夜会(前編)
第一話の夜会(前編)は時系列的には九話の夜会(後編)の前の話です。
「あなたのような恥知らずと係わり合いになりたくは無い」
俺がテラスに出た瞬間、男の声が響いた。
しまった、どうやら先客がいたようである。
そこにはベルチェ侯爵家の子息と社交界で時の人である若いご令嬢がいた。
先の帝国との戦いで包囲された領都から小さい妹を置き去りにし、自分だけ領民たちを盾に逃げ出した卑怯者の恥知らず、社交界では有名な話だ。
「ようジルグどうしたって、ああそう言う事か」
テラスから戻ってきた俺に声をかけてきた親友の公爵家子息のアリストはテラスにいる人物を見て眉をひそめる。
「あのご令嬢は高位貴族に見境なく声をかけているとは聞いていたけど噂の通りのようだ。アリストも気をつけた方がいいよ」
そんな話をしていた矢先に例のご令嬢が我々に声をかけてきた。
「ごきげんよう、アリスト様、ジルグ様、わたくしはミーシャ・エスケルト女侯爵と申します」
成人した男性血族がいない場合は本人が結婚するか男性血族が成人するまでの間は女性が爵位を名乗ることができる。
だが、十五歳の小娘が侯爵とは世も末だな。
「俺たちは重要な話をしているんだ。遠慮してくれませんか」
この女は結婚すれば侯爵位が継げる事を餌にお金持ちの高位貴族の子息に手当たり次第交際を申し込んでいるという。
先の戦争で領都の騎士たちが奮戦して帝国軍を足止めした功績による恩賞や被害地域への支援物資が大量に送られているはずなので領地で慎ましく生活するくらいのお金はあるはずだ。
今は領地に帰って復興に尽力するべきだろうに。
「少しだけでもわたくしの話を聞いていただくことはできませんか」
女は上目遣いで俺たちを見た。
目つきの悪い女だ、それで媚びているつもりなのか。
こんな女とは関わり合いにならないのが一番だ。
「しつこいよ。アリスト、あっちで話そう」
「ああ、そうしようか」
俺たちが立ち去るとあの女は近くにいた年配の高位貴族に声をかけていた。
どれだけ見境がないのだ、そのあさましい姿に俺は吐き気をもよおした。