その5
「あら、本当ですわね、遅かったですわね。もう、そうなったら、後は好きなように召し上がってください」
ビッグマックのソースが上着にベットリと零れ落ちたのを見た妃のコチミは諦めたように言った。
なに、大丈夫だ。ソースくらい、侍従長のトヨトミが持参した濡れティッシュと紙タオルで綺麗に拭きとってくれるさ。
それにしても、服を汚しながら食べるビッグマックは美味い! ましてや、今日は、「グランド」ビックマックだ。食べ応えが1.3倍なのだよ。
しかし、この朝食を食べ終えたら、遊びの時間は終わりだな。公務がある。
今日は、なんだっけ?
「トヨトミさん、今日の公務は二件だと言っていたね」
「はい、さようでございます。午前に一件と、午後に一件ございます」
「それって、どのような公務?」
「午前がダサイタマ緑化振興会の植樹祭です」
「あ、そう。で、何を植えるの?」
「は?」
「いや、だから、苗木を植えるのでしょ。何の苗木?」
「さあ? しかし、オカミがお出ましになることが重要なのでございまして」
「なんだ、知らないのか」
ここで、コチミが親切に助け船を出した。
「上様、何の苗木でも良いではありませんか。トヨトミさんが言ったとおり、大切なのは上様のお出ましですからね。けど、まあ、植樹祭だから、苗木の品種ぐらいは知っていてもよさそうなものですわね。ちなみに、今日植えるのは、シオガマザクラです。八重桜の一種ですわ」
「へえ、コチミちゃんは知っていたんだ。どうして?」
「植樹祭のパンフレットに書いてありましたからね。昨夜、読んだのですよ」
「ふーん、流石はコチミちゃんだね。明日から皇帝庁長官になった方がいいね」
「とんでもない、皇帝庁長官が失業するでしょ、ウフフ」
「ハハハ、そうだね。あのオヤジでは再就職は無理だな」
「ダメですわよ、蔭口でもそんなことを仰っては」
「ま、そういうことだね。それで、トヨトミさん、午後の公務は何?」
「はい、全国フラダンス連盟の総会でございます」
「フラダンス? 踊るの?」
「まさか、開会の御挨拶です」
「そうだろうね。でも、フラダンスって、暇な御婦人が趣味で楽しむ習い事でしょ。だったら、好きに楽しめばいいのにね。どうして、皇帝の私が挨拶をするのだろうね?」
「それは、集会に箔が付くからでございますよ」
「箔? フラダンスに箔ねえ。ハワイの伝統舞踊に日本の箔なんか必要かね?」
「利権でございますよ。全国フラダンス連盟は今や会員数五十万人を誇る一大組織なのです。そこには、それなりの利権というものがあるわけでございますよ」
「ほお、驚いたね。フラダンスに利権かね。けど、どうして、皇帝が利権なんかに協力するのかな? どうせ公務に時間を費やすのなら、恵まれない人たちの激励や慰問をしたいのだがね。何か背景でもあるのかね?」
「え、背景ですか、それは ・・・」
トヨトミ侍従長が返答を躊躇っていると、コチミが代わりに答えてくれた。
「ユキエ婦人ですよ」
「ユキエ婦人 ・・・ ああ、マナベ総理大臣の奥方か。でも、どうしてユキエ婦人が背景なの?」
「ですからね、ユキエ婦人は全国フラダンス連盟の名誉会長なのですよ」
「おやおや、あの人、フラダンスにまで首を突っ込んでいるのかい。いったい、あの人には名誉職がいくつあるのだろうね。この前、ザル学園の名誉理事が問題になったばかりだよね」
「あれは、ほんの氷山の一角ですのよ。あの方の名誉職は五十以上あると聞いていますわ」
「五十以上! なんとまあ! それはともかく、あのザル学園の系列校は酷いね。あの旧陸軍式の行進、まだやっているのかな?」
「やめたとは聞いておりませんわ。まったく、あんな時代錯誤の何が気に入ったのやら」
「で、要するに、あのユキエ婦人がその公務を押し込んだわけだね」
「ええ、マナベ総理の周辺が皇帝庁にゴリ押しをしたようですわよ」
「ふーん、そんなつまらない事情で、この八十二歳の後期高齢者皇帝が出向くのか。なんともなあ。なんだか癪に障るね。いっそのこと、フラダンスでも踊ってやろうかな」
「ウフフ、どうぞ御自由に。上様が踊りだしても私は止めませんから」
コチミは、私が踊るさまを想像したのか、やけに愉快そうだ。
それにしても、表面では皇帝のことをあれだけ敬っておいて、その実、芸者のような扱いだな。
ふうっ、まあいいや、木を植えて、踊ればいいのだろ、やってやろうじゃないか。
あっ、そうか、踊ってはダメか。
=続く=