55話 納品での忘れ物
ギルド内に響き渡った『誰か手伝って~』の情けない声に、ギルド職員の男女がカウンターの奥からやってきてくれて、男の職員が俺の持っていた天秤棒を受け取り、ようやく肩の荷がおりて一息つく。
ギルドの男の職員が俺の天秤棒を確かめるように軽々と持ち上げ『え? コレが重いの?』って顔をしているが、その様子は見ないフリだ。
半ひきこもりの現代人は……肉体労働なんて、できねぇんだよ! 現代の病なんだよ!
「すみません。助かります。えっと……」
ギルドのクエストを達成した事になるのだが、物語を読んでいた時はギルドの依頼を達成すると『※※を達成して、ギルドから※※を報酬として受け取った』みたいに書かれていて、細かいやり取りは省略されていたから実際の事務手続きみたいな物は、どうしたらいいのか分からない。
とりあえず助けにきてくれて手持無沙汰になっている女の職員に聞くことにした。
「依頼に出ているボールペン1000本を納品に来たんですが、どうしたら良いでしょうか?」
俺の言葉を盗み聞きしていた冒険者達の囁き声が聞こえたので聞き耳を立てる。
「おい聞いたか?」
「おう。1,000本とか言ってたな」
「もしかしなくても、あの昨日張り出されてた『インク壺が無くても書くことのできるペン1,000本』ってワケの分かんねぇ依頼じゃねぇか?」
「あぁ多分な。つーか、発表された依頼を翌日に完了させるって相当な手練れじゃねぇか?」
「そうだよな……なんせ勇者様と同じ髪の色だからな。ただ者じゃねぇだろう。
まぁ……ギルドのヤツがあんな軽々持ってる物で音をあげてるようじゃ戦いには向かねぇのは間違いねぇけどな。」
「ちげぇねぇ。だが勇者様みたいに『商売のプロ』って意味で手練れなのかもしれねぇ。」
貧弱で悪かったな。ほっといてくれ!
勇者はNAISEIやら右から左の取引で超簡単に金稼いでいたから『商売のプロ』って評価も間違いではないんだろうな。
まぁ……俺もここで商売をやろうとしているんだから『商売のプロ』と思われるのは悪くない。噂になれば売買目的で俺を探す奴も出てくるかもしれないからな。
……ただ俺には勇者と違って、一つたりともチートなんか無いんだけどね。
とりあえず、そいつらに向けて笑顔で一礼しておく。すると、向こうも戸惑いながらも軽く礼を返してきた。
女の職員に目を戻すと俺の言葉を聞いて掲示板に向かい、張り出されている紙の中から今回の依頼に該当する紙を外して持ってきた。
「『インク壺が無くても書くことのできるペン1,000本 報酬は金貨5枚』で間違いありませんか?」
「あ、はい。それで間違いないです。」
「では検品をしますので、どうぞこちらへ。」
昨日商談で使用した部屋とは別の部屋だが、同じ作りの部屋に通され職員の男が天秤棒を机の上に置く。
やばい……運ぶこと以外何も考えてなかった。アデリーの糸どうやって切ろう。
「すみません。納品物を包んでいる糸を切りたいんですけど、どなたかよく切れる刃物とか、火の魔法とかを使って切れる方はいらっしゃいませんか?」
「ふむ……もしかしなくてもアラクネの糸ですね? 中々もったいない使い方をされる。」
「あ~。もったいなかったですか?」
「えぇ。糸単品でも強度が強いし編めば上等な布としても使える素材ですから。」
「じゃあ結構高いんですかね?」
「まぁ、それなりにしますな。
人と共存できるアラクネ自体がそうそう多いわけではありませんからね。
勇者様が保護されておられるアラクネの糸となると、それはもう超高級品の扱いになります。」
「へ~。俺の知ってるアラクネは糸を編んで作ったヤツとかをご近所さんに配って、それで御飯を提供してもらうような感じなんで安いのかと思ってました。」
「あぁ、それは主婦の針子達でしょう。
仕入れの金子の代わりに食事を交換しているのですな。
針子たちはアラクネから糸や布を仕入れて自分たちで手を加えて高級品に変え、それを売って金子を得る。アラクネには素材を提供してもらって儲けさせてもらう代わりに、不自由のない生活を提供する。といった感じです。」
ふむ。アラクネは主婦達にとっては大事な金蔓というワケだったのか。
「主婦の技量にもよりますが旦那さんよりも稼いでいる主婦もそこそこ居るそうですよ。この街には何人かのアラクネが居を構えておりますからな。」
「何人も……いるんですか? ……アラクネが。」
「そうですね……この街で、勇者様の保護下以外だと…たしか6人ほどのアラクネがいらっしゃったかと思います。」
……アレがさらにまだ控えてるのっ!?
思わず身震いする。
「中でも半製品に仕上げてから提供する事が出来るアラクネは針子達に非常に大事にされているようです。 ただ、そういったアラクネはプライドも高く特殊な拘りも持っているらしく、なかなか付き合いが難しいそうですが。」
まったく予想外な所からアデリーの知識が降ってきた。
なるほどね。半分出来上がった形で主婦に渡して、それを主婦が細工や飾りの加工をして売る。
同じ製品を作るにしても布の状態から作るのと、ちょっと手を加えるのとじゃ全然かかる労力が違う。
そういえばアデリーは肉だとか山盛りのパンだとか一人で食べるには多いんじゃない? って量を毎日貰ってるもんな。そういうからくりがあったってわけか。
「勉強になりました。有難うございます。
といっても今はただの梱包材なので切りたいんですけど切れます?」
「あ、じゃあ、私が。」
女の職員が小さなナイフを持って刃の腹に指を当て、小さく何かを呟くと刀身が少し赤みを帯びる。そしてソレで糸をスパスパと切ってゆく。 ついでにチョコを縛っていた糸も切ってもらい梱包の解けた箱を並べる。
あれ? なんか忘れてる……よな。
職員の男女が顔を見合わせ俺の事など気にせず何かを決意したように頷いた。
「それでは私たちで『インク壺が無くても書くことのできるペン1,000本』か検品させて頂きます。」
「あ。もしかして……一本一本確認されるんですか?」
「はい。確認いたします。」
「うわぁ……よろしくお願いします。」
紙箱を開けて一度感心したように頷いた後、一本ずつ手や木に線を書いて確認し始める二人。
その様子を見て思い出した。
サービスの油性ペンとか紙とか赤ペンをアデリーの家に忘れたっ!!
「あ、すみません。
ちょっと忘れ物をしたんで、取りに行って来ます!」
「え、あ、はい。よろしいのですか?」
「あ、確認中ですもんね。私がいた方がいいんでしょうけれど、お二人とも誠実そうな方なので検品はお任せいたします。もし過不足があったら当方で責任を持ちますので」
二人に徳用チョコ一袋を差し入れとしてその場で開封し「二人で息抜きの時にでも食ってくれ」と、プレゼントしてから軽く会釈をし部屋を出る。
あ~~。赤色ボールペン10本、油性ペン5本、A4の紙1,000枚!
油性ペンだけ、バラバラで梱包されてたんだよな。まぁ鞄に突っ込んでもいいか。
急ぎ足で中央広場を横切っていると、ふと葡萄を運んでくれた男の子が目についたので彼に手伝ってもらう事にした。
「おーい! また手伝ってくれるかい?」
男の子に向けて声をかて大きく手を振ると俺に気が付いたようで、ニコっと笑い俺の所へと走ってきて『よろしくお願いします』と言わんばかりに頭をペコリと下げる。
「今から店に物を取りに行くんだ。
で、一緒に来てもらって荷物をギルドに運ぶのを手伝ってほしい。
君に持ってもらう物は小さくて軽い物だけど少し急ぎ足で行くから大変だと思う。それでもいいかな?」
男の子は『任せろ』と言わんばかりに強い目でコクリと頷く。
「じゃあ今回は急いで大変な分、報酬は鉄銭3枚でどうだい?」
男の子は鼻から大きく息を吐いた後コクコクと素早く頷き、そしてニカっと顔全部を笑顔に変えた。
……イケメンの多い世界だと、子供も本当に整った顔立ちをしている。
それに加えて愛嬌もあるし、なかなかに利発な子だと思う。
加藤さんが鼻血を吹いたのも、なんとなくわかる気がした。




