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失せモノ妖精と隣のパン屋  作者: 大鳥 俊
第二章:パン屋のある一日
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3.ちいさな嵐は突然に

 





 カリンがドアプレートをオープンに変えてすぐ、そのお客様はやってきた。


「カリン! 聞いてくれよ!!」


 一目で良いとこのお坊ちゃまと分かる服装。

 金髪碧眼の、確実に将来おモテになるだろう美形の少年。

 彼の名前はミラン。お得意様の一人である。


「いらっしゃいませ、ミラン。どうしたの?」

「聞いてくれ、カリン! ハンカチ見つかったんだ!!」


 知ってるよ。

 カリンは言葉に出さずに微笑んだ。


「探してたやつ? よかったじゃない」

「もっと感動しろよ!! 反応薄いぞ!」

「ワースゴイ! パチパチ」

「カリンっ!! 子供だからってなめんなよ!!」


 わーわーと騒ぐミランを微笑ましく見守る。

 カリンは一人っ子で、兄弟がいるお家が羨ましかった。

 歳が近ければ何でも話せる友達みたいな感じ。もし離れていたら頼りになるお姉さんに憧れた。


 ミランは今、七歳だ。ちょっと生意気だけど、歳の離れた弟がいればきっとこんな感じなんだと思う。だから相手をするのは楽しかった。


「でな、カリン! 妖精さまにハンカチのお礼を持ってきたんだ!」

「え? お礼??」

「おう! パンが好きなら菓子も好きだろう?」

「うーんそうねぇ……」


 答え、大好きです。


「きっと、好きなんじゃないかなあ?」

「だろ? だから、湧き水汲みに行く時さ、森に置いて来てくれないか?」

「それは構わないけど、私が持って行くので良いの?」

「俺が持って行くより、見慣れたカリンが持って行った方が妖精さまも安心すると思うんだ」


 なかなか筋の通った回答である。

 カリンは「わかったわ」と返事をし、ミランから包みを受け取った。

 中身は焼き菓子かなにかだろう。シルビアが喜ぶとカリンは笑った。


「それでカリンにもお礼持ってきたんだ」

「え、わたしにもあるの?」

「カリンが『泉に祈ってみろ』って、アドバイスくれたじゃないか。おかげでハンカチが返ってきた訳だし。カリンにも感謝してるぞ、俺は」


 うむ、と力強く頷いたミラン。


 この七歳、恐るべし……。

 カリンは自分が七歳だった頃を思い出して、首を振った。


 ミランのお父様は大商人。

 国内での商品取引はもちろん、最近では外国をも相手に商売をしていると聞いている。

 人の良さそうな笑顔と、優しい語り口。あっという間に相手の懐に入って、それが結果的に商売繁盛に繋がる。


 その本質は誠実さ。

 ミランは確実にこの資質を学んでいる。

 それはきっと、彼にとって最大の武器になるだろう。


 ちなみにお父様は茶目っ気たっぷりな性格と聞いている。

 愉快な彼は美人な奥様を射とめて、みんなに羨ましがられたとか。


 本人曰く、『平平凡凡の僕のところに天使が来たんだよ!! しかも二人も!』との事。

 一人はもちろん奥様で。もう一人はミランの事。彼はお母様似であった。


 ミランが肩掛けカバンから細長い物を取り出した。


「――父上が選んでくれた万年筆だ。使ってくれ」


 スッと包んでいた布を取る。

 現れたのはこげ茶色のケース。素材は木で、表面には蔦や花などの模様が彫り込まれている。

 陰影もしっかりと描かれている繊細なデザインで、この品が言われなくてもとても高価なものだと分かる。


「な、なんかすごい立派なんですけど」

「ビビるなよ、カリン。職人は良い物を使った方がよいと聞いた事がある」


 感性を磨けという事だろうか。

 ありがたい。でも、こんな高価な物もらって良いのだろうか?


「……ああ。もちろん返品は受け付けてないぞ。名前も入れといたし」

「準備万端すぎ!! ってか、仕事早!!」


 ミランはニヤリと笑う。


「速さは一つの利点だ。現にこうやって、カリンに品物を確実に受けてとらせただろ?」

「う、う……そ、そうね」


 カリンは恐る恐る万年筆を受け取った。

 重さは軽いけど、存在感がすごい。パン屋にあるのが違和感ありありだった。


 ――というか。

 なんだかんだと言って、ミランに丸めこまれた気がするのは気のせい?


「今日はまずお礼が言いたかったんだ。ありがとうカリン」

「いえいえ……って、お礼は妖精様に……」

「妖精さまにも感謝してる」


 じゃあ、俺は一回帰ると、ミランは入り口へと走る。

 そして扉を開けながら振り返った。


「昼頃に買いに来る!! うまいパン作っといてくれよ!」 


 カランコロンとベルが鳴る。

 ちいさな嵐が去ってゆき。途端、店内は静かになる。


 お客様のいない空間はちょっぴり寂しい。だけど。


「……お礼は笑顔だけで十分なのに」


 カリンの手元に残ったのは温かな気持ち。

 彼女は万年筆を丁寧に引き出しへと収める。

 折角だから、久しぶりにお父さんへ手紙でも書こうかな。なんて考えながらも。その表情には満ち足りた笑顔が浮かんでいた。



◆◇◆◇



 お昼頃、宣言通りやってきたミランがたっぷりとパンを買って帰った後。

 のんびりとパンの在庫を確認していたカリンは、勢い良く開いた扉に驚いた。


「ちょっとそこのアナタ!」


 カリンは目線を下げる。

 翡翠色の真ん丸な瞳に、長くて綺麗な金色の髪。

 それを左右で一つずつ結んだツインテールの女の子が目を怒らせて立っていた。


「いらっしゃいませ? どうかなさいましたか?」

「どうかなさいましたから来たのよ!!」

「え……? ひょっとしてウチのパンに不具合が……?」

「違うわよ!! 食べた事ないし!!」

「は、はあ」


 いまいち要件の分からないカリンは気の抜けた声を出した。

 それが勘に触ったのか、女の子の片眉がつり上がる。


「店員の教育がなってないわね!! とにかくアナタ! カリンを呼んで来なさい! わたくしはあの女に用があるのですわ!!」

「カリンは私ですけど……?」

「アナタなのね!! ミラン様を(たぶら)かしたのは!!」


 話が見えた。


「ひょっとして、カブトムシの刺繍の……?」


 カリンは思いついたままを口にすると、女の子はますます目を吊り上げた。


「そんなことまで知っているだなんて……あれは、わたくしがひと針ひと針……」

「うん、すっごい上手だった!」

「え?」

「あれは自分で考えたんでしょ? 珍しい図案だったし」

「え、ええ……」

「やっぱり! わたしにはとてもじゃないけど、出来ないわ」

「ま、まあ、それほどでも……?」

「それで七歳だって聞いていたけど、本当に?」

「本当よ」


 わあ、すごいと感動するカリンをポカンと見つめる女の子。

 扉を開け入って来た時の気迫はどこへやら。完全に毒気を抜かれてしまったようだ。


「ねえねえ、今度時間があったら教えてくれない? わたし、自分のハンカチに刺繍してみたかったんだ!」

「ええ、かまいませんことよ……って!! いいえ! 教えません!!」

「そ、そう。それは残念……」

「しょんぼりしないでくださいまし!! まるでわたくしが悪いみたいじゃないですか!!」


 カリンがじゃあどうすればと、困り顔になれば、女の子はぎゅうと拳を握った。「わ、わたくしは騙されません!!」


「騙す?」

「そうやって、ミラン様を……!!」

「ミランはパンを買いに来てるだけだよ?」

「週に何度も来ているところを見ましたわ!!」

「うん、ミランはパン好きだからね」


 あっけらかんと言い放つカリンに「ミラン、ミランと呼び捨てにしないでくださいませ!!」と怒る女の子。一体どうすればいいというのだろうか?


「とにかく!! アナタはミラン様の事をどう思っているのですか!?」

「常連さま」

「常連!? ただの!?」

「ただのっていうか、歳の離れた弟? みたいな?」


 「お、おとうと……?」女の子が戸惑う。


「うん。ちょっと生意気だけど、いい子よね、ミランは」

「また呼び捨て……でも、素敵な人という事には同感ですわ」

「ミランが羨ましいよ。こんな可愛い子から刺繍のハンカチもらえてさ」


 カリンの日常はパンに始まりパンに終わる。

 時々シルビアのお手伝いが入るが、基本的に女の子の趣味と言われているような事とは無縁。

 パン屋の仕事は大好きだけど、カリンだって女の子。刺繍が出来たら良いなと思うし、羨ましいのだって本当だ。


 カリンの言葉に真実を見たのだろう。

 女の子は口に手を当てて、誰もいない店内を見回す。

 自分がした事を、今まさに、どうしようと思っているのだ。


「わ、わたくし……ひょっとして、すごく失礼な事をしてしまった?」


 不安そうにこちらを見上げる女の子。

 女の子の行った事は店内での『怒鳴り込み』。立派な営業妨害だ。


 カリンはニコリと笑った。


「まあ、ビックリしたけど。気付いてくれたなら良しとする」


 お客様いなかったしね、とカリンは続ける。


 女の子が目に見えてホッとした顔になる。

 両手を重ね、胸にあて息をつく様は、どこかのお姫様のように見えた。


「カリン……さん。あの、最後にもう一回だけ確認させてくださいませ」

「うん」

「ミラン様とは……」

「パン屋の店員と常連さま」

「はい。わかりました」


 女の子がふわりと笑った。

 それは同性のカリンが見ても見惚れる可愛さだった。


「本日は大変失礼をいたしました」

「うん。それはもういいよ」

「いえ、日を改めてお詫びを……」

「だから、いいって」


 そうは言ってもと引き下がらない女の子に「じゃあ、刺繍教えて」とカリンは提案する。


「そんな事でいいんですか?」

「そんなこと? すっごいことだよ、刺繍できるのって」

「女性なら皆できる事だと聞いていますけど」

「うわ、刺さったよ!! 直撃だ!」 


 多分お嬢様だと思われる、女の子の世界ではそうなのだろう。

 カリンには遠い別世界の話だ。


 女の子はカリンが何にダメージを受けているのか分かっていないよう。小首を傾げるという可愛い仕草をしながら、「では、今度刺繍道具を持って参りますわ」と、その後カリンの予定を聞いてくる。


 カリンが三日後の定休日を伝えると、女の子は「わかりましたわ」と返事をし、最後にきちんと挨拶を述べてから店を出て行った。


 お店には再びカリン一人。

 外からはぴよぴよとアンとクリームの鳴き声がする。平和な午後の時間だった。


「……なんか、賑やかな日ね……。今日は」


 失せ物届けから始まり、腹ペコのパン騎士を迎え。

 ミランの焼き菓子とむちゃくちゃ高価な万年筆をもらい、そして嵐のような刺繍姫の来店。


 お店が忙しいのは良い事だ。だけど、なにか求めているのとは違う忙しさのような気がする。売り上げは上々なのだけど。


 カリンは、今日はもう何にも起こらないよね? と、店の扉を開けた。

 カランコロン……。と鳴ったベルが、やれやれと言っている気がした。






【第二章:パン屋のある一日 おしまい】

お読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)


☆更新予定☆

20日お休み

21日閑話投稿

22日お休み

23日第三章スタート

(章が始まったら、キリの良い所までは毎日投稿が目標です)


よろしくお願いします(*^_^*)


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