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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第二章:パン屋のある一日
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閑話2:パン騎士のその後

 





 パチリ、と目が覚める。

 夜勤明け。それでも腹が空けば目は開く。


「腹減った……」


 カリンが持たせてくれたパンはすでに腹の中。

 食えるものと言えば、隊で支給された乾パンのみ。グレンは精神的に餓死寸前だった。



◆◇◆◇



 グレンは単身者のすむ騎士専用の寄宿舎に住んでいた。

 場所は公爵様の屋敷がある区画の隣、二番街。隊の詰所と同じ敷地内にある。


 この寄宿舎、出勤には便利だが、食堂がない。

 飯を作ってくれる素敵な女性がいるやつはいいけれど、そんな幸運な奴はごくわずか。

 仲間の大半は外食で、グレンもその一人であった。


 寝ていても、飯は出てこない。


 今は何時だろうと、グレンはカーテンを開けた。

 明るいが、そこまで眩しくはない。日暮れの二時間前といったところか。


 中途半端な時間帯だった。これでは街中の食堂は休憩中である。

 となれば……と、グレンが思い浮かべるのは一つだけ。


「店、開いてっかな」


 昨日、この時間には店じまいをしていたカリン。

 今日はどうだろうと、グレンは考える。


 昨日の夜からパン続きのグレン。彼は自他ともに認めるパン好きだ。

 もういつだとは思い出せないけれど、昔食べたパンがむちゃくちゃおいしくて、それ以来パンが好き。かなり年季の入ったパン好きである。


 そんなグレンは週五ぐらいでカリンの店に通っていた。本音は毎日通ってもいいとさえ思っている。


 グレンの熱い想いが伝わったのか、今朝、幸運にも焼き立てのパンを食べる事が出来た。

 本当にオーブンから出てきてすぐ。アツアツで、カリンが言うには「味がふわふわ」との事だけど、香りがすでにうまかった。熱いのを口に入れて、ほふほふ食うのも出来たての醍醐味だった。


 他人が聞けば、「パン屋になれば」と言われそうなほどにパン好きなグレンだが、それは無理と自分で分かっていた。

 彼は料理が苦手だった。目分量、雰囲気でやるのがまずいのだろう。素人は計らないから失敗するのである。


 うまかったパンを思い出すと余計に腹が空いた。

 これは本格的にマズイ。早くパンを食わなきゃ、俺は倒れてしまうと、グレンは本気で思った。


 グレンは身支度を整えつつ、今朝の事を思い出す。

 パンがうまかった。そしてカリンとの話も楽しかった。

 客として行けば、接客があるカリンとはあまり話せない。だから顔なじみと言えど、こんなに沢山話したのは初めての事だった。


 カリンが話してくれたのはもちろんパンの話。

 パンの世界は奥深く、一口にパンといってもその種類は数知れず。基本的な材料は同じなのに、その割合とたった一種類の材料を加えるか減らすだけで、全く違うものが出来上がる。

 小麦だって、どの段階で粉にするかによって風味も味も変わるらしい。

 グレンは感心するばかりだった。


 グレンが感心した分、カリンも騎士の日常には驚いていた。

 もめごとの無い平時の騎士ばかり見ていた彼女は、普段、騎士達がどんな訓練をしているか知らない。だから日課の基礎訓練を教えるだけで、げんなりしていた。


 そんな彼女の顔を思いだしたグレンは一人クスクス笑う。

 自分としては日課だから何とも思わないけれど、一般人のカリンからすれば毎日地獄だろう。

 加えてその前後に巡回があるのだから、本当に体力バカじゃないと務まらない。


 ――俺にしてみれば毎日朝早い方がつらいけどな。


 カリンは夜勤明けのグレンが帰る頃にはもう働いていた。

 しかも数時間前にはもうパン作りを始めていたらしい。本当に大変だと思う。


 ――まあその分、夜は早くに休んでいるのだろうけど……。


 そこまで考えたグレンは、ピタリと動きを止めた。


 顔がじわりと熱くなる。

 無意識に手で口元を押さえ、視線を落とした。

 

 今朝のやり取り。

 カリンの追及を逃れ、慌てて店を出た理由。


 その時の事を思い出してしまっていた。


「……言えるわけ、ないじゃないか……」


 グレンもうっかり、訊ねてしまったのがいけなかったのだが。

 仮にも年頃の女の子の部屋を若い男に教えてもいいのだろうか?

 しかも厨房が近くて、大助かりだなんて。

 つまり彼女はあの上で……。


 グレンが想像したのは、ベッドで眠るカリンの姿。

 黄色と黒の小鳥を枕元に、すやすやと眠る彼女はとても可愛らしい。

 さらに言うなら……と、彼は思い切り頭を振った。これじゃあヘンタイだ。


 街の住人を守るのが騎士の役目。

 彼らが安心して日々の暮らしを営めるようにするのが騎士の存在意義。

 そんな自分がこんな不埒な事を考えていたなんて、絶対ダメだ。


 カリンを守るのはグレンだ。

 騎士である自分は悪漢からも、想像できない危機からも、きっと彼女を守って見せる。

 常連客として。友人として。そして――……


「そして?」


 グレンは自分に質問する。

 今、自分が何を考えたのか、よく分からなかったから。


 ――答えは見当たらなかった。

 だが、細かい事はいいやと、グレンはその質問のあっさりと投げ捨てる。

 カリンを守るのは自分。これだけが分かっていればいいと。彼は楽天家だった。


 身支度を整えたグレンは一度鏡の前に立つ。

 身だしなみは騎士の心得。女の子に会う前は特に。先輩からの受け売りだ。


 そうしてグレンは部屋の扉を開ける。

 一縷(いちる)の望みを賭けて、パン屋まで走った。






【閑話2:その後のグレン おしまい】




お読みいただきましてありがとうございました!!(*^_^*)

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