61話 落ち込みアデリー
「くっ! 殺せっ!」
「……どうしてこうなった?」
日本の自分の部屋からアプリを起動すると、アデリーの糸で目隠しされた上、服の上から上半身を亀甲縛りにされ、下半身もきっちり縛られて身動きがとれない状態で放置されている下半身が馬の金髪メイドのお姉さんの姿が俺の目に飛び込んできた。
とりあえず枠に首を突っ込み部屋を見回すとドアが開きアデリーが入ってくる。
「くっ! 殺せっ!」
ドアが開き部屋に人が増えた気配を感じたのか、また馬のお姉さんが声をあげる。
とりあえず部屋のカメラに手を伸ばし縛られ倒錯ケンタウロスメイドを激写。
俺が撮影したのが気に食わないのかアデリーが微妙にイラっとしたような気配を感じたので、そっとカメラを部屋に戻しアデリーの部屋に移動する。
「ねぇアデリー。これどういう事?」
「だってイチが『気になる』って言ってたじゃない? だから犯人捕まえておいたのよ。」
いや、言いましたよ?
確かに言いました。
『なんかちょっと気になる』って。
ちょっとだけ話は遡る――
--*--*--
アイーシャに会いに店に向かう途中、どうにもカッポカッポと馬の歩く音が聞こえる気がする。
試しに足を止めてみるとカッポカッポ音も止まる。
あれ? 馬に乗った熱心なチョコレートマニアにつけられてるの? 俺?
馬に乗って追ってくるってことは相当な金持ちか、もしくは尾行に向いてないことも考えられないような頭おかしいヤツかのどっちかだよな? でもどっちにしろ馬に乗ってるくらいなら金は持ってそう……ならば会って話を聞いてみるのもいいかもしれない。
そう思い馬の音のした方に向かって歩いてみると、カッポカッポ音が遠ざかっていく。
……恥ずかしがり屋か?
そう思いながら、接触を好んでいないようなので諦めてとりあえずアイーシャに会いに店に向かう。
勿論カッポカッポ音はついて来ている。
店に入ると運よくアイーシャが居たので世間話がてらエラドの店からウイスキーの注文が無いかを確認すると流石のアイーシャ。ちゃんとウイスキー20リットルの注文を取ってきてくれていた。
ニアワールドの住民飲み過ぎじゃね? とも思ったが注文があるのは有り難いので何も言わない。
納品して金が入ったら手間賃をアイーシャに渡す事にして、アイーシャたんペロペロを脳内シュミレートしつつ世間話をし、カッポカッポの音の主が店に入ってくるかしばらく待ってみたけれど入ってくる気配はなかった。
アイーシャからブライアンのLEDランプの販売は順調で、多分近い内にまた注文が入るんじゃないかという事も聞けて嬉しくなり『仕入れ頑張らなきゃなー』と思いつつ、聞きたいことも聞けたし馬音の主も帰ったのかもしれないと思い外に出て歩きだす。と……やっぱりカッポカッポと音がついてくる。
アデリーの家までついてこられても気味が悪いので周りに人がいないかを確認して角を曲がった瞬間、家同士の隙間でアプリを起動して枠を通って自宅に隠れてみた。
一時避難とはいえ折角自宅に戻ったのでトイレに行ってからコーヒー飲み、ゆっくり一休みした後、こっそりアプリ起動して枠から覗いて馬音を確認してみる。すると遠くでッカカポ ッカカポと馬の音が聞こえる。
音の感じから、そこそこ距離もあって移動しても大丈夫そうだったのでニアワールドに入り急ぎ足でアデリーの家に向かう。
未だ遠くで響くッカカポッカカポ音を聞きながらアデリーの家に入った。
「ただいまーじゃなかったお邪魔します。」
いつもの挨拶をしてみるが普段あるはずのアデリーの反応がない。
違和感を感じ勝手に上がりこみ2階の作業場を覗くとアデリーが糸の編み物もせずに、ただぼーっとしている。
ボーっとしているように見えるが、よく見るとどこか気分が落ち込んでいるようにも見えた。
「アデリー?」
「あ……イチ。おかえり。」
「何かあった?」
「…………」
アデリーは悲しそうな笑顔を作る。
「ううん。なんでもないの。ありがとうイチ」
「……何でもなさそうには見えないけど。」
アデリーは小さく乾いた笑いをする。
それは何かを諦めたようにも感じられた。
黙って様子を伺っていると、しばしの沈黙の後、少しずつアデリーが話し始めた。
「……今日、オーファンが店に来たでしょう。
あの子たちは……自分からは私の家には近づかないのよ。」
オーファンの男の子に油性ペンとかを運んでもらう為にここに連れてきた。
その時オーファンはアデリーの姿に尋常じゃない怯えを見せていたのを思い出す。
「私は……どこまで行っても…モンスターなのよね。
今日……あの子の反応を見て痛感したわ。
『僕のお父さんとお母さんを殺したみたいに僕を殺すの?』って……言われたような気がしたの。」
アデリーは天を見上げる。
「ここで、この街で人と共に暮らす事を選んで。
必要最低限以外は頼りすぎないように対等な関係を築こうと努力してきたけど……やっぱりダメなのね……」
ギルドで聞いた話ではアラクネは針子の主婦の金策を生み出す金蔓だ。
だからそもそもの話、対等ではなく『持ち上げられる』ような関係が普通だろう。
ただ、アデリーは持ち上げられた何不自由無い暮らしを望むのではなく必要最低限の支援を受け、自分のアイデアを出して新しい物を制作しては針子達に販売して金子を手にし、卵を自分で買ったりアラクネらしからぬ努力をして人の世界に溶け込もうとしていたのかもしれない。
傍目にはトーリさんやカリーさんといった主婦達とは良い関係を築いているように思えるし、実際仲も良い。
まるで友達のような関係ができているようにも見えた。
だが、いざ多感な子供……それもモンスターに身内を殺された子供の反応を見て、自分のしてきた努力の全てが無意味だったように感じたのかもしれない。
「ふふ……イチが私を怖がっているのもわかってるの…今まで無理をさせてゴメンね。」
笑いながらアデリーは涙をこぼした。
その涙に、なぜだか胸が締め付けられるような感じがする。
「その……ごめん…怖がってて。
でも、だいぶ慣れてはきたと思うんだ。」
アデリーの目からは涙が次々とこぼれはじめる。
その涙を見て慌てて言葉を続ける。
「あの子だってさ突然で驚いただけだと思うんだ!
俺だって初めて会った時は、その……ちょっと逃げちゃったし!
でも今はアデリーを少しだけ知って『怖い』っていうのもちょっとしか思わなくなったと思う。あの子だってきっとそうだと思うんだ。」
「優しいのね。イチ。
……でもイチ。貴方も私を『嫌いじゃない』だけで……好きじゃないでしょう?」
「っ――」
「ね。もういいのよ……無理しなくても。わかってるから。」
なんだろう。
普段強気でグイグイ来るくせに弱気なアデリーを見ると変にイライラする。
……しかもこうなった原因は俺が連れてきたオーファンだ。
俺のせいでアデリーはこうなった。
そう思った瞬間俺の口は勝手に動き出していた。
「あーーーっ! もうっ! アデリー! 俺は確かに嫌いじゃないって言った!
でも、それは『わからない』ってのが大きいんだよ! もういいや! 思った事全部言う!
俺はアデリーの蜘蛛の部分は怖い! めっちゃ怖い! あと物凄く強くて力で敵わなそうなところも怖い。 食べられそうな気がするのも怖い!」
俺の『怖い』の連呼にどんどん顔を伏せ目を閉じ落ち込んでいくアデリー。
「でも……上半身は女神みたいに見える。
すごく綺麗だし、それに……性格だって押しは強いけど優しいし、気遣いもしてくれるし……なんで俺に惚れてくれているのかわからないくらいだ
…………それにおっぱいも大好きだ。抱きしめられると幸せになる!
アデリーの人の部分は正直好きなんだよ!」
アデリーが弱々しく俺を見る。
「イチは……私の事…好きなの?」
「人の部分は好き! でも蜘蛛部分は怖い! だから今は『わからない』んだ!
それでも全部ひっくるめてアデリーの事は『嫌いじゃない』んだよ!」
アデリーはしばらく俺の言葉を反芻しているように考え、そしてようやく微笑んだ。
「有難う。イチ。
私……貴方を好きになって良かったわ。」
と、潤んだ瞳で見つめてきた。
「ふふ。貴方の『分からない』部分を分かってもらえるように……私、頑張るね。」
アデリーにそっと抱きしめられる。
………おや?
俺……
また色々間違……った?
なんかつい、思ったまんま言っちゃったけど……なんか……あれ?
「ありがとう。イチ。」
ただ……不思議と悪い気はしない。
しばらく抱きしめられたまま時が流れる。
「うん! もしイチに好きになってもらえたら、きっとあの子にも分かってもらえるような気がしてきたわ! だから、まずはイチからねっ!」
……あぁ。完璧に間違ったな。
よし。逃げよう。
「げ、元気になったみたいで良かったよ! うん!
あ、そうだそうだ! チョコとウイスキーの注文が沢山入ってさ!
明日納品しなきゃいけないから、これからアッチに行って仕入れてくるよ!」
だから……離してください!
抱き着きから解放してください!
「うん。分かったわ。気を付けてね。
ねぇイチ。私ももっと手伝いたいから何かあったら言ってね?」
「ありがと。えっと、とりあえず、あれだ。
……え~~と。また今朝みたいにアッチで仕入れた物をこっちに運んだりとか縛ったりとか手伝ってくれると嬉しい。かな?」
「んもう。そんな事手伝いの内に入らないわよ。歯ブラシだってトーリ達に流したら後は勝手に流れ出しちゃったし。 そうだ。ついでに歯ブラシも仕入れてきてね。私もっと売るから。」
アデリーが耳元で囁くように言葉を続ける。
「ねぇ……他にやって欲しいことがあったら…いつでも私を頼ってね?
イチの好きな『人の部分』でできるお願いでもなんでも聞いてあげるから……ね。」
おうふ。
おかしいな。
さっきまではアデリーの頬が顔に当たっていたのに、なぜ今俺の顔はアデリーの胸に埋もれているのかな?
嫌いじゃない!
いや、この感触はすきなんだよバカヤロー!
「だだ、だい、大丈夫!」
アデリーを引きはがすと、いつものように笑っている。
その様子になんとなくホっとした。
――その時、外を通る馬の蹄のッカカポ音が耳についた。
「……あ~~…そういえば、さっきまであの蹄の音につけられてたんだよな。」
「ん? イチが……つけられてたの?」
「うん。なんか俺が歩くのやめると足音も止まるし、歩きだすとまた音がするって感じ。
チョコが欲しいのかわかんないけど……なんかちょっと気になるよね。」
アデリーの表情が不敵な笑みに変わる。
「へぇー。私のイチをつける……ね。
……わかったわ。じゃあ、イチ。気を付けて仕入れにいってらっしゃーい。」
何っ!?
何が分かったの!?
そう思わずにはいられなかったが、買わなくちゃいけない物もたくさんあったのでお言葉に甘える事にした。
………結果が
「くっ! 殺せっ!」
だよ。
どうすんの? この馬メイド。
てゆーかそもそも誰っ!?




