その3
「おやまあ、スーさんですか」
妃のコチミは期待通りの反応をしてくれた。
そう、私は「釣りバカ日誌」のスーさんに扮したのだ。
だから、フィッシングベストを着用したりしている。
「朝の六時だから、スーさんもありですね。六時なら釣りに出かけそうな時間ですものね。でも、私の身なりも考慮に入れて下さらないと ・・・」
「あ」
私は、自分の過ちに気付いた。同じカジュアルでも、妃の方は登山服なのだ。
「でしょ」
コチミは「ほらね」みたいな表情をした。
「いや ・・・ だから ・・・ 山の湖に釣りに行くということで ・・・」
「ふふふ」
妃は柔らかい笑い声を漏らしてくれた。
さて、普段なら、居城の正門まで徒歩で行くのだが、なにせ今日はかなり空腹だ。歩いてなんかいられない。
だから、私の城内での愛車、ホンデのインテグラで正門までドライブすることにした。実に二十五年落ちの愛車だ。しかし、丁寧極まりない乗られ方をしているので、新車のようにピカピカだ。古くても何の支障もない。
インテグラの運転席には皇帝の私が、そして、助手席には妃のコチミが乗車した。つまり、私の運転だ。自分では、なかなかの運転テクニックだと思っている。もっとも、城内の道路に運転テクニックなど不要だがね。
インテグラの後部座席にはトヨトミ侍従長と皇帝警察の若い警察官が座った。
五分足らずで正門に到着すると、皇帝たる私を含む四人は車を乗り換えた。
軽自動車に乗車したのだ。それも一番安価なツヅキのアルトだ。
まさか皇帝と妃がアルトの後部座席に乗車しているとは思うまい。
それに、最近の軽自動車は十分に広いので何の不足もない。
軽だって「アルト無いとでは大違いだ」。
そんなことを思っていると、妃のコチミがニヤリと微笑んだ。
「上様、ひょっとしたら、今、『アルト無いとでは大違いだ』とか心の中でダジャレを呟いたでしょ」
「え ・・・ いや ・・・ そんな親父ギャグ ・・・ 呟いたけどね、へへへ」
さすがコチミは洞察力が鋭い。こちらの心の中の親父ギャグまで見透かしてしまうらしい。誠に賢い女だ。私には女を見る目がある。なにせ、その賢い女が私の妻なのだ。
アルトの運転は、皇帝警察の若い警察官がして、助手席にはトヨトミ侍従長が座った。
そのアルトの後には、皇帝警察のプレジデントが続くわけだが ・・・
「あ」
トヨトミ侍従長が失策を気付かせるような小声を発した。
私は、その「あ」という小声のことが気になった。
「侍従長、どうかしたの?」
「い、いや、あの、サプリームが ・・・ いやいや、プレジデントが ・・・」
私が振り返って見ると、ナンバープレートに皇帝家の紋が見えた。
サプリームとはドウダ自動車のプレジデントを皇室仕様に改造した御料車なのだが、全部で六台ある。そして、その六台の全てに皇帝家の紋が付いている。
皇帝専用の車両としては、サプリーム以外にもプレジデントが四台ある。プレジデントの方には皇帝家の紋がない。だから、お忍びの時にはプレジデントを使用するのだが、どういうわけだか、今日の護衛車両には皇帝家の紋がある。
私は、そのことを不審に思い、トヨトミ侍従長に尋ねた。
「どうして、今日は、皇帝家の紋があるサプリームなの?」
「え ・・・ いえ ・・・ だから ・・・ あ、きっと、プレジデントが故障なのですよ」
「あ、そう」
私は、不審でも納得したフリをした。プレジデントは、四台もあるのに、四台とも故障なわけがない。
しかし、私は「やむごとなき」皇帝陛下だ。そういう些細なことを責めるわけにはいかない。
それでも、不満に決まっている。せっかく軽のアルトに乗り換えても、後に皇帝家の紋の御料車が続くのでは、目立つことこの上ない。
それでも、何食わぬ顔でいるのが、皇族の長たる皇帝というものだ。
ま、そんなわけで、不満な部分もあるが、皇帝たる私を乗せたアルトは、マクドナルドを目指して出発するのだった。
=続く=