158話 大戦闘
本日3話目
どどど、どどっどうしよう。
頭に渦巻くは『どうしよう』という気持ち。
そして焦り、恐れといった焦慮。
そんな感情など気にも留めずに、何度となく聞いた戦いのゴングが鳴らされた。
「さぁ、お手並み拝見しようか。」
オールバックの中年。
だが、その肉体は誰が見ても分かる程に磨かれており、放たれた言葉にも油断の気配は見当たらない。
戦いの技術においても、人として円熟の境に入ったとみて間違いが無い。
既に片足を引き、体を斜めにして正中線は捉えられなくなっている。
その姿を見て、俺は慌てて左手を前にしたボクシングをする人のような構えを取る。
ただし手の平を相手に向けるような形だ。
これまで防御に徹するスタイルを取っていたことから、自然とこの形になっていた。
俺の構えを見てから、ラザルがゆらりと揺らめいたかと思うと、正面下から迫りくる気配を感じる。
『速い』
気配に目をやると、そこには身を低くして驀進してくるラザルの姿があった。
ラザルの右腕は、すでに俺のボディを打ち抜くべく動き出している。
咄嗟に右手の平に風魔法での空気を圧縮したクッションを作りだし放たれた拳を受ける。
『嘘だろう』
頭の中にはその言葉しか浮かばなかった。
パンチを受け止めたはずだが、ラザルのパンチの威力が大きく弾く事は出来ず、俺の体全体が斜め後ろに浮かばされた。
空気の層のクッションにより直接的なダメージは無いが、その衝撃はひしひしと感じる。
「ほう? そこそこ戦えるようだな」
放たれたパンチは、まるで力量を計る様子見にすぎないような軽い口調で、むしろ攻撃が届いていないことを逆に喜んでいるかのような感じさえ受けた。
「では、これはどうかな?」
斜め後ろに飛ばされたことで距離が開いたはずが、ラザルにすぐさま転瞬の間に詰め寄られ、殴り飛ばされた距離は一瞬で無かった事にされた。そして左足を軸に回転しながら放たれたラザルの右足が、未だ空中を漂う俺を襲う。
浮かされながらも右ひざと右ひじを合わせるように小さく折りたたみ、さらに空気の層をクッションとしてガードを固め迫る右足を受ける。
放たれた右足の威力はパンチと比べ、さらに力が込められていたようで、空中に浮かぶ俺を遥か横に吹き飛ばすには十分すぎた。
俺が受けたと思ったその時には勇者の張った結界にぶつかる衝撃をどう和らげるかを考える道しか残されておらず、なんとか圧縮空気の層を左半身に作る事でその衝撃を和らげ、結界に衝突しながらも場外に着地する。
ラザルの蹴りを受けた右腕がひどく痺れ、じんとした痛みがあった。
一瞬の内に行われたラザルの攻撃と、俺の防御。
会場は静まり返った後に、大きな歓声となった。
司会も歓声に気を取り戻したのか場外カウントを数え始める。
場外で10カウントを取られると敗北となるのだ。
「なかなかやるね。」
ラザルが余裕を感じさせるような表情で賛える。
俺の心はそんなラザルを見て……
『よし! 負けてしまおうっ! ムリムリ。』
と吠えるのだった。
いや、だって。ムリだって!
防御できた事が奇跡みたいなもんだって!
右腕痛いわ~。
コレムリだわ~。
骨折れちゃってるかもだわ~、あ~痛い痛い。
どうやってギブアップしよう。
攻撃まともにくらったら普通に失神しそうだから絶対食らいたくないし。
いや、むしろこのまま膝ついて倒れてもOKなんじゃね?
よし。そうしよう。
「ここまで完全に防御されるとは思っていなかったよ。
世界はまだまだ広いな。ふふっ。 よしっ! 次は君が打ってこい!」
ラザルが嬉しそうに笑い、また半身をずらした構えを取る。
ばれてーら!
これムリだー。ちゃんと防御できたことばれてるわ~。
っていうか、むしろやる気になってきてる。
これはまずいわ~。 今から膝をつくか?
そんなことを考えてどう戦いを終えるか苦心していると、カウントが『5』を告げる。
「そうそう。マドカからの伝言でな。
相手がやる気が無さそうだったらこう言えと言葉を預かって来た。」
色魔が絡んだ事を話してくるラザルに、さらに陰々滅々とした気になり重い視線を向けるとラザルが言葉を続け、レフェリーのカウントも『6』を告げる。
「『ちゃんと戦わないと蜘蛛さんをボクのハーレムに入れちゃうぞ?』だとさ。」
カウントが『7』を告げる。
俺は最悪な気分に包まれ、思わず膝をつく。
あの色魔ドカが言う『蜘蛛さん』は間違いなくアデリーの事だ。
カミーノの惨状を見てもわかる通り、いかにアデリーといえども色魔に手を出されたら堕とされる可能性が高い。
カウントが『8』を告げる。
俺の女神だぞ?
俺の大事な女を横取りする?
冗談だよな?
…………いや、アイツは冗談でも本当にやりかねん。
アデリーを男化して、ハーレムに取り込むような事になるかもしれん。
カウントが『9』を告げる。
「あんのっクサレ外道がぁぁっ!!」
気が付いたら俺は全力でラザルに突進し、撃ちおろしの拳を振るっていた。
「おっと。まさに効果覿面といった感じだな」
なんなく避けるラザル。
拳は石の舞台に当たり、当たった部分の石が割れる。
ああもういいさっ!
こうなったらヤケクソだ! 破れかぶれだっ!
戦えばいいんだろう! 戦えばよぉっ!
やってやんぞっ! このクソがぁっ! クソ勇者があぁっ!
開き直りと同時に追撃を重ね、風の刃と幾つもの炎の玉が連続してラザルを襲う。
だが、ソレを躱すラザル。
風の刃と炎の玉は結界に当たり轟音を鳴らす
「それが当たらねぇならコッチはどうだぁっ! 避けれるもんなら避けてみろやっ!」
放つは雷。
迫る速度は速く追跡範囲も広い為、躱す事は困難だ。
「これはイカンな。」
あくまでも冷静にガードを固めるラザル。
そんなラザルに電流が走り、雷鳴が響き渡る。
凄まじいまでの雷の音に、再び静まり返る観客。
その沈黙を破ったのはラザルだった。
「ふぅぅ……まさか雷を無詠唱で撃ちだすなどとは……流石に腕が痺れるな。」
どこかが焦げたのか煙が立つ腕を摩りながら平然とした顔で立っているラザル。
「……面白い。 久しぶりに楽しいぞ……次はこちらからだ!」
「よっしゃあぁ! かかってこいやぁああぁボケェェっ!」
ラザルと俺の会話に、盛り上がる会場。
自暴自棄になった俺は、ラザルととことん戦う事を決めた。
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20分後。
最終的に拳による殴り合いと化した試合。
すでに双方限界が近い事が伺い知れるような満身創痍となっている。
会場もこれまでの戦いから、終わりの近さを感じ司会でさえ固唾を飲んで結末を見守っていた。
「…これ…で、終わりだぁっ!」
ラザルの放った拳は、俺の顔面を捉える。
そしてトドメと言わんばかりに、顔を打ち抜く拳に体重が乗る。
だがその瞬間に、覆面が裂けた。
覆面が破れた事によって俺の顔面を捉えていた拳の力が少しだけ横に流れていく。
俺は揺れる頭と朦朧とする意識をなんとか踏みとどまらせ、迎え撃つ為に放っていた拳に力を込める。
「こなくそぉおおっ!!」
覆面が裂け、必死になった顔を露わにしながら。
クロスカウンターのようにラザルの顔面を捉え、拳を振りぬく。
そしてそこで意識は途絶えた――




