8.一人きり
気がつけば閉店の札をかけたままの店に飛び込んでいた。
そのまま崩れるように床へと座り込む。
早鐘のように鳴り始めた心臓。降って湧いた問題に頭が混乱する。
小瓶はあといくつ? ひょっとして、物凄く沢山ある?
そもそも中身は何? どうしてグレンは慎重に扱っていた?
もし集められなかったら、ミランは……?
焦る。
どうすればいいのか頭が真っ白になる。
落ち着かなくてはと自分に言い聞かせつつも、次々に湧きあがる疑問にカリンは泣きそうになった。
誕生祭の終了まで、あと一時間ほど。
シルビアもいない。
グレンもいない。
――手掛かりのない状態で、一人きり。
愕然とする。
外の喧騒など全く聞こえない。とても広い場所に取り残された錯覚。吹き荒ぶ雪野原。誰かがいるようで、誰もいない。自分、一人きり。不安と恐怖で心が冷えてゆく。
カリンは自問する。
一人で、探せる?
弱った心は力なく答える。
……ううん。こんな広い街を一人でなんて無理よ。
カリンは膝を抱えてうずくまった。
「……カリン?」
不意に聞こえた声に、ゆっくりと振り返る。
少しだけ開いた扉。そこから顔をのぞかせているのは――グレン。
「……グレン」
小さな声で彼を呼ぶ。
その声がどれだけ弱々しかったのか、カリンは気付いていない。
グレンが急に険しい表情になって店に入ってくる。ドアベルが乱暴に鳴った。
「どうしたんだよ、カリン!?」
片膝をつき、グレンが両腕を掴む。
掴まれた腕が熱かった。
「カリン!!」
強く名前を呼ばれて。ぼんやりとグレンの瞳を見つめる。
真剣な表情。その瞳の中に映る自分。覇気のない、情けない顔だった。
――こんな自分の顔、久しぶりに見た。
カリンは思いを馳せる。
色んな事を、乗り越えてきた。
失くしモノを届ける時、困る事なんて沢山あった。
うっかり屋根から落ちたり、夜回りの騎士に見つかりそうになったり。
届け先を間違えかけて、危うく正体がばれそうになった事もある。
届け物をする時、シルビアはいないから、いつも一人きりだった。
お店だって、一人で切り盛りしてきた。
届けモノの後、どれだけ朝が辛くても。
パンの売れ行きが悪くて、すごく落ち込んだ時も。
一人で仕込みをして、一人で店番をして。
父さんが帰ってくるまでと、一生懸命踏ん張ってきた。
だけど。
……だけど。
「どうしよう……」
気付けば。震えた声がこぼれ落ちていた。
泣き事なんて、らしくない。
それでも「俺を頼れ」と、グレンに言われているような気がして。カリンは思わず彼に抱きついた。
グレンが力強く抱きしめてくれる。
不安で揺れる気持ちをしっかりと捕まえるように。もう大丈夫だと、カリンを慰めるように。
夏の暑い日なのに、心地よい温かさ。グレンの心がじんわりと伝わってくる。二人の体温が、同じになってゆく。
視界が広がる。
瞳に色が映る。見える。立ち上がれる。
――わたしは、一人じゃない。
カリンはグレンを見上げた。
彼が力強く頷いてくれる。それだけで、心が穏やかになった。ぐちゃぐちゃになっていた考えがゆっくりとまとまってくる。
「あのね、グレン……」
カリンは今までの事を話し始めた。
◇◆◇◆
上手く話せないカリンの言葉をグレンは辛抱強く聞いてくれた。
「心配するな。まだ、一時間もある」
気休めだと分かっていた。
それでもカリンを落ち着かせるための言葉だと伝わったから、「うん」と頷いた。
「――状況を整理しよう。俺達が見つけた小瓶は全部で五つ。うち、カリンが偶然見つけた小瓶が一つ。恐らく、手紙に書いていた分は俺が探してきた四つで間違いないと思う。手紙にはもう、番地のヒントになるような数字は残されていないから」
ザッと手紙を読み返したグレン。
鋭く細められた視線に、彼が真剣に取り組んでいる事が分かる。
「じゃあ、わたしの見つけた小瓶は別物?」
「いや。手紙には四つで全てだとは書いていない。カリンの見つけた小瓶は、中身、形状共に俺が見つけた小瓶と同じように見える。偶然で済ませられない」
グレンがチラリと小瓶を見る。
「多分、これも『秘密の宝』だ」
一体どういうことなのだろう。
手紙にヒントはもうない。
それなのに見つかった『秘密の宝』。
「……まだ、他にもあるのかしら」
「わからない。だが、可能性はあるだろう」
それならカリンは探したい。
ミランが心配だった。
「片っぱしに探すとして。問題は後いくつあるのかという事」
ヒントのない、宝の数。
シルビアに聞きに行く? 彼女はきっと森の奥に居る。探すには時間がかかるだろう。
しかもその間、グレンはどうするの? もし分かったとして、説明は? 彼は信じてくれる?
カリンは考え続ける。
コストナーから頼まれた探し物は、全て終わっている。断言したグレンを信用している。
心配は不要だと思いたい。だけど、この胸の内にある不安を無視できない。
手紙にない『宝』はあといくつ?
あの『宝』はこのまま街の中に残しておいて良いの?
わからない。
今のカリンには重要な情報が足りていなかった。
だから。
「……ねえ、グレン」
カリンは今一度、グレンに問う。
――小瓶の中身は、なに?
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