156話 修行(インフェルノモード)
色魔のハーレムメンバーである、アラクネ女王ナディア。
そのナディアに協力してもらった特訓は最終段階へと入っていた。
これも回避力を磨きに磨いた努力の成果だ。
最終段階は人化したナディアの本気の攻撃を躱し続け、そして『もう無理』とナディアを諦めさせること。
その試練は苛烈を極める。
身体の半分が蜘蛛の時とはまったく違い、ほぼノーモーションに近い動きで糸を放つ事が出来る為、見切る事が難しいのだ。
今もまたナディアが軽くジャンプする。
通常の戦いにおいてジャンプ等は良い的になる致命的な行動で、間違いだ。
だが、人化したアラクネにとってはまったく違う。
糸を射出し軌道を変える。様々な場所に巡らせた糸を蹴る等の方法で、空中での移動を容易に可能にしているのだ。
さらに強靭な糸をバネや弓のように利用して移動速度をさらに加速する。
加速したナディアのツメが目前に迫る。
「くっ!」
俺は爪の目の前に風を圧縮して弾き、躱す。
ナディアは弾かれた事を利用してさらに糸を手から射出し、俺の周りに包囲網を増加させ、その表情には余裕の笑みさえ浮かんでいる。
優に1時間強は、同じような攻撃をされ続け、網の包囲網は徐々に狭まってきている。
このままだとどう考えても詰む。
「少し攻撃させてもらいますっ!」
「ご自由にどうぞ。」
必死の俺に対して鼻を鳴らすナディア。
あからさまな余裕を感じさせるナディアに未だ遠い力の差を感じてしまい、つい歯軋りをする。
今は俺が出来る最善手をやってみるしかない。
まずは蜘蛛の巣に覆われつつある状況を打開する!
軽くジャンプし力を込める。
「はぁっ!」
ジャンプした俺は風魔法でさらに高く浮き、そして俺を中心にしたリング状の火の輪を幾重も放つと、火の輪は全方向に広がっていく。
「あらスゴイ。
そんな魔法を無詠唱でやっちゃうなんて、ちょっとマドカみたい。」
焼き切られる糸を気にする事も無くナディアが感嘆したような声を漏らす。
ただ、その言葉は『感嘆』といっても、まるで母親が子供を褒めるような印象を受ける物でしかない。
「なんというかっ! 俺もっ! イメージを具現化する方がっ! 魔法が使いやすいんですよ!」
「ん~~……日本人って特殊なのかしらねぇ。」
言葉の区切り毎に火の輪を放つ俺に対して、ナディアが時折迫る火線を難なく避けながら呟く。
その様子を見ながらアデリーに対してこの技を使ったとしても攻撃には当てはまらないだろうと理解する。
アデリー戦においてもこの技を使えると判断した俺は、さらに火の輪を増加させ、まずは張り巡らされた蜘蛛の巣を全て一掃してしまうべく火の輪を放つ。
だが俺の回りに新たに火が生まれ、視界が揺らいだその時、俺はナディアを見失っていた。
「そんな派手に炎を使ってたら、視界が頼りないんじゃない?」
そして下から声がしたのに気がつくと同時に、魚とりの網のようなネット状の糸が真下から飛来する。
その糸は炎を通り越して尚、焼き切れる事は無い金色の糸だった。
「しまったっ!」
そう思った時には網に絡め取られてしまい、風魔法での浮遊とナディアに引っ張られる力との綱引きとなる。
金色の糸は熱に弱い糸に耐熱性を持たせてあり、中々焼き切れないのだ。
その分、出す方にもソレを練る為の時間がかかるのだが俺を褒めるように世間話をしながら練っていたに違いない。
アデリーも同じような事をしても不思議じゃない。
「っだが! 切れないわけじゃないっ!」
覆われている糸を掴んで急冷し、そして急加熱する。
この糸は高温の炎で切る事も可能だが、すでに自分と接触してしまっている糸に対して高温を放っても危険な為、熱割れを応用する形で編み出した脱出技だ。
綱引きに対抗しながら、糸を少しずつ破り脱出する。
「あら。やるわね。」
ナディアがニコリとして戦闘態勢を解く。
その様子を見た俺も地上に降りて戦闘態勢を解いて一息つく。
「ん~……おおよその判断でしかないけれど、アデリーの能力としてはこんなところじゃないかしらね?
ここまで躱せるのであれば、後はどれだけ耐久できるかっていう時間の問題になると思うわ。」
「有難うございますっ! これなら半日くらいなら耐えられると思いますっ!」
大声で礼を言う。
「いえいえマドカのお願いもあるし、それにこの新世界の風って住居も貸してもらってるからね。これくらいの事はどうってことないわ。」
ニコリとまったく疲れの無いような表情をするナディア。
まったく持って余裕しか感じない。何割の力しかつかっていないんだろうか。
「イチさんの様子はどう~?」
そこに色魔がひょこっと顔を出してナディアに問う。
最近の色魔は終わりしなに少しだけ来て、一言二言言っていく感じが多い。
「だいぶ仕上がっていると思うわよ……といっても私がアデリーの力を計れてないから、あくまでも推測でしかないところに不安が残るんだけどね。」
「まぁ、ナディアはもうアラクネ女王っていうか、力量的には別次元にいるからね。
かなり手を抜いて対応しないとアデリーさんくらいの力にはならないと思う。」
「そうなのよね……一応手を抜いてそれっぽくはしてるんだけど、きちんと太鼓判を押すような回答が出来ないの。」
色魔とナディアは、他人が聞く限り失礼と取られかねないような会話を一切の悪気が無いような雰囲気で話している。
だが実際にナディアに相手をしてもらって勇者パーティがどれほどに規格外の力を持つのかを体験した身としては、その通りなのだから仕方がないとしか思えない。
俺としては、ある程度の手応えを覚えているので充分だと思っているが、余計な口は挟まずに成り行きを見守る。
「ん~……それだとイチさんが万が一失敗するって可能性も否めないのかなぁ?」
「そうねぇ……アデリーも中々の手練れだし肝も座ってる。
現時点のニアワールドのアラクネに置いては最強クラスのアラクネだと思うわ。」
色魔が『う~ん』と少しだけ悩むような素振りを見せ、パっと何かを思いつく。
「ナディアがそこそこ本気でやって、それでイチさんが逃げ切れたら間違いなく大丈夫だよね」
「それは当然その通りね。」
「じゃあ、それでいこう! ナディアがそこそこ本気でイチさんを襲っちゃう感じ。」
俺とナディアが顔を見合わせる。
ナディアは眉間に皺をよせ、俺は冷や汗を垂らしている。
「危なくない?」
ナディアが心配そうに色魔に問う。
見守ったのは失敗だったかもしれないと思い直し慌てて口を挟む。
「ちょ――」
「大丈夫。ちゃんとボクが寸止めするから。」
「なら……安心だけど……でもやっぱり、私はどうやっても気を使っちゃうわ。」
口を挟む事すらできなかったがナディアの心遣いに少しホっとする。
「じゃあナディアは頑張ってくれたら、ボクが男に戻ってナディアだけに一晩がっつりサービスするって約束したらどう?」
「すぐに殺して見せるわ。だからマッテテネ」
「ちょっ、ころs――」
赤と黒のオーラーを漂わせたナディアが俺を強襲し始め、俺はなりふり構わず本気で逃げる道しか残されていなかった。
明らかに手加減の無いナディアの猛攻に、俺は持てる限りの力を振り絞って逃げた。
1分くらいは逃げれたが、すぐにマドカに救出されるハメになるのだった。
「ん~。まだまだダメだね。
最低1時間はナディアに対応できるようになろうね。」
と、にこやかに笑う色魔女勇者を、薄れゆく意識の中で見た気がした。
――こうしてナディアの特訓メニューには初級、中級、上級、最終のランクの上に『インフェルノモード』が追加されたのだった。
そして俺は、またもスキルカードを割る日々に加え、絶望的なナディア戦で溜まったストレスを『DGファイト』で『あーもー!』と、こっそりと晴らすようになりランクは中盤に位置するようになっていく。




