこの世界に存在する主について簡単に説明する。


 漣の世界に国は一つしか存在しない。王族がいる王都を中心にして東西南北にそれぞれ漣のように、場を守護し世界を見守る主が存在している。



  東の谷の主、朝霧


  西の沼の主、薄墨


  北の氷雪原の主、レドル

 

  そして南の森の主、漣



 主達と人間は互いに不可侵である。

 触らぬ神に祟りなしと日本で言われると同じように、主達が守護する領域を侵さぬ限り人間に害はない。

 主達も人間を故意に害することはない。

 また、領域を侵すと言っても主達の性分は大変穏やかなもので、人間達が森や沼で狩りを行おうが雪原や谷で遊びに興じようが祟りにあうことはない。

 仲が良いという訳ではないが、主達と人間は友好な関係を築いていた。

 ならば何故?と千春はますます疑問に思う。



「ど、どうして人間が沼の主を殺すの…?」



 突然の同種の暴挙に千春は理解ができないと漣に問う。


 祟りなんてと誰もが考えられるほど主達は穏やかなイキモノである。しかし何故沼の主が殺されたのか。

 ここ数十年で増えに増え続けた人間の数を見れば答えは一つである。



『開拓だよ、チハル』



 漣の青い瞳が氷のように鋭く光る。漣の口調はいつものように丁寧だが、千春は背筋が凍るような感覚に襲われた。


 飽和状態となった人間を育むには家が足りない、食べ物が足りない──即ち土地が足りない。

 王都周辺には壮大な土地が広がっているが、四方には主達の守護領域があり、人間の持つ土地の果てが見える。良くいえば守られている、悪くいえば捕われていると人間は思うだろう。

 王国を囲む守護領域は広大で、そこに果てがあるのかを知る者は誰もいない。



『…ならば、主を殺してでも土地を手に入れ我が国民を生き永らえさせねば、と人間の王は考えたのだろう』

「漣達がいるとえ…っとその守護領域?には手が出せないの…?」

『そんなことはない。住みたいのなら住んで構わないし、開拓してもいい。…ただ、森を荒し動物達が住処を追われることになれば、私は守護者として手を出さねばならない』



 それを知らない人間達は主を殺さねば領域に手が出せないと考えているのだろう。



「じゃあ今からでもそのことを教えて…」

『無駄だよ。この考えは長年の時を経て人間の思想に根付いている』

「でも主達を殺すだなんて、は…反対する人だっていたはず…!」



 領域を守護し、世界を見守るから主と呼ばれている。人間の中にも主を殺してはいけないと反対する人はいた。ただ、決行した人間の王は反対意見を聞き入れることはなかった。

 憤慨する千春に漣はなんでもないように真実を教える。



『よく聞きなさい、チハル。これはなるべくしてなっている』

「え…?」

『西の沼の主が死んだことも始まりに過ぎない』



 なるべくしてなっている。

 主達は全員この流れを理解している。この世界に主として生まれた日から神から役割を請け負った。



『人間には数百年に一度、転換期が訪れる。増えすぎた人口を戻し、法や文明を残したまま古きものは新しく生まれ変わる。人も森も大地も全て。私達主とて例外ではない』



 転換期が近いからこそチハルを人間の街へ行かせようとしたのだ、と漣は付け加える。



『古き森は新しき森へと生まれ変わり、枯れ木のような私は古き森と共に大地へ還る。しかし生まれ変わることなく私とは違う主がまたこの森を守護していく』



 つまり



「待…って、待って待って待って!!…漣は、漣は死んじゃうの…?」



 千春の目の前にはあの美しき青い瞳がある。祠の薄暗い中でも光源のように輝いている。

 漣はゆっくり頷く。



『元々主達は転換のスイッチのような役割を担っているんだ。人間が主達を半数殺す…つまり私を殺すと同時に転換期が始まる。まぁ開拓しやすい土地だからね、西と南を狙うのは分かっていた』



 北と東は人間が住むには向かないしね、と他人事のように漣が呟く。



「漣はそれでいいの…?役割だからって殺されてもいいの?」



 私は嫌だよ、と千春が我慢出来ずに涙を零しているのを漣は優しく舐め取る。暗に『いい』と言っているようだった。

 千春は受け入れ難く、漣の身体を力いっぱい抱きしめる。

 苦しいよ、とクスッと笑う漣の言葉を無視して思いっきり抱きつく。



『チハル。森の入口に一番近いオーレスの街は転換の影響を受けない。旅立つ準備をしなさい。チハルはそこへ移り住むんだ』

「イヤ!」

『チハル』

「漣がいないならどこにも行きたくない!漣と一緒にずっとここにいる!」

『街の生活も悪くないよ。暖かな寝床、美味しい食事、明るく優しい人間達はきっとチハルを快く受け入れてくれる』

「漣を殺そうとする人達のところになんて行きたくない…」

『オーレスの街は森に近いため森の主への信仰心が強い。恐らく反対派ばかりでチハルも仲良く…』

 「そんなの関係ないよぉ…私は漣と一緒にいたいのにぃ…ッ」



 漣を抱きしめ、イヤイヤと子供のように泣きながら首を振る千春に対して、困ったなぁと全然困ってないように漣は呟く。



『チハルが嫌でも私はチハルに生きて幸せになってほしいから……仕方ないね』



 私の幸せを勝手に決めないで──!と千春は漣に言おうとした。

 しかし、その前に漣の身体に刻まれた複雑な模様が光を発したかと思えば、千春は抗えない眠気に襲われそのまま意識を失った。


 静かになった祠の中で漣は眠る千春の額に口づける。



『愛しいチハルにどうか至上の幸せを』



 漣は己の身体に千春を器用に乗せ、オーレスの街へ向けて歩み出した。



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