3.泉の妖精
「――カリンがあたしに願うなんて珍しいじゃない」
「だって大事な物なんだって、分かっちゃったから」
「普段は面倒だ、わたしはパン屋だとか言うくせに」
「それはそれ、これはこれなの」
ここはパン屋の裏手にある森の中。
妖精の泉へと清らかな水を届けている、その源泉付近だ。
「あたしが答えなかったらどうするつもりだったの?」
「性格考えて。そんなことしないって分かっていたもの」
カリンは一人、水を汲みに来ていた。
パンの仕込みに使う水はこの湧き水をと、父さんから聞いているからだ。
たしかにここの水はおいしい。だからカリンは自分の飲む紅茶もこの湧き水を使っていた。
彼女のそばでくすくす笑う少女の声が聞こえる。
辺りに人影はない。
いるのはカリンだけだった。
「いや~、そんなに信頼されちゃあ仕方ない。あたしがドカーンと一発、やりますか!」
「ドカーンって、壊す話じゃないからね!?」
細かいとこ突っ込まなーいと、またころころと笑い声が聞こえる。
声は完全に少女。容姿もその声に違わず、可憐な姿。
だけどカリンは知っている。
彼女は自分より――それこそ、五代前のご先祖様より年上だって知っている。
「――シルビア。冗談言ってないで、ちゃんと見つけられる?」
「あったりまえ! この街の中にあるなら、200%よ!」
「じゃ、早くして。わたし明日の仕込みもあるから」
カリンは水汲みバケツを手に立ち上がる。
シルビアが「仕事の次の日ぐらい休めばいいのにぃ~」と、ふざけた口調で言うので、「わたしの仕事はパンを焼くこと!」ときっぱりと言い切る。
わたし、カリンの本業はパン屋。
決して。本当に、決して。シルビアの手伝いが本業ではないのだ。
「はいはい。わがままなあたしのカリン。貴女の失せ物を探してあげますよ」
「我が儘じゃない。そして、わたしの失せ物じゃない」
「カリンが見つかると良いなって、願いをかけたでしょ」
「それはそうだけど……!」
「全く、貴女はホントお人よし。無関係って言うなら、願わなきゃいいのに」
「うう……そ、そこは『モチツモタレツ』ってやつよ!」
イタイところを突かれたカリンは苦し紛れにそんな事を言う。
妖精シルビアは失せモノ探しの名人だ。
皆が知っている通り、どんな失せ物でもたちまち見つけてしまう。
その効力はこの街を中心に、アスタシア国内にあればある程度は予想がつくという。とてつもなく、広範囲。
当初、この話を聞いたカリンは驚いた。まさか自宅の裏にそんなすごい力を持った妖精が住みついているだなんて。
ただ、シルビアには欠点があった。
彼女は非力だったのだ。妖精が持てるものは、フルーツに刺すピックぐらいが普通。どれだけ踏ん張っても、人間の小指を上げるぐらいしか力がでないらしい。
失せ物を見つけられても、シルビアには運べない。
なんとも残念な話だった。
そこで彼女は隣のパン屋に目を付けた。
自分の代わりに失せ物を届けさせようと考えたのだ。
その目論見は見事成功。
シルビアはパン屋の店主を――実に五代に渡り、自分の手足として使っていたのだった。
「失せモノは見つかる、あたしも楽しい、そしてパン屋も繁盛!! もう一石三鳥! 万々歳!」
「わたしは純粋にパンを買いに来てほしいんだけどな」
「パン売れてるじゃない」
「だから! シルビアにあげる為じゃなくて、自分達で食べる為に買って欲しいの!!」
「もう、カリンはわがまま!」
「わがままじゃない!!」
毎度のことであるが、この辺りはシルビアと意見が合わずにいる。
彼女は商売なんだから売れればいいと思っているところがある。なんだが、商人臭い妖精だった。
「――で、見当ついた?」
「あたしを誰だと思ってるの?」
「うーんと、パンをベッドにして『寝ながら食べれて幸せ~』とか言っていた、食いしん坊妖精」
「それ、すぐアリが来るから却下した」
「まあ、当たり前よね」
「いい案だったんだけど」
「虫が来ないパン作る?」
そんなの食べられないじゃないと、シルビアは頬を膨らませる。
彼女の大きさは手のひら大。ふくれっ面をしても可愛いだけだった。
「おいしくて、虫が来ないパン希望!」
「ほんと、難しい事言ってくれるわね。できたらちょっとすごいと思うんだけど」
「カリンなら出来る! クラエス一番のパン職人!」
「なりたいわね、是非」
シルビアは「いつか偉い人に食べてもらうんでしょ? えーと、フィリップ、だっけ?」と首を傾げる。わあ、不敬罪!
「呼び捨て禁止! フィリップ殿下、今はメイブリック公爵様よ」
「憧れの王子様ねえ……うわさによると、彼は奥さん一筋らしいから希望ないわよ」
「そーいう希望はもってません!」
職人として高貴な人に作品を見てもらいたいって思うのは、当然でしょう。
だって、いい物ばかり見ている人が認めてくれたら、それはとっても名誉な事だから。
「とにかく、指輪を二日以内に見つけないと!」
アルノーは恋人を迎えに行く為、一旦この街を出ると聞いている。
その後、祭りを一緒に見る為に戻っては来るが、その時はすでにプロポーズした後だ。
つまり、アルノーがこの街を発つ、三日後の朝までに指輪を届ける必要がある。それは今日を入れての日にちだから、実質チャンスは二晩のみ。
「ほんと、ギリギリに来たわね」
「ギリギリまで自力で探してたみたいよ」
「まあ、最後の妖精様頼みだしね」
安易に願う人の失せ物は探さないシルビア。
深くて強い想いを叶える事こそが彼女の至福だと、カリンは知っている。
「――で、何処にあるの? シルビア?」
「街の中心から南東。三番街、一番南の宿屋」
「三番街宿屋……一番南側にあるのは、レシア亭?」
「合ってる。そのニ階の隅に泊まっている、こわい顔の男が持ってるみたい」
「怖い顔……って、悪い人ってこと?」
つまりネコババがと尋ねれば、シルビアは「うーん……指輪を手に入れてから二日ぐらい経っているみたいだけど……」と、一度言葉を切り、「だけど換金しないなんて、泥棒にしてはめずらしい?」と、首を傾げた。
確かにそうだ。
たとえ足がつく事を避けるためだとしても、手元に現物を置くのは危険。
失せ物として届けが出されているのなら、なおさらだ。
「なんか物盗りって感じがしないのよね、顔は怖いけど」
顔が怖い怖いと繰り返すのに、シルビアはそんな事を言う。判断に迷う物言いだ。
「じゃあどおするの?」
「それを考えるのはカリンの役目じゃない?」
「ええー……うそぉ」
「頑張って、カリン!! 王国一番のパン屋になる為だよ!」
「パン屋全然関係ないよね!?」
言いたい放題のシルビアに、カリンは突っ込まずにはいられない。
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