夜会(後編)
またあの女に遭遇した。
いや、向こうはこちらに気づいていないから発見といった方がいいのか?
女は暗い東屋のいすに座っていて、若い男が膝を折って何かを話しかけている。
男の顔に見覚えはない、おそらく下級の貴族か騎士だろう。
一晩の遊び相手か、いいご身分だな。
俺は領地に目も向けずに王都で遊んでいる女にむかついてきた。
からかってやろう
それはちょっとした出来心だった。
「ごきげんようエスケルト女侯爵」
女は俺に気づいていなかったようで声をかけられて慌てていた。
「ご、ごきげんようジルグ様」
暗がりで表情こそ見えないが、女が慌てている姿に若干溜飲が下がった。
「ああ、お邪魔でしたか」
俺は後ろの男を見ながらわざとらしくささやいた。
「いえ、この者は我が家の騎士で、夜会のエスコートをしてくれているだけです。特別な関係はございません」
情夫を騎士にしているのだろう、まあどうでもいいことだ。
「先ほどは失礼しました。私にお話があるようでしたが、ここでお伺いしてもよろしいですか」
話し始めた女は領民の支援だの体裁のよいことを並べているが、つまりはお金がほしいようだ。
「そうですか、ではこちらの支援に対して対価として出せる物はありますか」
無償の援助など存在しない、基本は鉱山の採掘権や街道の通行税の免除などいろいろな条件が付くのが当たり前だ。
「申し訳ございません。こちらが用意できるのは我が身と妹が結婚するまでの間の中継ぎの爵位のみです」
こいつは妹に面倒を押しつけて自分だけ王都で優雅に暮らすつもりのようだ。
「我が身と仰いましたがどのようなことをしていただけるのですか」
「わたくしに出来ることであれば何でもいたします」
“なんでもする“そんな言葉を簡単に口にするとは、どれだけこの女は馬鹿なのだろう。
「では、あなたの覚悟を見せてほしい。土下座してお願いしてくれたら支援を考えてもいいですよ」
俺は小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら女を見る。
遙か東方では当たり前らしいが、我が国でそんな屈辱的な姿勢をとる者などいない。
こういった言葉は拒否とほぼ同義だ。
ところが女は両手をつき額を地面につけて懇願してきた。
「どうか領民をお助けください」
いったいどうなっている。
私はたた女が拒否して“こちらは譲歩したのにあなたが拒否したのだ“という体裁を取ろうとしただけだ。
だが、女は躊躇なく地面に這いつくばって俺に懇願している。
それに、後ろに控える騎士は目をそらして必死に何かに耐えていた。
こいつは、領民を捨てて逃げた卑怯者ではなかったのか。
「わ、わかった詳細は二日後に当家の屋敷で話し合おう」
俺は何が何だか分からなくなっていた。
まさか本当に土下座をするとは思っていなかったが、支援を考えると言ったのは事実だ。
取り敢えず答えを先延ばしにしてその場を立ち去った。
後ろからエスケルト女侯爵の感謝の言葉が聞こえてくる。
いったい何がどうなっているのだ・・・