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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第一章:パン屋の娘
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1.うわさとパン屋

プロローグと合わせて、本日二話目です。

 





 パン屋の朝は早い。

 まだ日の登らないうちから仕込みを始め、皆の朝食に間に合うよう沢山のパンを焼く。


「さてと、始めますか」


 すでに計量済みの粉をボウル入れ、人肌に温めた水を一気に入れる。

 ぐるぐると粉をかき混ぜ、別によけておいた粉を投入。またぐるぐる混ぜて、粉っぽさがなくなれば台の上に生地を取り出す。


 お客さんの笑顔を思い浮かべながら、生地を丁寧にこねる。

 愛情を込めてしっかりとこねれば、ぺたぺたのぼそぼそした生地は、あっという間につるりとしたもち肌に変わってゆく。


 二回の発酵を終え、種類によって違う形を作る。

 トッピングはおかず系から、ほっぺの落ちるクリームまで様々だ。


 今日もみんなに喜んでもらえますように。


 女の子は笑顔でパンを焼く。

 仕事は朝が早くて、毎日眠たいけれど。

 女の子はこの仕事が大好きだった。



◆◇◆◇



 朝の混雑が落ち着いた午前十時ごろ。

 女の子がそろそろお昼用のパンの支度をと考えていたところに、ひと際大きな音を立てて店の扉が開いた。


 ガランゴロン。

 心なしかベルも大きな音をたて、そのお客様を迎えた。


「こんにちは。いらっしゃいませ」

「新情報よ!!」


 うわさ好きの夫人、メアさんは声を弾ませて言った。


 彼女の情報は早くて、街中の話題の発信源でもある。

 そんな彼女が息を切らして話に来るという事は、普段、井戸端会議に参加しない女の子にも話題の内容が想像できた。


「粉屋のメイリーさん、無くした物見つかったそうよ!」


 やっぱりだ。と、女の子は思う。


 姿を見せず、痕跡も残さず。

 人々の失せモノをせっせと届けてくれる、誰か。


 それを人々は『妖精の仕事』、とうわさしていた。


 「それはよかったですね」と、女の子は答える。すると、恰幅の良い夫人は女の子の肩を叩いて言った。


「もお~! 自分のとこの妖精様なんだから、もっと胸を張りなさいよ、カリンちゃん!」

「いやいや。うちは無関係ですって。ただのパン屋ですから」

「泉の隣にあるのに?」

「隣にあるだけです」


 女の子――カリンは、首をすくめた。


 この街にはうわさの妖精が住むとされている泉があった。

 それは街の南側にある小さな森から流れてくる湧水が溜まった場所なのだが、丁度この店の隣にある為、カリンのパン屋はいつも関係者だと勘違いされていた。


 夫人はカリンの困り顔に気が付き、レジ横のパンを一つ追加して会計を頼んだ。

 カリンはその気遣いを受けつつ、日持ちのする焼き菓子をおまけする。


「ありがとうございました」


 カランコロンとドアベルが鳴る。

 その音がやけに小さくカリンには聞こえて、ちょっと頑固すぎたかなと反省をした。


 そんな一連の会話を聞いていた青年がカリンの元へとやってきた。


「妖精様、すごいじゃん」


 グレンである。

 彼はこの春、クラエスへとやってきた新人騎士。歳はカリンと同じ十七歳。

 どうやら彼はパン好きのようで、週に五回は顔を見せていた。


「らしいですね」

「ホントに他人事みたいに言うんだな」

「だって、ホントに他人事なんだもの」


 ふーん。とグレンは言い、チーズパン、ハムパン、そしてロングサイズのグラハムサンドと小腹用と思われるロールパンの袋を持ってくる。


「飲み物はどうされます?」

「今日はコーヒーで」


 サイズを確認し、会計を済ませる。

 トトンと指で計算するカリンをグレンはいつも珍しそうに見ていた。


 カリンが飲み物を用意している間、彼はいつも雑談を始める。

 受け答えが簡単な「今日はいい天気だな」みたいなそういう話。大体、二、三言話せば用意が終わるので、そこで雑談は終了。常連さんとの定番なやり取りだ。


 当然今日もそういう流れだと思い込んでいたカリン。

 しかしコーヒーを半分近く注いでもグレンの声は聞こえてはこず、始まらない雑談に顔を上げた。


 グレンはコーヒーのカップをぼんやりと眺めていた。


「……悩みごと、ですか?」


 思わずカリンが声をかければ、彼はハッとして後頭部に手をやった。ぼんやりとしていたのを気付かれて、少し照れているようにも見える。


「いや。悩みっていうか……妖精様、俺の願いも聞いてくれるかな。ってさ」

「何か無くしものですか?」

「んー? 無くしたっていうか、探し人?」

「人はちょっと……」


 こぼすようにカリンがつぶやけば、グレンは不思議そうに目をまたたく。


「え。人は無理なの?」

「あっ、いや、えーと……今まで探し人って話は聞いた事がなかったからっ」

「ふうーん。そっか、物限定か」

「聞いた事あるのは、ですけど」


 歯切れの悪いカリンを気にせずに、グレンはニカッと笑い「やっぱ詳しいんだな。もういっそ、妖精様の案内係になれば?」と茶化すように言った。


「だ か ら ! うちはパン屋ですって!」

「パン屋で、案内係でいいじゃん」

「もう! そういうのは困るんです! だって、無理難題吹っ掛けられそうじゃないですか!!」

「受付係になっちゃうとそうかもな」

「案内係も、受付係もウチではいたしておりません!!」

「はいはい。じゃ、ありがとさん~」


 退散とばかりに片手を上げて背を向けるグレンに「ありがとうございました!!」と、強めに声を上げる。


 彼が出てゆくと、カリンは深い溜息をついた。

 そんな自分にはっとした彼女は店内を見回し、自分一人である事が分かると、もう一度深く息をついた。


 今の話、グレンは深く考えずに言った事なのだろうけど。

 それはカリンにとって心臓に悪い話だった。



◆◇◆◇



 事の始まりは、カリンの五代前が店主だった頃。店に一人の紳士が訪れた。

 彼は泉にお願い事をしたいのだが、何か差しあげられる物はないかと訊ねて来たという。

 当時の店主は己のパンを指差して、「俺は最近この新作を供えている」と言った。


 そのパンは一口サイズのおやつのつもりで考えた、小さな羽根の形をしたパンだった。

 イメージは妖精の羽根。名前は愛らしいものが良いと、シルビアと名づけていた。


 話を聞いた紳士はシルビアを買って、店の隣にある泉へと向かう。

 何の気なしにその様子を見送っていた店主は、その後、驚くべき光景を目の当たりにした。


 紳士が祈りと共に投げ入れたシルビアが、泉から戻ってきたのである。

 しかも形はまるきり同じの、しかし光り輝き、明らかにパンではなくなっているシルビアが。


 驚きは続く。

 紳士は縁起が良いと、泉から戻ってきたシルビアを持ち帰り、机の上に置いて眠った。

 すると翌日、紳士が願ってやまなかった無くし物が見つかる。

 それは昨晩置いたシルビアと全く同じ位置に置かれていたらしく、そして代わりにシルビアはなくなっていたとの事。


 つまり、泉の妖精がシルビアのお礼に失せ物を探してくれたという結論に至ったのだ。


 街中は大騒ぎ。次々にシルビアを買い求める人々でパン屋は大忙しになるが、やがてそれは静かに収まってゆく。


 理由は、全ての人に失せ物が戻ってきた訳ではないから。

 それでもうわさが残っているのは、少なからず返礼品である羽根を受け取り、失せ物が戻った人達がいるからだった。


 そうしてやがて、人々はむやみやたらと願う事を止めた。


 ――妖精様は自分達をよく見ている。


 自分達で出来得る限りをしよう。

 そしてそれでもダメだった時に、妖精様にお願いしよう。


 暗黙の了解のように広がったこの感覚は、時が流れた今、カリンの時代にも根付いていた。


 普段は一口サイズのおやつパン、シルビア。

 羽根のように軽く、ふわふわで。しっとりとした甘さが広がるシンプルパン。


 そしてもう一つの顔は、妖精シルビアへの貢物。

 本当に困っている者、強く失せ物を探し求める者にのみ、妖精の羽根となって戻ってくる、不思議なパン。


 隣にあるパン屋はうっかり有名になってしまっていた。







お読みいただきましてありがとうございました!!

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