10 口の悪い案内人
千春達が中央軍の最後尾らしき兵達に追いついた時、軍は異様に静かだった。森の入口にて数千の兵達が整然と並び、先頭の方は全く見えない。
走り通して身体は灼熱の熱さなのに千春は背筋が凍るように冷えた。
先導していたゼスが走りながら声を大にして叫ぶ。
「第二王子ヴェイグルクス殿下の命を受け、ゼスモントが参った!道を開けよ!森の主まで案内せよ!これは第二王子の命である!」
ゼスの言葉を受け、兵の群れから案内役を担うのか体格の良い男が飛び出す。
男は静かな中央軍全体に響かせるように声を上げる。
「道を開けよ!ヴェイグルクス殿下の命を受けたゼスモント様が通る!」
男の言葉に兵達は一糸乱れぬ動きで素早く道を開ける。千春とゼスは出来上がった道を走り進む。
兵達に命令した男は共に千春達と走り、ゼスと言葉を交わす。
「ゼスモント様!一体何が!?」
「極秘任務だ。この娘を森の主の元へ案内する」
「な、」
兵の男は千春を一瞥するが状況を全く理解できないようだった。
「それより今はどんな状況だ。何故このように静まり返っている」
先頭へと近付くにつれ、仄かに明るくなっていることに気付く。
千春の手足は血の気が引き、氷のように冷たくっている。
「はし、れ…ば、間に、合う…って!」
神様の言葉を思い出し、千春はくしゃりと顔を歪ませる。
「報告!」
もたつく兵の男をゼスが叱咤する。
「はっ!わ、我々中央軍は南の森の主の討伐を達成し、オーレスの街へ戻るため各部隊準備を終えたところであります!」
──南の森の主の討伐を達成
「っ!おい!」
足を止め、ふらつく千春をゼスが素早く支える。
千春は顔を真っ青にさせガタガタと震え、涙をとめどなく流す。
「間に、合わなかった…」
「まだそうと決まったわけじゃない!」
震える千春にゼスは舌打ちし、近くで戸惑いを見せる兵の男に問う。
「おい!討伐を達成したならこの静まり様はなんだ!?後軍の兵に問題がなければ、残るは前軍──先頭の部隊で何かがあったんだろう!?」
ゼスは初めからおかしいと思っていた。
いつでも出発できるように兵達は整列していたのに動く気配が全くない。
それに主討伐に対してこのような大軍は必要とせず、前軍の数百の兵で目的は達成できるはずだとゼスはヴェイグルクスから聞いた言葉を思い出す。
──主達は本当に穏やかで優しい方達だ。抵抗どころか領域の入口まで自ら移動してさぁどうぞ!とこちらの手間を省くことすらしそうだ
──主達は分かっているんだよ、殺されることを。本来なら一般兵一人でも達成可能な任務だけど、国の名誉のため大軍を率いるしかない。討伐はあっという間に終わって中央軍はすぐに街へ帰って行くよ
達成された任務を終えても動かない軍。考えられるのは森の主の元にいる先頭部隊が予測不可能な出来事に見舞われて動けないという可能性。
「それが、自分にも何が起こっているのか…!前軍から待機命令を受けて以降伝達がありません!」
そら見ろ!とゼスは己の推察が当たっていたと歓喜する。
ゼスは足元で膝をつく絶望顔の千春を奮い立たせるために怒鳴る。
「座り込んでる時間はない!まだ間に合う!さっさと立てノロマ!お前の決意はその程度か!」
そんな軍人に使うような罵倒を若い娘にするなんて、と兵の男や周りにいる道を開けた兵達はおろおろと二人を見る。
真っ青を通り越し真っ白だった千春の顔に血の気が少し戻る。
縋るような目でゼスを見上げる。
「まだ間に合いますか?漣に…森の主に会いたい」
「会える。だから立って走れ」
俺にヴェイクから任された任務を遂行させろ、と鋭い目でゼスは千春を睨む。
千春の目に光が戻り、力強さを感じる。
千春は震えていた足を叩き、呼吸を整え立ち上がる。顔を正面に向けると全ての兵が千春達の道を開け終えていた。
道の終わりに千春が目を凝らすと先頭部隊らしき兵達が僅かに見える。
その奥には美しい光を放つ者がいた。
──まだ間に合う
千春は再び走り出した。
「ゼス様!」
走り出した千春は後ろで共に走るゼスに呼びかける。兵の男はお役御免と案内を終えた。
「その呼び方をお前に許した覚えはない。やめろ」
「え!?え、と…ゼスモント様!」
この状況で気にすることなの!?と千春は理解できなかったが、ゼスの本名で呼び直す。
ゼスは満足したのかフンッと鼻を鳴らす。
「なんだ」
「お願いがあります!漣が、森の主が死んだ後に私を、」
「皆まで言うな。話は、…聞いていた」
ゼスは姿こそ見せなかったがヴェイグルクスの影としてずっとヴェイグルクスの傍に控えていた。
千春がヴェイグルクスと何を話していたのかも知っている。
千春の決意も
ヴェイグルクスの思いも
これから何が起こるかゼスには分からない。しかし、自分にもヴェイグルクスにも根拠の無い死の気配を感じ取っていたゼスは、最期まで敬愛する主人に尽くそうと決めていた。
ヴェイグルクスから別れの挨拶のような言葉を受け、ゼスは終わりを感じた。
主人との別れは済ませた。
後悔や未練は死ぬほどある。でも、とゼスは思う。
「これもヴェイクが為した何かの縁だ。安心しろ…俺が眠るように殺してやる」
口悪く殺してやると言ったゼスは口端を吊り上げ黒い笑顔を魅せる。
ゼスの言葉を聞いた千春は満面の笑みでお礼を言い、転ばないよう足を大きく前へ踏み出す。
前方から差す光が眩しい。
もうすぐ会える。
漣!漣!と千春は胸のうちで叫ぶ。
あと数十m
目の前の神秘的な光景に微動だにしない先頭部隊を通り過ぎる。
あと数m
千春の目の前には光の源で喉元に鋭く剣が突き刺さり座り込む漣がいた。
刻まれた模様が青く発光している。
美しい大きな青い瞳を隠すように瞼が重く落ちている。
千春は息を切らし、涙を溢れさせ、肺が破裂するほど叫ぶ。
「漣!!!!」
*
ゼスモントをゼスと呼ぶことを許されているのは一人だけです。




