閑話:新人騎士グレンの一日
グレンがクラエスに来たのは今年の春の事だった。
本当のところを言えば、メイブリック公爵様の着任に合わせて騎士になりたかったのだが、残念ながら夢叶わず。一年遅れで試験を通過し、翌年十七にして、ようやく新人騎士の称号を手に入れた。
最年少で騎士になった者とは同じ年でも二年の差がある。
グレンは必死になって鍛練をしていた。彼には夢があったのだ。
時は遡る事、五年前。
グレンはシーズという町で暮らしていた。
シーズは王都に向かう途中の宿場町。
比較的夜遅くでも街中が賑わっており、宿屋も旅人から大貴族様まで対応できるよう棲み分けもできている。王都北部の宿場町としては名が売れていた。
ちょうどその頃、第一王子のアルフレッド殿下が自身の護衛騎士を連れて各地を回り、そして第二王子であるフィリップ殿下も同じように各地を回っていたのだった。
視察という名の元にフィリップ殿下がシーズにやってきた。
グレンはその時の事を今でもはっきり覚えている。
突然乱入してきた、ならず者を一閃。
相手の命を奪う事無く、無効化し、殿下を守った騎士達の姿。
彼らは殿下直属の騎士、護衛騎士達であった。
グレンがその雄姿をポカンと眺めていたその時。もう一つ、事件が発生する。
どうやら別のならず者が自分のところへ向かっていたらしい。子供であった自分を人質にするつもりだったのかもしれない。
『らしい』、や、『かもしれない』という表現になるのは、グレン自体がその様子を見ていなかったからで、加えてそのほとんどが未遂に終わった事にある。
グレンが見たのは風のように現れ、自分を背に庇った一人の背中。
赤銅色の髪の、わりと小柄な騎士だった。
彼もすごかった。
腰に佩いた剣を抜く事無く、体術で相手をのしてしまったのだ。
こう、なんていうか、一瞬のうちに。明らかに、彼の方が小さかったにもかかわらず。
グレンは騎士に憧れた。
とりわけ、剣も抜かずに相手をのしてしまった赤銅の騎士に。
状況から考えて、殿下の騎士だとグレンは思った。
だからグレンはフィリップ殿下の騎士に――この度、結婚され、メイブリック公爵様となった殿下のお傍に行きたかったのだ。
憧れの、赤銅の騎士と働きたかったから。
◆◇◆◇
今日も今日とて巡回。
新人騎士グレンは明るい時間帯の街の中を歩く。
景気の良い市場のおばちゃんの声を聞きながら、果物屋で季節外れのリンゴをもらい。シャツの袖口で軽く拭って、ガジリとかぶりつく。
「よお、グレン。おつかれさん」
「おつかれさまっす」
シャリシャリ、もごもごと口を動かしながら、顔なじみのおっさんと言葉を交わす。
いつも通りの、ゆったりとした時間が過ぎてゆく。
ここメイブリック公爵領、都クラエスは治安が良い。
一番の理由はフィリップ殿下がやってきたから。
結婚の為臣籍降下となった殿下は、この土地のずっと空位だった公爵の地位を受け、メイブリック公爵様となった。このクラエスには公爵様の屋敷があるのだ。
昨年夏、一児の父となった公爵様。
うわさでは、このメイブリック領を豊かで暮らしやすい地域にしようと、益々政務に励んでいるとの事。どう考えても悪さをするには不向きな街である。
「……いかんいかん。その気の緩みが、付け入るすきを与えるんだ」
名を上げるチャンスなど無いに等しい。だがグレンは、この穏やかな街が好きになっていた。
巡回経路が三番街に差し掛かる。
クラエスの南東に位置するこの通りは宿屋通りである。
宿場町出身であるグレンはこの様々な人の行き交う空気が懐かしかった。シーズの方がもっと雑多な感じだったけれど。
シーズは主に北東部から王都への移動に使われる街で、ここクラエスは北西部、主にファンダムへ向かう途中の街になる。
すれ違う身なりの良い人達を見て、グレンは「ああ」と、思い出す。
この時期ファンダムには貴族が集まると聞く。避暑の為だった。
そういえば先日、カリンをここで見かけた事を思い出した。
早朝、散歩だといってこの通りを歩いていた彼女。正直不自然さを感じたのだが、グレンは理由を聞かなかった。
パン屋が臨時休業と聞いた時はうっかり昼飯の心配をしてしまったが、よくよく考えれば、カリンが定休日以外で休んだ事はこの三カ月一度もない。
同時に前日の昼飯時に休みの話が出なかった事もグレンは思い出す。
つまり、店を急に休まなければならない事が起こったのだ。
「やっぱ、聞いときゃよかったか?」
自分達はただの顔見知り。
しつこく話を聞いていいほどの仲でもないし、行動が不自然だったといえ、カリンが何か悪い事をするとも思えなかった。だけど、困り事だったならば、街の平和を守る騎士として、彼女の相談に乗っても良かったのでは?
いつかは皆に頼られる騎士になりたい。
グレンは次こそカリンの力になろうと心に決める。何かあった時、気安く相談できるように。今度は店内でも名前呼びにしてもらおう。
彼女にはうまいサンドイッチの恩もある。
臨時休業の翌日にもらったあれはうまかった。是非、グレンとしては定番化してほしいところ。
「今日は何食おうかなあ」
ほんの数分前に気の緩みが、とか、隙がとか言っていた彼はいずこやら。
グレンの頭の中は美味しそうなパンで一杯になっていた。
――彼が夢を叶える日は、まだ遠いようだ。
【閑話:新人騎士グレンの一日 おしまい】
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