77話 隠密実験
手を握ったり開いたりしてみるが変化があったようには思えない。
「これで……俺は『魔物調教』の能力を手にしたんですか?」
「はい。出品者の方の能力を手に入れました。」
なにか確認する方法が無いかと思いエイミーに目を向けると、エイミーはハっと何かに気づき俺に体を寄せてくる。
お? なんだ。もう効果発揮してるのか?
エイミーが俺の耳元で囁く。
「ご主人様はアチラの出身でコチラの知識があまり無いですから念の為に申し上げますが……我ら亜人は魔物ではありません故、効果は望めませんよ。」
「……なん……だと。」
驚きエイミーを見る。
エイミーは俺の事をご主人様として見ている事もあり、ゴードンの商館での荷物の受け渡しを手伝ってもらっている。その手伝いに当たってアプリで起動する『枠』の向こうの俺の自宅や日本の事も少しだけ話しているのだ。
「その反応はやはり図星で? 念の為にお伝えしておいて良かったです……私のようにご主人様の秘密を知らない場合だと、侮辱されたと取って流血沙汰になる事も有り得ますので。」
「マジですか……」
「はい。」
俺は膝を折り、そして床に手をついた。
「ご、ご主人様!」
俺の白金貨4枚が無駄だったというのか……いや、獣人系の亜人に効かないだけで、もっとモンスターによったアデリーにはなんか……そう、なんとなく話を聞いてくれやすくなるとか、そんなワンチャンあるかもしれない! そう思う事にしよう……そう思いたい。
「体調になにか異変が起こりましたか?」
係員が少し心配そうに俺に声をかけてきたので、悲しく一息ついて立ち上がる。
「すみません。体調に問題は無いです。
ちょっと落ち込んだだけなんです……」
「は? はぁ……」
魔物調教が無駄だというならば隠密にかけよう。
気を取り直し隠密のカードを持ち右手にぐっと力を込める。が、さっきよりも幾分固い気がする。
パリィン
またも、陶器を割ったような音が鳴り響き砕け散ちるスキルカード。
砕けたカードの破片は、細かい粒子のように変化し、俺の右手に粒子が吸い込まれていく。
「ん?」
さっきの『魔物調教』のカードは生暖かい感覚だったのに今回は違う。違和感がある。
熱いのだ。
…………
滅茶苦茶熱い。
思わず右腕を引き寄せ抱える。
だが熱さが静まらない。
体中から脂汗が滲みだし熱さに堪えきれず膝をつく。
徐々に手首から肘へと熱さが伝染し始め、熱さなのか痛さなのか分からず呻き声が漏れる。
エイミーの心配する声が聞こえるような気がしたが、それどころじゃない。
左手で右腕を押さえ膝で挟んだりしながら心の中で繰り返す。
鎮まれっ!
鎮まれ俺の右腕ぇっ!
このままじゃ俺の身体が持たないっ!
熱さは肘を超えた辺りから急速に全身に広がりはじめ、その感覚に堪らず倒れて転がりまわる。
そしてその熱さが頭に伝わった瞬間。
俺は気を失った――
--*--*--
目を覚ますと、知らない天井だった。
「ご主人様、お目覚めですか?」
「……エ…イミーか?」
「はい。お加減はいかがです?」
エイミーの言葉で意識を失う前の状態を思い出し、右手を見る。
熱さはすでに引いていた。
右手で拳を握ってみたり開いてみたりしてみても違和感はない。大丈夫そうだ。
「大丈夫だと思う……うん…って、ここは?」
「栄育院の医務室です。」
エイミーが心配そうな顔をしているので、ベッドから上半身を起こし自分の身体の様子を見る。
身体のどこにも熱が残っているような感じはしない。
妙に落ち着いている気分だ。
むしろそれどころか万能感といえばいいのか何でもできそうな気持ちすらあるように感じる。
エイミーに顔を向け、問題ない事を伝えると、エイミーはようやく安心したような表情を見せ話を始めた。
「ギルド職員の方のお話では、どうやらご主人様にとって、隠密のスキルは強力過ぎたようで、そのスキルに合うように身体の調整が行われたのだろうとの見解でした。
強力なスキルを得た場合などに時々ある事のようですが隠密のようなスキルの時には起こり難い事のようで説明がなかったそうです。」
まぁ漁師のスキルが強大なスキルという事は無いと考えていたんだろうな。
それに俺は元々がアンジェナに鼻で笑われる程度の強さしかないから、きっとその辺の事も絡んでいる可能性がある。
考えてみりゃあ漁師のじいちゃんは引退する年になるまでずっと磨き続けてたような能力だ。
その能力を全部を貰ったら、そりゃあ能力を貰った方の体にもなにかしらの異変が起きて当然と言えば当然な気がする。
「そっか……わかったよエイミー。ありがとう。悪かったね心配させて。」
エイミーは一瞬キョトンとし、すぐ居ずまいを正した。
「いえ、とんでもございません。ご主人様」
なんとなく、真面目な雰囲気なエイミーに違和感を覚える。
「どうかした? 俺、なんかおかしい?」
「い、いえ。その……ご主人様が御主人様っぽく感じられると言いますか……なんと言いますか。
いつものヘタ……なんでもございません! え、えと。そんなに深く追求しないで頂けると嬉しいです。」
ほんのりと頬を染め、ドギマギとしているエイミー。
そんなエイミーの様子に何となく幼子のような可愛さを感じて失笑する。
「そうか。わかったよ。
さて、栄育院のお邪魔になるのもなんだし一度外に出ようか。」
「はっ! かしこまりました。」
栄育の外に向かう途中に別の係員と会い、お礼を言ってから外に出る。
「あ、そうでした。ご、御主人様。
気絶されておられる間に係の方から色々と言付かっております。
えっと、まずスキルを習得された方はギルドカードを更新した方が良いようです。」
「そうか。わかった。 じゃあ、これからギルドへ向かおう。」
「はっ! かしこまりました。」
「そうだ……折角だから向かいながら隠密を使ってみてもいいかな? 変化を感じたら教えて欲しい。」
「はっ。」
ギルドに向かいながら隠密を使用してみてエイミーが俺をどう捉えているか試してみた。
受けた印象を話してもらい、なんとなく理解できた。
簡単に言うとこの能力は透明人間だ。
相手に俺の存在を認識されていない状態の場合、『本気で隠れたい』と考えると、ピッタリ背後に居ても気づかれないし、こっちを意識していない人間。例えば通行人などは肩がぶつかったりするくらいの距離で、ようやく気が付き、向こうがとても驚いていた。
とんでもないスキルだ。
ただ本気でやるとどんどん疲れが溜まってくるような感覚になり、あまり多用はでき無さそう。
疲れにくい程度の「ちょっと隠れたい」だと、通りすがりの通行人は1~2mくらいの距離で「おっと、人が居たか。」的な反応を見せた。
エイミーのように最初から見つかっている状態の場合は、「ちゃんと居るよね? あ。居た。」的な効果がある程度。既に認識されていると効きにくいらしい。
ただ意識を逸らしたり注意を他に向けた後だとそれなりに効果はあった。
「ん? アレなんだろう」と、俺が指を指しエイミーの注意を別に向けさせてから、本気の隠密をすると隣に居ても、一瞬『あれ? ご主人様どこ行った?』な動きを見せていた。
ただやはり「ここに居た」などの確信的な認識があるといくら本気でも発見されてしまう。
戦闘等においては敵も味方も注意を払っている状態なのだろうし、どの程度通用するのかはわからないが、俺はそもそも戦うつもりなど一切ない。ゴメンだ。
俺の生活する戦いの無いエリアにおいて、俺はとんでもない力を手に入れてしまったのかもしれない。
……夢が広がる。
そうこうしているとギルドに着いていた。
受付で本日2度目のアンジェナ呼び出しをしてもらい対応をしてもらう。
ちなみにアンジェナは受付全般の業務からは既に離れていてメインの業務はゴードン商会及び商材担当、並びに俺対応担当になっている。ただ、手が空いた時には受付をやったりするらしい。
簡単に言えば俺専門のギルド受付がアンジェナということだ。
カードの更新では、またボウリングの玉くらいの大きさのオーブに触れる必要があり、以前にもらったカードを渡してオーブに両手で触れると、前は中心がうっすらと光った程度の発光しかなかったが、今はきちんと中心からオーブ全体に光が及ぶレベルに光源が増していた。
アンジェナは「ほう」と興味深そうな顔を見せた後オーブに触れ、また魔力っぽい何かを引っ張り出してカードにソレを入れる。
アンジェナはカードに触れて小さくムニャムニャと何かを呟いた後、納得したように頷いて俺に微笑みながらカードを返してくれた。
「2つもスキルが増えたんですね。おめでとうございます。」
「はい。運が良かったですよ。有難うございます。」
なんというか最初は鼻で笑われた印象で何とも微妙な気持ちになったが、改めて笑顔を向けられるとアンジェナは美しい。
……ウサミミハムハムしたいなぁ。
……ウサギって性欲強いって本当かなぁ。
「あ、そうだイチさん。
ついでで申し訳ないんですが、注文をまたお願いしてもいいですか。」
「え? 今日はゴードンさんの所の小間使い来なかったんですか?」
「いえ来て頂いたんですが、その時には無かった注文なんです。
先ほど『卸元紹介しろー!』と別支部の担当がわざわざ来るなんていうひと騒動がありまして……なかなかしつこい方だったみたいで。
妥協と譲歩の土産用の注文みたいですよ……ウチだって他支部に流す時には手間賃分だけしか乗せてないんですけどね。フフフ。」
ちょっとだけ悪い顔で笑うアンジェナ。
ゴードン商会はこのギルドと取決めを持っていて他ギルドにはこの街のギルドを仲介して商品を流すという事になっている。要は独占販売。
ギルドといえばニアワールドの世界全体に組織として広がっている組織。
ゴードン商会は他の街に拠点を構えて商売をする手間なく、このギルドへ販売するだけで、他の街のギルドへの商売ができる。
ギルドは情報を共有しているから営業をかけるのも一か所だけで済み、販売はすべての街のギルドが対象になる。
一か所に販売すれば全国に売れる。
販売量も多く支払いも安心できる。
卸先には持ってこい過ぎる相手だ。
ゴードンが各街に支店を持った時には問題が起きる可能性があるが、まず仕入れの俺がまだこの街を出る気はないから他支部への直接販売の可能性は低い。
ゴードンが物流に乗り出しても、この街のギルドは冒険者達が街へ移動するのに合わせて報酬を上乗せして物流を依頼したり、自前の運搬方法などで物を流したりし始めているので、ゴードンが現状のギルドのように費用をあまりかけずに物流をするのは難しい。
ギルドは他ギルドへの販売に当たって、商品代金と手間賃を他ギルドから収入としてもらえる。
故にWIN-WIN。
「そうですか。分かりました。
そうしましたら担当の小間使いをすぐ呼びますね。」
「お手数ですけど宜しくお願いします。」
ギルドからの受注内容なんかは俺は受けない事になっている。
これは窓口を割り振ってきちんと対応をする為だ。
俺の役割は『仕入れ担当』分業にした方が間違いや問題は起こり難い。
ギルドを出て、エイミーに向き直る。
「エイミー。悪いんだけど受注担当にすぐギルドに来るように伝言に向かってもらってもいい?
「かしこまりました。御主人様はこれからどうなさいますので?」
「俺はこの後は……そうだな……アデリーの所に行ってみようと思う。」
今の俺ならアデリーと話もできるだろう。
そんな気がする。
「かしこまりました。では私も用件が終わり次第向かわせて頂きます。」
「うん。じゃ、お願い。」
エイミーはあっという間に走っていった。
「よし……行くか。」
俺は心を決めてアデリーの店へと足を向けた。
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ゴードン商会へ向かうエミリーは、向かいながら係員に言われた言葉を思い出した。
『スキルカードでスキル取得後は自信が付き、気が大きくなる事がよくあります。
失敗の元ですので十分にお気を付けください。』
一旦立ち止まる。
「隠密を試したいという事で移動中にお伝えできませんでしたが……まぁ、ご主人様は戦うような事もないですし、また後でお伝えすれば良いでしょう。うん。」
エイミーはゴードン商会へと足を進めた。




