01 森の暮らし
初投稿で連載処女作
趣味全開で書きました。
読みにくさは目を瞑ってください。
当方、ハッピーエンドのつもりで書きました。
とある王国、その南に位置する古き森は広大で生きとし生けるもの人生を何度も見守ってきた樹木がこれでもかと言うほど乱立し、息づいている。
森の最深部は日の光を通さないほど背の高い木々に囲まれ、風が吹けば森が話しているかのように生い茂る草花がざわめく。
僅かに射し込む日の光は儚く神秘的で、森の最深部はまるで神がいるかのような感覚を覚える。
その最深部では随分と年月が経った古びた祠がある。六、七畳ほどの広さを持つ祠は今にも倒れそうな古さだが、あと百年は優に雨風を凌げるほどの頑丈さを保っていた。
興味深いことに祠には隣接した木造の建物があり、トイレとお風呂が設置されている。人間が全く訪れない最深部に何故人間のための設備があるのかは不明である。
最近、祠の住人は一人増え、静かだった森の最深部が日の光が降り注ぐように賑やかになった。
今日も新しき住人の楽しそうな声が響き、森に住む動物達はなんだなんだと遠巻きに様子を見守る。
「──漣!見て見て!真っ赤で美味しそうな果物があったよ!これ食べられる?食べていい?」
『チハル、それはアカザラシという猛毒の果実だ。捨ててきなさい』
「ええ~~~!こんなに美味しそうなのに~!」
桃に似た真っ赤な猛毒の実を投げ捨て、十六歳くらいの少女──千春は猛毒と教えたモノに駆け寄る。
祠の前に座り込むソレは薄暗い周囲に溶け込むかのような色と、人が見たら裸足で逃げ出しそうな不気味な見た目をしていた。
漣、と呼ばれたモノは動物の鹿に似ていて、枯れ木のような──いやまさしく枯れ木の身体を持っていた。
胴体には複雑な模様が刻まれ、そこから伸びる四肢は細く今にも折れそうだが大地を踏みしめる音は力強い。
頭部は鹿よりも一回り大きいが角はなく、背筋からは細く繊細な銀の毛が馬のたてがみのように生えていた。
なんとも摩訶不思議な容貌だったが、何より摩訶不思議なのは野生動物では有り得ないほど大きな瞳を持っていることだ。
「いつ見ても漣の目は綺麗だよね」
千春は不気味な見た目の漣に怯えることなく近くに座り、漣の大きな瞳をうっとりと見つめる。
『そんなことを言う人間はチハルだけだよ』
「嘘だ~!だってサファイアみたいに綺麗な青だよ?ずっと、ずっと見てたい…」
『大袈裟すぎないか…』
大昔に数少ない出会った人間達は私を見つけた途端悲鳴を上げて逃げて行った。チハルのような人間の方が珍しい、と漣は思う。
飾らない言葉で千春から瞳を褒められ、漣は恥ずかしげに身じろぐ。
悪い気はしないが反応に困ってしまうな、と漣は伏し目がちに千春を見つめる。
「あ、サファイアって言うのは私の世界の宝石の名前ですっごく綺麗なんだよ」
『チハルの世界か…』
千春の手のひらほどの大きく美しい漣の青い瞳が心配そうな視線を千春に送る。
漣が何を心配しているのか分かっている千春は笑顔で首を横に振る。
「心配しないで、漣。確かに元の世界に帰れないのはすごく悲しかったけど、漣のお陰でこの世界も悪くないって思うの。漣と一緒の今の生活は楽しいよ?辛くないし悲しくないよ?」
二ヵ月前、漣の住む古き森に千春が文字通り落ちてきたのを漣は動物の知らせを受けて知り、そして保護した。
千春に幸い命に関わる怪我はなかったが全身を強く打ち、痛みで三日間動けなかった。
そんな千春の世話をしたのが漣だった。
千春は初め、不気味な漣の姿に飛び上がり逃げようとしたが身体がとんでもなく痛く身じろぐことですら無理だった。
食べられて…いや祟られて死ぬ…ッ!と千春は死を覚悟したが、漣は自分の世話をしてくれている優しい生き物と分かり安直にもすぐに心を許した。
千春が精神的に落ち着いた頃、漣からここは異世界であると教えてもらった。
稀に別世界の人間がこの世界に落ちて来るが、戻れたという人間は一人として聞いたことがないと漣はすまなそうに現実を教える。
二度と戻れないと知り、千春が死ぬほど泣いた時も漣は傍で優しく慰めてくれた。
街での暮らしも興味があったが、千春は漣の傍が心地よく安心するとのことで今でも森で生活している。
漣は森で過ごすのは辛かろうと、傷が癒えた千春に街での生活を勧めてはいるが「ここがいい」という千春の希望を叶えてくれている。
生活の場は漣と一緒で古びた祠であり、手作りの干し草のベッド、食べ物は自生するものや漣の狩る獣、飲み物は最深部から少し離れた岩場の湧き水を利用している。
森での暮らしは静かだが、千春にとって新しい発見の連続で不満なく自由に過ごしていた。漣が傍にいることも大きく、困ったことがあれば漣は快く教えてくれたり助けてくれたりした。
この古き森で暮らし始めて二ヵ月が経つが、漣について千春はよく知らないままだった。
南の森の主であること
人間とは全く会わないこと
この森の動物達に慕われていること
博識で何でも知っていること
たまに冗談を言うこと
とても優しいこと
そして、
「漣の声って本当に私にしか聞こえないの?」
漣と会話できる人間は千春だけだということ
千春は座り込む漣の身体に身体を傾け密着する。
触れた感触は枯れ木だが、四肢と違い背中部分はなだらかで弾力がある。顔と肩が触れる背面はほんのり暖かく、千春はこれが心地よくていつも漣を枕に昼寝をすることがある。
初めの頃は遠慮していたが、千春の眠りやすいように漣が身体の向きを調節してくれるためそれに甘えて千春はいつも快眠している。
不思議なことに身体はバキバキにならない。
『本当だ。この世界の人間に私の声は聞こえない。聞こえたとしても意思疎通は不可能だ』
昔、意思疎通を試みようとした学者がいたが1週間も経たずして森を去っていった、と漣が零す。
千春は人間らしい考えで言葉を返す。
「寂しいね」
『…そうか?』
「うん。漣は話せるのに相手には全く伝わらないなんて寂しいし辛いよ。人間も動物達も漣とお話できればきっと楽しいのに」
『楽しい…か』
「あ、もちろん私がそう思うだけで漣は漣の感じ方があるからね!」
慌てて訂正する千春を漣は何かを考えるように見つめる。
古き森の主は人間とは比べ物にならないほど長い時を生きる。漣は話し相手がいれば楽しいと考えたこともなかった。森を守り、世界を見守り、生きとし生けるものを慈しむ日々に会話は必要なかった。
だが、と漣は思う。
『寂しいと考えたことはなかったが…確かに千春が私の元へやって来てからは毎日が新鮮で面白いと感じている』
突然異世界に放り投げられた小さく可愛らしい少女。
この世界では成人女性と言って差し支えない年頃だが、千春は落ち着きがなく好奇心が子供のように旺盛で、毎日毎日森を駆け巡っては新しい発見を漣に報告してくる。
森の主として膨大な知識を持つ漣は、先生のように一つ一つ丁寧に説明し、千春の知的好奇心を満たしていった。
いつの間にか長い時間千春を見失うと何かあったのかと不安に駆られるほど千春の存在が漣の中で大きくなっていた。
守りたい。愛しいと思うのに時間はかからなかった。
「面白い?」
疑問に思うと必ず右に首を傾げる姿も千春の癖でいつ見ても可愛らしい。
『面白いよ。チハルが川に落ちたり木から落ちて動物達にからかわれていたり…今日は猛毒の実を見つけて来たね。見ていて飽きないよ』
くすくすと笑う漣の笑い声は鈴が鳴ったかのように綺麗に森へ響く。
「う…っ、べ、別に落ちたくて落ちたわけじゃないよ!木登りだって少し足が滑っただけ!アカザラシもただ美味しそうだなぁと…思って…」
言い訳のように言葉を吐き出す千春は己の失態を思い出し言葉尻が徐々に萎んでいく。
抗議したいのか千春は漣の身体の上に顔を埋め、うう~~!と、呻きながらもぞもぞと身体を動かす。
漣は軽く笑い、くすぐったそうに身体を揺らす。
『チハル、知らないことは悪いことではないよ。でも知らねばならないことは多く存在する。ましてや異世界からやって来たチハルは特に、ね』
「うん…分かってる…」
『チハルの世界とこちらの世界とでは文化も生活様式も価値観も違う。チハルの価値観を変えてまで理解しろとは思わない。しかし受け入れなければいつか周囲と不和を生む』
「うん…頑張る…」
『…チハルは聡い、きっと大丈夫だよ』
漣は大きな瞳を細め穏やかに笑う。
最近の漣は自身の持つ膨大な知識を駆使して千春に生きていく上で必要なことを教えている。
『街でチハルが一人で生きていけるように私が教えるよ』
一人で、と漣が千春の生活の場を街へ移そうとしている話を聞く度に、千春は「ずっと漣といたい」と言うように無言で漣の身体を抱きしめる。
そんな千春に漣がかける言葉はいつも変わらない。
『私はチハルに幸せになってもらいたいんだ』
*