57話 ん~ふっふっふ♪ んっふふっふ♪
本日3話目
頭の中に『甲高い声の例の社長』が思い浮かぶ。
俺は今からあの人だ。
そう、あの人になるんだ。
販売のプロだ。
相手を圧迫しないよう声の大きさに気をつけながら可能な限りの抑揚をつけて話す。
「まずはコチラっ!」
赤色のペンを一本取り出す。
「今回納品させて頂きました黒色のボールペン。
これで簡単に文字を書ける! インク壺もいらないなんて素晴らしいですね~。これは書くのが捗ります。
あややや、しまった。捗りすぎて、たくさん書いたら大事な文章を見つけにくくなってしまった。
そんな時にコレっ!」
時々裏声が出そうになりながら続ける。
「このペンは、なんと! 赤色の文字が書けるんです! スゴイでしょ~?
これさえあれば大事な所を赤色で書いたり黒色で書いてある所に下線を引いたりして目立たせることができるんですよ! いやぁ便利ですよね~? 今日はこちらの品をご紹介させて頂きます!」
俺は左手に赤色ボールペンで赤い丸を書いて二人に見せる。
エルフの男が首を小さく縦に揺らしながら「ほう。色違いですか」と呟く。
アンジェナは、ただじっと俺を見ている。
「実はこれだけじゃないんですよ。こんなに便利なボールペンでもツルツルした金属なんかには書けなかったりしちゃうんです。インク壺を使っている時にもインクを弾いちゃって書けなかった物なんかがあったでしょう? 書くのが無理だから諦めちゃいますよね。」
自分の左手に書いた赤丸を二人に見せつけながら擦ると、手に書いた赤色が薄くなってゆく。
「それに水がつくと滲んじゃって読めなくなっちゃったりした事もあったんじゃないですか?
あぁ~! ツルツルした物にも文字を書けたらいいのに! 水で滲むような事が無ければいいのに!
……そう思いませんか?」
エルフの男に投げかけると縦に首を動かした。
「……私ね…………頑張りました。
そんな声にお応えしたい! そして生まれたのがコチラ!」
油性ペンを手に取る。
「なっんと、このペンっ!
ツルツルした物にも書けるし、これで書くと滲まないんですっ!」
エルフの男がガタっと言わんばかりに身を乗り出す。
アンジェナは、ただじっと俺を見ている。
油性ペンで左手に丸を書く。
「ほら見て! こんなにはっきり書けて、しかも擦っても取れないの! 凄いでしょう~。」
左手に書いた丸をオーバーアクションで擦りながら二人に見せる。書いた丸は擦っても消えない。
「なんと……今回はこの『赤色ボールペン』10本と、ツルツルした場所にも書ける『油性ペン』を5本! 無料のサービスでつけちゃおうっていうんです!」
エルフの男が「おおっ」と顔を明るくする。
アンジェナは、ただじっと俺を見ている。
「おぉっと! 驚くのは実はまだ早いんです。さらにもう~~……一点あるんです! それがコチラ!」
500枚入った紙束の包み紙を開き白紙を取り出す。
「今ならコチラの白紙もつけちゃいます! その数なんと1000枚っ! 1000枚ですよ! こんなに綺麗な紙が1000枚! この紙があれば、今日手に入れたボールペンや油性ペンの試し書きだってし放題っ! なんて素晴らしいんでしょ! どうぞっお納めください!」
紹介した物をズズイっと二人の目の前に押し出す。
エルフの男は油性ペンをアンジェナは紙を手に取り、しげしげと見つめている。
「もちろん今お付けした無料の品々……なんと! 全ていつでもお買い上げ頂けます! ご用命はこのイチまでっ! どうぞ! お買い上げの際はイチまでお申し付けください!」
今まで黙っていたアンジェナが動く。
「……ょう」
小声で聞こえない。
エルフの男と俺が顔を見合わせる。
「……ましょう」
「ど、どうしたんだいアンジェナ?」
ガッ! っとエルフの男の肩を掴むアンジェナ。
「買いましょうっ! クラムさん! 買いましょうよっ! どれもこれも便利な物ばかりですっ!」
「あ、あ~~。ちょっと落ち着こう?アンジェナ。 イチさんはいつでも売ってくれるみたいだから即決する必要はないんじゃないかな?」
アンジェナはハっとして俺を見る。
何となく押したくなったので思い付きで言葉を続ける。
「……今…御注文を頂けると、またこんな感じの無料サービスがつく……かも?」
俺の言葉にアンジェナが、またクラムをガクガク揺さぶる!
「クラムさん! チャンスですよ! 凄くお得じゃないですか! また注文するだけで凄くお得じゃないですかぁぁ!」
「おお、おお、お、落ちついてアンジェナ! イチさんは。『かも』って言ってたし絶対じゃないよ! それにまだ値段も聞いてないじゃない!」
アンジェナは、またハっとして俺を見る。
やべぇ。調子に乗った。
宣伝だけするつもりだったから、まだ値段とか考えてなかった。
変にモノマネで上がっていたテンションが下がる。
一旦落ち着いて少し考えてから俺の返答を待っている二人に対して口を開く。
「ええと……赤いボールペンは黒いボールペンと変わりません。油性ペンは割高ですが注文の数量が多ければ単価が下がります。白紙も同様です。
今回は値段は申し上げませんので実際に今回お渡ししたサンプルを試して頂き数量をまとめてもらえれば改めてお見積りさせて頂きます。
その時にご注文頂ければ、また無料のサービス品をおつけさせて頂くという形でいかがでしょうか?」
「だってさ。アンジェナ。
まずは試してみて、それからお願いしようよ。」
「分かりましたっ! 早速使わせてきます!」
アンジェナは赤色ボールペンと油性ペン、白紙を持って、すごい勢いで退室していった。
俺とクラムはソレを見て苦笑いする。
「彼女。真面目なのはいいんだけど思い込んだら一直線の所があるからね……ははは。」
少し疲れた顔をするクラム。
「心中お察しします。」
「あぁうん。ありがとう。きっとアンジェナはすぐに黒色のペンを取りに戻ってくるよ。
で、またそれを持って出て行ってからイチさんに報酬を渡してない事を思い出して、もう一回戻ってくる……いい子なんだけどね…はは。」
俺とクラムさんで軽く打ち合わせをする。
内容は俺が時々ギルドに顔を出して御用伺いするという事。
その時にもし買うものが決まってたらアンジェナかクラムさんが声をかけてくれる事になった。
ちょっとお疲れ気味な雰囲気のクラムさんにチョコを『疲れた時に食べて』と一袋プレゼントすると、なんとなく仲良くなれたような気がした。
クラムさんの予想通りに2回目にアンジェナが戻ってきた時に今回の報酬を受け取る話になり、俺は金貨5枚という大金を手にする。
「じゃあクラムさん。また何かありましたら宜しくお願いします。」
「こちらこそ大変便利な道具を手の届きやすい価格で提供してくださり有難うございました。
私の方で他のギルド支部にも今回の購入品を回してくように手配をしますんで、きっとお願いする機会が出てくるでしょう。今後ともどうぞ宜しく。」
俺はクラムさんとガッチリ握手を交わしチョコを持ってギルドを出た。
天秤棒に使っていた伸縮タイプの物干し竿は中央広場でアニの用事を済ませた後で取りに来る事にして、それまでギルドで預かってもらう事にした。
さ、次はアニに色々確認だ。
--*--*--
――とある館。
40歳くらいの立派な服を着た男が若い犬耳の男から報告を受けている。
男はその報告を聞きくやいなや表情を一変させ声を荒げた。
「なんやてっ!? 納品を断られたやと? ……お前なんか失敗でもしたんか!?」
「い、いえっとんでもない! 失敗などはしておりません! いつものように納品に行きましたら丁重に断られまして……なんとか食い下がって理由を聞いたのですが……その…何やら筆記用具が変わったとの事で――」
「筆記用具変わったちゅーても書くのにインクが要るんは変わらんやろがい!? それすら要らんっちゅーんは、おかしな話やで! しょーじきに言いやっ!」
「いえ! 本当なんです! なにやらインク壺を必要としない物になっているようでして……」
「はぁ!? もーお前何ゆーとるかわからんわ! ……もうええっ! ワイが行って確かめてくるわっ!
行くで! エイミー! アリア!」
「「 はい。ご主人様。 」」
男はドアに向けて歩みを進めると、その後ろをメイド服を来た女が二人、後に続く。
「ええか、二人とも! とりあえずギルドに行って情報仕入れるで! ワイの商売の邪魔になりそうなもんを見つけ出すんやっ!」
エイミーと呼ばれた下半身が馬のメイドが答える。
「はっ! この一大事! 身命を賭して有益な情報を見つけてみせましょう!」
アリアと呼ばれた犬の耳が生えているメイドが答える。
「ご主人様の命令は絶対だものね~。」
3人は扉を開き歩き出した。




