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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第四章:ユフィ様の誕生祭
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8.一人きり

 





 気がつけば閉店の札をかけたままの店に飛び込んでいた。

 そのまま崩れるように床へと座り込む。

 早鐘のように鳴り始めた心臓。降って湧いた問題に頭が混乱する。


 小瓶はあといくつ? ひょっとして、物凄く沢山ある?

 そもそも中身は何? どうしてグレンは慎重に扱っていた?

 もし集められなかったら、ミランは……?


 焦る。

 どうすればいいのか頭が真っ白になる。

 落ち着かなくてはと自分に言い聞かせつつも、次々に湧きあがる疑問にカリンは泣きそうになった。


 誕生祭の終了まで、あと一時間ほど。


 シルビアもいない。

 グレンもいない。


 ――手掛かりのない状態で、一人きり。


 愕然とする。

 外の喧騒など全く聞こえない。とても広い場所に取り残された錯覚。吹き荒ぶ雪野原。誰かがいるようで、誰もいない。自分、一人きり。不安と恐怖で心が冷えてゆく。


 カリンは自問する。


 一人で、探せる?


 弱った心は力なく答える。


 ……ううん。こんな広い街を一人でなんて無理よ。


 カリンは膝を抱えてうずくまった。





「……カリン?」



 不意に聞こえた声に、ゆっくりと振り返る。

 少しだけ開いた扉。そこから顔をのぞかせているのは――グレン。


「……グレン」


 小さな声で彼を呼ぶ。

 その声がどれだけ弱々しかったのか、カリンは気付いていない。


 グレンが急に険しい表情になって店に入ってくる。ドアベルが乱暴に鳴った。


「どうしたんだよ、カリン!?」


 片膝をつき、グレンが両腕を掴む。

 掴まれた腕が熱かった。


「カリン!!」


 強く名前を呼ばれて。ぼんやりとグレンの瞳を見つめる。

 真剣な表情。その瞳の中に映る自分。覇気のない、情けない顔だった。


 ――こんな自分の顔、久しぶりに見た。


 カリンは思いを馳せる。


 色んな事を、乗り越えてきた。

 失くしモノを届ける時、困る事なんて沢山あった。

 うっかり屋根から落ちたり、夜回りの騎士に見つかりそうになったり。

 届け先を間違えかけて、危うく正体がばれそうになった事もある。

 届け物をする時、シルビアはいないから、いつも一人きりだった。


 お店だって、一人で切り盛りしてきた。


 届けモノの後、どれだけ朝が辛くても。

 パンの売れ行きが悪くて、すごく落ち込んだ時も。


 一人で仕込みをして、一人で店番をして。

 父さんが帰ってくるまでと、一生懸命踏ん張ってきた。


 だけど。

 ……だけど。



「どうしよう……」


 気付けば。震えた声がこぼれ落ちていた。


 泣き事なんて、らしくない。

 それでも「俺を頼れ」と、グレンに言われているような気がして。カリンは思わず彼に抱きついた。


 グレンが力強く抱きしめてくれる。

 不安で揺れる気持ちをしっかりと捕まえるように。もう大丈夫だと、カリンを慰めるように。

 夏の暑い日なのに、心地よい温かさ。グレンの心がじんわりと伝わってくる。二人の体温が、同じになってゆく。


 視界が広がる。

 瞳に色が映る。見える。立ち上がれる。


 ――わたしは、一人じゃない。


 カリンはグレンを見上げた。

 彼が力強く頷いてくれる。それだけで、心が穏やかになった。ぐちゃぐちゃになっていた考えがゆっくりとまとまってくる。


「あのね、グレン……」


 カリンは今までの事を話し始めた。



◇◆◇◆



 上手く話せないカリンの言葉をグレンは辛抱強く聞いてくれた。


「心配するな。まだ、一時間もある」


 気休めだと分かっていた。

 それでもカリンを落ち着かせるための言葉だと伝わったから、「うん」と頷いた。


「――状況を整理しよう。俺達が見つけた小瓶は全部で五つ。うち、カリンが偶然見つけた小瓶が一つ。恐らく、手紙に書いていた分は俺が探してきた四つで間違いないと思う。手紙にはもう、番地のヒントになるような数字は残されていないから」


 ザッと手紙を読み返したグレン。

 鋭く細められた視線に、彼が真剣に取り組んでいる事が分かる。


「じゃあ、わたしの見つけた小瓶は別物?」

「いや。手紙には四つで全てだとは書いていない。カリンの見つけた小瓶は、中身、形状共に俺が見つけた小瓶と同じように見える。偶然で済ませられない」


 グレンがチラリと小瓶を見る。


「多分、これも『秘密の宝』だ」


 一体どういうことなのだろう。


 手紙にヒントはもうない。

 それなのに見つかった『秘密の宝』。


「……まだ、他にもあるのかしら」

「わからない。だが、可能性はあるだろう」


 それならカリンは探したい。

 ミランが心配だった。


「片っぱしに探すとして。問題は後いくつあるのかという事」


 ヒントのない、宝の数。


 シルビアに聞きに行く? 彼女はきっと森の奥に居る。探すには時間がかかるだろう。

 しかもその間、グレンはどうするの? もし分かったとして、説明は? 彼は信じてくれる?


 カリンは考え続ける。

 コストナーから頼まれた探し物は、全て終わっている。断言したグレンを信用している。

 心配は不要だと思いたい。だけど、この胸の内にある不安を無視できない。


 手紙にない『宝』はあといくつ?

 あの『宝』はこのまま街の中に残しておいて良いの?


 わからない。

 今のカリンには重要な情報が足りていなかった。


 だから。



「……ねえ、グレン」



 カリンは今一度、グレンに問う。


 ――小瓶の中身は、なに?







いつもお読みいただきまして、ありがとうございます(*^_^*)

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