142話 勇者は怖い?
本日2話目
「ねぇ。イチ……悪いこと考えているでしょう」
「ぴっ」
図星を突かれ思わず反応してしまう。
アデリーは小さくため息をついて目を閉じ、いかにも『ヤレヤレ』といった感じで首を振った。
「まぁ、いいわ……イチが本調子に戻ったって事なんでしょうし。」
「……その節は大変お世話をおかけいたしました。
後、調子にのってごめんなさい」
先に謝っておく。
素直に謝る方がアデリーのウケはいい。
なんせウチのアラクネの度量は広いんだ。
……時々猫の額より狭くなることがあるから注意は必要だけど。
「はいはい。まったく仕方ないんだから。
で……それどころじゃないんでしょう?
勇者様の件で来たんじゃないの?」
「あっ! そうだった!
どどど、どうしようアデリー!」
くすっと笑うアデリー。
「イチは勇者様がイチを奴隷にしたりして自由を奪うような事を考えているみたいだけれど、私はそんなに心配する必要は無いと思うわよ?
前にも聞いたけれど同郷のよしみもあるでしょうし。」
「で、でも、俺が勇者の立場だったら、絶対に俺の能力は欲しくなるんだものっ! 自分の思った通りに使えるようにしようと画策するってばっ!」
アデリーはサリーさんとも話をしている事もあり、勇者や俺の元居た世界である日本の事に詳しくなっているし、俺が次々と持ち込む物を傍で見ているから日本の便利さは理解している。
そして俺が物語の事は隠しながら、10年前の勇者の内面を事細かに語った事で、その性格についても理解を見せている。
「じゃあね、イチ。イチじゃなくて私が勇者様の立場に立ったとして考えてみるから聞いてね。」
「? うん。」
小さく咳払いをして俺を見つめるアデリー。
ニコリと微笑んだ。
「私がもし勇者の立場に居たとしたら、純粋に『友達』になろうとすると思うわ。」
「『友達』?」
「そう。イチの言う勇者様は
『力を得て、その力を利用して自分の望む素敵な立場を手に入れた。
そして今後も欲する物は手に入れられる。』
立場よね?」
「うん。だから次は俺の力を欲すると思う。」
「ふふっ。私はね、その素敵な立場に至るには、自分の事を大切に思って見つめてくれる人が存在していると思うの。そして自分自身もその人の事を大切に思っている……だからこそ、その人達が嫌悪するような事はしないように振る舞うし、その人達が好むような付き合いをするわ。」
腕を組み顎に手を当てて考える。
確かに一理ある。
これまで俺は勇者本人の意思しか見ていなかった。
『俺が勇者で『力』があればこうする。』
ただそれだけ。
だが勇者であるカイト・マドカは、物語で沢山の人と出会い別れを経て、そして大切なヒロイン達と出会い『絆』を得ている。
で、ヒロイン達や、その他の出会う人々は、皆ニアワールドの住人であり善人が多いから、勇者はヒロイン達に好まれるように振る舞い、内面のゲスさは鳴りを潜め聖人のような清廉さが表に立つようになった。
周りの人との絆が聖人を生んだとも言える。
アデリーの言葉に納得しアデリーを見ると、アデリーは言葉を続ける。
「それになによりイチは有名人よ。勇者の街だけではなく王都や世界中に支部を持つギルドでも。
そんな有名人に変な事をしようと考える人は……まず居ないわ。これははっきりと言える。
勇者様だって、能力を利用してでも会いたい人が日本に居たりするかもしれない。
だけれども、もう生活の拠点はこの世界であって10年の月日が過ぎていれば、その執着は薄れてしまうと思わない? 会いたい人がいたとしても手紙なんかで事足りるんじゃないかしら?
逆にどれだけ欲しくてもこれまで手に入らなかった日本の物が手に入るようになる『手段』として存在するイチは、下手に触れて壊すよりも、むしろ宝石箱にしまうように大切にすると思うの。それこそ仲間の一人に加えるなりハーレムの一員なりにして。」
「いや、男のハーレムに組み込まれるのは勘弁願いたいっ!」
「あら? 私の周りは女だらけなんですけど? 誰のせいかしらね?」
「ゴメンなさい。」
「ふふふ。
ま。楽しい子が多いし、これも幸せだと思ってるからいいのよ。
……でも、覚えておいてね。私は本当はイチさえ傍に居れば、それだけで幸せなのよ。」
優しく微笑むアデリー。
まったくこの蜘蛛……女神だな。
とりあえず抱きしめてキスしておこう。うん。
「うん……なんとなくだけど少し安心していいかもしれないと思えてきたよ。
ありがとうアデリー。」
「ううん。役にたてたのなら、それでいいわ。」
「とりあえず、もし勇者に呼ばれたら堂々と話をしてみようと思う。」
「心配だったら私もついていってあげるからね。」
「うん!嬉しいよ。その時はお願いする!」
「私も女王様に挨拶したいし。」
アデリーが遠い目をする。
「勇者の城に住んでるんだっけ?」
「そ。私は元々女王様についてきただけなのよ。」
「そうなんだ?
……アデリーはアラクネでも上位ってのは聞いてたけど、女王様についてきたって事は……実は相当の立ち位置だったりとかするの?」
「うふふふふふ。女の過去は漁っちゃだ~め。」
アデリーにおでこをツンと押される。
この話はもうお終いのようだ。
「さっ、イチ。お仕事しましょ。
『クラブ』作るんでしょ?」
「あ。うん。」
アデリーがタブレットを手にとり動画を映す。
ニアワールドにはない機械的な音楽が流れ、踊る人やDJがターンテーブルを操作している映像が流れていく。
アデリーはリズムにのって軽く身体を動かしている
「うん! やっぱり楽しそうっ!」
「問題は電源なんだよなー……」
「まだ電気はうまく作れていないのね。」
「うん……手に入る発電機はうるさいし、外に固定した設備だとモンスターとかに壊されるかもしれないし。蓄魔システムの電力変換ができると良いんだけど……」
「モンスターは今はいなくても、また出てくるかもしれないものね。
たしか魔力の電力変換はホールデンがやってて『電気への変換』はできたのよね?」
「うん。でも出力の安定が課題なんだよね。」
その時部屋をノックする音が聞こえる
「はーい。開けてもいいわよー」
「失礼します。」
勇者の街で、孤児院に葡萄を運ぶ時に手伝ってくれた男の子が顔を出す。
「ホールデンさんからの伝言を頼まれました。
『実験機材ほぼ全損、新しいの欲しい』だそうです。」
ホールデンの『やっちった』的に頭を掻きながらてへぺろしている顔が思い浮かび、すぐに目を閉じて消す。
「……まじか……3日前に入れたばっかりなのに。」
「あらあら……先は長そうね。伝言、有難うね。バブ。」
バブと呼ばれた男の子は、アデリーにニコリと微笑み返し部屋を出ようとして思い出したように立ち止まって振り返った。
「アデリー姉ちゃん。この間のベーゴマ! ありがとうね! あれすっげぇ面白い!」
いい笑顔。
「あら。喜んでもらえて嬉しいわ。」
アデリーが微笑むとバブは手を振って出ていった。
見送ったアデリーの顔を見ると嬉しそうに微笑んでいる。
――バブはギルドにボールペンを運ぶ時に、アデリーの姿に怯えた子でもある。
その子が一切怯えることも無く『アデリー姉ちゃん』と、親しみを込めて呼んでいるのだ。
サリーさんとアデリーの会議の時に、アデリーはニアワールドの子供が遊べそうな遊びを知らないかとサリーさんに聞き、その回答の中にあったベーゴマを作ってあげていた。
これは俺が持ち込んだ物ではなく、アデリーが一人で動き、ドワーフ達に相談して作らせてプレゼントした物。
それが子供達の笑顔を生んだ。
「良かったね。アデリー。」
アデリーは少し恥ずかしそうに照れる素振りを見せ、俺を見る。
「これもイチのおかげよ……大好きよ。イチ。」
ホールデンの伝言に応えるのは1時間程遅れるのだった。




