119話 初めての他の商会
本日2話目
「ごめんねイチ。驚かせようと思って黙ってたの。」
「私は移動中に少しくらい話を詰めておきたかったんだけどもアデリーさんに止められてたからね。ふふ。」
俺がアデリーから説明を受け、その間にヴィンセントがアニから現状の説明を受けている。
アデリーに聞いたことをまとめると、アデリーとアニが打ち合わせした際に、アニは王都のアルマン商会から間諜の話を持ちかけられて乗り、アルマン商会の間諜としても動いている事を明かされた。
ようはスパイだ。
そしてスパイオッパイであるアニが、アルマン商会から依頼された事は情報集めの他に『俺を交渉のテーブルにあげる事』があったが、その機会を伺っていても、なかなかチャンスが巡ってくる事は無かった。
だが俺が新カジノ設立に向けて動き出した事を受けて今が千載一遇のチャンスであると判断し、アニの冒険者の伝手を活かしてアルマン商会と連絡を取り、今回の砦跡での顔合わせをアデリーに持ちかけたのだ。
アデリーがアニの誘いに乗った理由としては、アルマン商会は実際に王都で1,2を争っている大商会として有名であり、歴史も長く信頼できる商会で取引を行えば大きな利益が見込める事。
そしてアニの見立てではゴードン商会は現在の取引で、ゴードン商会が利を取りすぎているように感じているらしく、適正価格含め他商会の話を聞いてみるのもどうかと考えたかららしい。
どちらにしろ今回の商談は俺の為になりそうだし、自身の商会を作るのであれば尚の事、王都の大商会と繋がりを作っておいて損はないと判断して仕組んだとの事。
尚『なぜ黙っていたのか』については、ゴードンの耳に入れば気を良くしないだろうという配慮と『当日まで黙っていたのだから、最後まで黙っておいてビックリさせちゃえ』という、茶目っ気だそうだ。
んっ。 茶目っ気なら仕方ない!
アデリーの話に納得し改めてヴィンセントに向きなおる。
「改めまして、イチです。
すみません。変な応対をしてしまって。」
「いえいえ。私もアニさんから今の状況を聞いて納得しましたよ。
色々と考えを巡らせてくれる素敵なパートナーさんでいらっしゃる。」
にっこり笑って見える白い歯がまぶしい。
なんだろう、この豪放磊落な印象も受けるのに、細やかなフォローも忘れない感じ。
ムトゥを若くして勢いを付けたらこんな感じかもしれないと思ってしまう。
悪い人ではなさそうだが……さて、俺に一体何を望むんだろうか。
「単刀直入な物言いで申し訳ないのですが、一言で取引と言っても色々あると思いますが、一体何の取引をヴィンセントさんは望まれているのでしょうか?」
「衣、食、住。イチさんの提供できる品物『全て』を扱いたいと思っています。
前もってアニさんの扱っている品や、勇者の街で購入できる品などは手に入れて拝見しておりますので、品物自体については理解しているつもりです。
そして、この砦跡で一泊させて頂きましたが、ここでも驚きの連続ですよ。
まさか保存食がこんなに美味しいとは思いませんでした、それに作業をしているドワーフの方にも話を聞き実際の作業も拝見させて頂いたのですが、イチさんがとんでもない商品ばかりを取り扱っておられるのがよくわかりました……と、一気に喋りすぎですね。
年甲斐もなく興奮してしまっているようで、すみません。
本題に戻しますが、当商会の望みは『イチさんからの直接購入・仕入れ』です。」
今、砦跡は工事真っ最中の為、鉄骨の足場も日本から持ち込んで組んだりもしているので、砦跡に宿泊するだけで、ニアワールドになかったような物を沢山見る事が出来る。
きっとヴィンセントは、それらも商材として見ているのだろう。
「えっと……例えばの話ですが、俺がこの砦跡だけで商品の卸をするような形でもアリですか? 王都から取りに来てもらう形になりますが。」
「ええ、モチロンですともっ!
販売して頂けるのであれば、どれだけ路銀がかかろうが取りに伺います!
あなたの商品にはそれだけの価値があるっ!」
腕を組み顎に手を当てて考える。
今ゴードン商会で結構長く世話になっているし、それに対して不義理を働くような気がして、ちょっと乗り気になれない。
ただ……俺が商会を立ち上げるとなると、どの道多少の不義理を働く事にもなるような気もする。
勇者の街での売買はゴードンが取り仕切って他の商会に売るわけじゃないし、王都の商会で販売するくらいはいいんじゃないだろうか?
というか、今ゴードンが独占販売しているというのも、少し考えてみると特殊な気がする。
競争が全くない商品だから、言い値で気に入らなければ売らないと言うことも簡単に言える。
ただ、これは消費者からすれば嬉しくない状況だ。買いにくいし高い。
俺がヴィンセントにも卸をすることによって『王都に行ったら安く売ってた』とか、こういう情報が出るかもしれないし、消費者の視点に立てば良い事なのかもしれない。
商売としてみても、アルマン商会と取引をする事は間違いなく良い事だろう。
……となると、俺のゴードンに対する罪悪感をどう解消するか……が問題かな。
目を閉じると、ケモナーゴードンのサムズアップしている顔や、『あんまりやでぇ~イチはん』と、眉尻の下がった顔などが次々と思い浮かぶ。
ん~~。
やはり渋い顔になってしまう。
ゴードンのおかげで今の生活もあるし、エイミーもアリアともいい関係が気づけてるんだもんなぁ……
俺の表情を見たヴィンセントが手をぽんと叩いて『閃いた』的なジェスチャーをした。
「イチ殿。もし宜しければ、現場現物と申しますし、一度王都にお越しになりませんか?
当商会含め、色々ご紹介させて頂きますぞ。」
「あ~……実は俺、王都って見た事ないんですよね。」
チラっとアデリーを見ると『イチの好きにしたらいいと思うわよ? もちろん私はついていくけど。』って顔をしている。
「そうそう。実は王都でもイチさんの商品でしょうかな?
『のーすりーぶわんぴーす』というのが少し流行ってきておりますから、街でよく見かけます。」
あぁ、勇者の街で見かけないと思ったけど王都に流れてたのか。
脇チラのお洋服。
そしてニアワールドだと、結構な確立で横パイが見えてしまう系の服ですな。
「よしっ! 行きましょう! やっぱり現場現物! 実際に見ないと始まりませんものねっ!」
「おぉっ! 流石ですなっ! 商人の鏡のような即断即決。ハッハッハ。素晴らしい!」
「えっと、じゃあ王都に伺うのはいつ頃にしましょうか?」
「そうですな……もし可能であれば、今すぐにでもと思ってしまうくらいですが……イチ殿の予定はいかがでしょう。」
「えらく急ですね……急がれる理由は何かあるんでしょうか?」
ヴィンセントはアニをちらりと見て何かを確認し、ため息をついた。
「お恥ずかしい限りですが……イチ殿が勇者の街に戻られると連絡を取れなくなる可能性が高いもので。」
「えっ? なんで?」
「ゴードン商会の妨害が中々苛烈ですからな。
今日イチ殿と会えてお顔を拝見できた事も奇跡のような気がしているくらいです。」
「いやいや、手紙とか言付けとか色々方法あるじゃないですか」
「もちろんそれらの方法もギルド経由や当商会の小間使いなどで全て試しておりますが、これまでお手元には届いていないでしょう?」
「アデリーの店宛にすれば?」
アニが口を挟む。
「イチ? 手紙なんて、アイーシャとかエイミーとかアリアに、ぜーんぶ破られちゃうんだからね。」
「?? んっ?」
なぜその3人が出てくる?
ヴィンセントもアニに続いて口を開く。
「そうなのですよ、なにせイチ殿の身近にまでゴードン商会の手が及んでいるので、確実に連絡できる方法が確立しにくいのです。 だから、できれば勇者の街に戻られる前にある程度話を進めておきたいと――」
ヴィンセントの声がフェードアウトしていくような感覚を覚える。
?
どういう事だ?
エイミーもアイーシャもアリアもみーんなアデリーハーレムの一員で、それでも俺の恋人みたいな感じだと思ってたけど……
んっ?
どういう事だ?
確かにエイミーやアリアはゴードンとの繋がりは深い。
でもどっちかと言えば、もうアデリー派だろう?
それに俺の事も『好き』と言ってくれている。
いや……でもやっぱり元ご主人だし、ゴードンの利を守る気持ちはあったりするのか?
で、あれば確かに妨害もするかもしれない。
それにアイーシャだって、俺の事ちゃんと好きって言ってくれているし、元々ゴードンとの繋がりは無いはず……はず……
……いや、ゴードンとアイーシャは知り合ってすぐ二人で食事に行っていたのを、なんだか覚えている。
……いや
でも……
……そんな
頭の中が揺れているような気がする。
俺は3人を好きで、3人も俺を好きで、
そう、きっと好き合っているはず。
「一風変わったハニートラップみたいなものよ。」
ヴィンセントとアニが話しているのがよく聞こえないが、アニが放った言葉だけが強く印象に残る。
ハニートラップ。
この言葉に頭をぶん殴られたような衝撃を受け、焦燥感に駆られ思わずアデリーを見る。
アデリーが悲しそうな顔で俺を見て、俺の頬に優しく触れ……そして口を開いた。
「……ごめんなさいイチ。
私てっきりあの子達も、イチの事が好きで関係を望んでいると思っていたの…………まさかこんな狙いがあったなんて思わなかったわ。ごめんなさい。」
そう悲し気な顔で告げた。
その言葉は、まるで3人がハニートラップ要員である事を認めているようにも思えて、俺を好きと言ってくれたのが『嘘』のように思えてくる。
俺の気持ちが、浮かれていた気持ちが一気に鉄塊のように重くなり沈む。
沈みながら、さらに重くなっていく。
アデリーは、そんな俺をフニョンと抱きしめて声をかけてくれる。
「でも安心して、イチ。
私だけは、あなたの事を、間違いなく大好きよ。」
アデリーに抱きしめれられ、その言葉に思わず抱きしめ返す。
「私はイチを裏切るような真似はしないわ。絶対に。
私だけは、信じてね。」
ヴィンセントやアニ、ムトゥに護衛の人が居るにも関わらず、俺は色んな感情が入り交じり、泣きたくなった。
「大丈夫よ。イチ。
私が守ってあげるから……ね。」
アデリーは……
アデリーだけはきっと信じられる。
そう思った。
--*--*--
ヴィンセント・アルマンという人間は、人間関係を構築・維持することに長けている。
代々伝わるは
『商売は人なり』
という、家訓。
それを幼少期から叩きこまれているからだ。
実際にはイチと連絡を取る方法などいくらでもある。なんせアニを使って連絡すれば簡単だ。
取り込む為の機会を伺っていただけに過ぎない。
今、あえてイチに対して情報を渡した事も、当人に隠されているであろう事実を伝える事で己の信頼度を上げる為、そして、王都に連れ込んで歓待し初対面における好感度を可能な限り最大値まで上げる事が目的なのだ。
アニの報告や調査内容を基にして、イチの周辺の人間関係とこれまでの事実から推測すると、エイミー、アリア、アイーシャという3人の内、エイミーとアリアという人物については、せいぜいが『他商会が近づいて来たら追い払って』と、ゴードンに個人的にお願いされている程度だろう。
アイーシャという人物については未知数な面もあるが、利益次第でこちらに転ぶような人物にも思える。
だから三者三様とはいえ、皆ゴードンとイチを天秤にかければ、イチに傾くような関係が築かれていると睨んでいる。
それも3人の視点に立って考えてみれば当然の事。
単純に『イチさえいれば、それだけでゴードンのような稼ぎをする人間は幾らでも出てくる』からだ。
今『ハニートラップ』という単語にイチが大きく動揺を見せているが、これはアニが勝手に喋ったことであり、ヴィンセントの言葉ではない。
ヴィンセントの推測している関係では『ハニートラップ』までは言い過ぎだろうと考えられるからだ。
が、それでゴードン商会から心が離れ、アルマン商会と取引が大きく始まるのであれば、それは大きな利になる。だから、あえて推測した事実を話して否定する必要もない。
それにきっとイチが3人に確認すれば事実としてのゴードンの関与は出てくる。
きっとイチはそれを『ハニートラップ』と解釈するだろう。
そうなったらなったで、さらにゴードン商会から心が離れアルマン商会に傾く。
ゴードン商会が小細工をするのであれば、こちらも小細工をさせてもらうまでの事。
内心で良い展開になったと思いながら、今にも泣きだしそうなイチを見据えるヴィンセント。
不細工な顔の作り故に他者から『好かれる』という事に対してかなりの幸福を味わっていたのだろう。
その幸福が偽りだったと思ってしまったのであれば、その心情は察して余りある。
どう慰めるのが効果的かを考えているとアラクネが動いた。
そしてこちらの入り込む隙すら与えず、イチの心を的確に癒している。
ヴィンセントは、イチを抱きしめ微笑むアラクネを見て、うすら寒い物を感じずにはいられなかった。
なぜなら、アニの報告から考えれば、このアラクネはハニートラップ要員として挙げられた3人とゴードンの関係を全て理解していたはずなのだから。




