95話 お仕置き終了
※ゾンビ系の汚い感じが出てくるので読むタイミングにご注意ください。
「伊藤さん……えっと……もう一回言ってもらっていいですか?」
ショートカットの眼鏡で綺麗な事務員。
年の頃は25歳くらいに見える女の人。名は『伊藤 結香子』さんという。
伊藤さんが放った言葉が信じられず、直前に言われた言葉を繰り返すように要請する。
「はい。信者を集めた集会が明日開かれます。そこで奇跡の実演とスピーチをお願いします。」
女の人達や女の子を帰して、これからの宗教団体をどうするかを内情を知る事務員の伊藤さん交えて話をしていたのだが、伊藤さんから驚愕の事実が告げられた。
旧教祖こと堂下は情事を行う事で徳を積み、それで翌日奇跡を起こすような事を話していたようで、明日は選ばれた信者300人ほどを集めた奇跡を見せる集会があるのだと。
そう。伊藤さんはそこで俺がなにかしらの奇跡を起こし、そして、なんかしら有り難そうな事を喋れと俺に強いているのだ。
助けを求めるようにオバちゃんを見るが、オバちゃんは諦めたように目を閉じて頭を振り、そしてニカっと笑い俺の肩を叩きはじめる。
「いいじゃないの! 肚くくって頑張りなよ、イチ教祖さん。」
「ちょっとやめてよサリー(笑)さん!」
「なんだい……ひっかかる呼び方だねぇ。」
ちなみに俺の呼び方とオバちゃんの呼び方は、とりあえず本名は出したくない方向で進めており、俺はニアワールドでの偽名『イチ』。オバちゃんは『サリー』と呼んでもらう事になった。
この伊藤さんは、俺が女の子に回復の魔法を使わせた時眠っていたせいで教祖達が見せていた奇跡は実際に誰でも使える奇跡だったという事を実際には見ておらず、そのせいか話していてもイマイチ元教祖寄りな感じがあったので、改めて伊藤さん個人に対して隠密を使ったり水を冷やしたり熱湯にしてみせたり、旧教祖の堂下が明日使う予定の巻物を持ってきてもらって、オバちゃんに伊藤さんの何故か手首に沢山あった傷痕を消してもらったりしたら、ようやく心から信じてくれたようで一気に俺寄りになった。
そして超俺寄りになった伊藤さんは鶴来達エセ教祖については追放し、宗教法人なので、もうこの際まるっと乗っ取ろうと物凄い勢いで提案を始めてくれた。見た目の割に、なんだかちょっと怖い人です。
しかも宗教法人乗っ取りに必要な条件の手配や、行政書士とのやり取り。その他、神崎や堂下の実印が必要そうな事なんかについても『散々弄んでくれたお礼も兼ねてしっかり対応する』と、まるで透明感の感じられない濁りきった笑顔で微笑みながら言ってくれたので、もうその辺は伊藤さんに全部お任せすることした。
しかし……『えっ? そこまで手の平返すの?』と思ってしまう変わり身の早さに驚かされる。
イマイチどの辺りまで信用して任せていいのか悩んだのだが、俺の様子を見ていたオバちゃんが俺の肩を叩き
「あの子は言った事は本当に全部やるタイプだ。あの切り替えは本心に違いないから任せても問題ないと思う。」
と、伊藤さんが味方になっている事に太鼓判を押してくれたので、オバちゃんの鑑定眼を信用して面倒な事は全部まるっと任せる事にした。
「それではイチ様。念の為にクズ共の弱みも撮影しておきましょう。交渉材料は大いに越した事はないですから。」
「あ~……いや、伊藤さん。
弱みを撮影って言っても今、ゲス共は……その、見れたもんじゃないような事になっていると思うよ……というか俺も見たくないんだよな……」
時計を見ると閉じ込めてから3時間半は過ぎている。
汚い物は見たくない気持ちから意識から切り離していたけれど、すでに鶴来達の声が一切しなくなって気にはなっていたので、腹を決めて様子を見に行くことにした。
オバちゃんには、あらかじめ俺が魔物を使ってひどい目に合わせる事は話をしてある。
伊藤さんには詳しい事は話していない為、中で何が行われているのか興味があるようだが流石にゾンビという存在は見せられないので、オバチャンと一緒に別室で待機してもらう。
一人になり、大きく深呼吸をしてからバールで木材の五寸釘を外し、そして封印を解く。
扉を開けると、凄まじい悪臭が漏れだしてきて耐えきれず一旦閉じる。
覚悟はしていてもやっぱり嫌な物は嫌だ。見たくない。
盛大にため息をつき、再度気合をいれなおして扉を開き、そして中を確認する。
部屋の中で、汚物にまみれで動かない鶴来。
その鶴来をよそに、気がふれたのか小さく笑いながら1匹にされるがままにされている堂下。
そして鶴来から離れた2匹のゾンビに上下で接待されながら、なにかをブツブツと言い続けている神崎が視界にる。
どうやら気を失うとゾンビの接待は離れ、そして気を失っていない人間にゾンビが増えて接待が過剰になるようだ。
意識があるはずの堂下も神崎も、俺が部屋に入った事にも気づかない。恐怖や諸々で、もう普通の精神では無いらしい。
俺は壊れてしまった3人の人間が、そして壊すと分かっていて行動した自分が心底恐ろしくなり、その場で耐えきれずに吐いてしまう。すでに部屋中汚物だらけなので気にならない。
口元をぬぐい、すぐに車に隠した小型PCを取りに行く。
なぜか分からないけれど涙が流れだし、止められないまま走る。
小型PCを持って急いで部屋に戻りテレビとPCを接続し、アプリを起動しゾンビ達に戻るように命令をし、ニアワールドの下水道へと帰す。
ゾンビ達が離れ自由になっても、堂下と神崎は焦点の定まらぬ視線のまま、乾いた笑いと謎の呟きをつづけている。鶴木は気を失ったままだった。
3人から目を逸らし、すぐに小型PCの接続を外して車に戻す。鍵をかけた瞬間に、何もかもがいたたまれない気持ちになりながら、オバちゃん達に会いに行く。
別室へ入ると、俺の様子を見たオバちゃんが何かを察したのか力強く俺を抱きしめてきた。
オバちゃんの腹がフニョンと押し付けられる。
「ゴメン……ゴメンなぁ……アンタに全部押し付けて。
辛い思いをさせた。ゴメンなぁ。」
なぜかオバちゃんの言葉に涙が溢れだし、オバちゃんの腕に抱かれながら、しばらく泣いた。
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――少し経ってから俺の気持ちが持ち直し、改めて現状を考え直して、オバちゃんと伊藤さんの二人を現場に案内するか迷ったが、オバちゃんは強い言葉で口を開いた。
「アンタにさせた事の重荷は、私も背負うべきだ。」
その言葉に押され、みんなでゾンビが居なくなった部屋に向かう。
やっぱりオバちゃんも吐いた。
本当は病み上がりのオバちゃんにストレスになるような光景を見せたくなかったけれど、どこかで罪を共有してもらったような気になり、自分の心が軽くなるようにも思えた。
ゴメン。オバちゃん。
そう思っていると伊藤さんは部屋においてあったビデオカメラ取りに行き、そしてそれを起動して3人の撮影を始めた。
「ふふふふふふふふ。いい気味ですよ。クソが汚物にまみれて。あははは。」
3人の様子を楽しそうに撮影している伊藤さんを見て思う。
この3人の心は死んでいるだろうし弱みも何も必要ないだろうと思うが、伊藤さんもきっと、この3人に心を殺されるような事をされたのではないだろうかと……そう思った。
伊藤さんの気が晴れるまで待ち、その後、作業着を借りて3人をシャワールームに運んだりして一通り綺麗にした後、救急車を呼んだ。
3人には伊藤さんが付き添い、俺とオバちゃんは建物の中からソレを見送る。
救急車に乗せる際に簡易な説明を求められた時、伊藤さんは3人について、どこか呆れたような視線を送りながら
「止めたけれど、悟りを開く為だとか言い、勝手に汚物を使った無茶な修行をした。」
そう薄く笑い、説明した。




