106話 アデリー動く
全力を尽くした疲労による眠気から少しずつ覚めはじめ、ゆっくりと瞼を開く。
「おっ? おっ? おはよーイチー。」
犬耳メイドの顔があった。
「おはよー……アリア。
……今日はジャーキーの手持ちはないよ。」
「そっかー残念。アレめっちゃ美味いのにな。
まぁニオイしないから分かってたけど。」
どうやら俺はソファーに寝かされていたようで、ソファーの背もたれ側からアリアが顔を覗かせて俺の様子を見ていた。
なんとなくこの犬耳メイドの事だから、ジャーキー以外に美味しい物を持っていないかニオイを嗅いで確認していたのかもしれない。
さて、とりあえずアリアが居るという事は、きっとここはゴードンの執務室に違いない。
上半身を起こして見回すと間違いなく、ゴードンとアデリーが話を中断して俺を見ているのが目に入った。
「おはよ。イチ。ゴードンには大雑把には説明しておいたわよ。」
「イチはん、なんやめっちゃ急な話でんな~……砦跡に行く言うたら行って帰ってくるだけでも結構日数かかりまっせ? やのに明後日出発やゆーし。
今、とりあえずイチはんがおらん間の分の注文まとめとるさかいに明後日の出発までに対応たのんますわ。」
「あ~……なんかすみません面倒かけちゃって。
やっぱカジノ閉鎖はもったいないから、なんとか妥協案を探ってたらこんな感じになっちゃいまして……」
「なーんなーん、ええてええて。ワイかて儲かる事業が続けられるんなら、どんだけでも協力しますわ。」
「すんませんね。助かります。」
「ワイらは一心同体やからな。」
ゴードンがウィンクとサムズアップを送ってきたので俺も真似して返す。
「それにしても、イチが外に……あ~もうっ! 心配だわ私っ!」
「あ~……実は俺もちょっと心配してる。
冒険者がジャイアント倒せる事は知ってるんだけど俺自身はスキルを幾つか手に入れたっていっても、ぜーんぜん戦えないからね。」
もし万が一逃げなくちゃいけないような事になっても俺にはアプリがあるから大丈夫だと思うが、逆に言えばそういう状況になるという事は、一緒に移動するアンジェナを見捨てなきゃいけないって事だ。
まぁ、そうならないようにアンジェナは準備をするんだろうけれど……まだ見ぬ危険がたくさんあるように思えて不安からため息が漏れる。
ふとアデリーが俺をじっと見つめている事に気が付き、なんとなく笑顔を返すとアデリーの眉尻が下がり眉間にシワがよった。
その表情からも物凄く心配してくれているのが伝わってくる。
突然アデリーは唸るように悩みだした。
アデリーらしからぬ様子に首をかしげるとアデリーの顔はすぐに何かを決意したような表情に変わる。
「私……イチと一緒に行くわっ! 私がイチを守る。」
「「 ……え? 」」
アンジェナ……ポリポリ……しないよね?
俺はアデリーの言葉に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
--*--*--
翌日はゴードンに追加された業務や日本での連絡をこなし、あっという間に出発の日を迎えた。
アンジェナからは朝一に出発したいという要望があったが、俺の日本からの輸入作業等を終えるのを待ってもらう事にして午前10時を目途に正門前に集合する事になった。
もちろんアラクネのアデリーが参加する事も前もって伝えてある。
当日、朝一に商会で輸入業務をエイミーと行い倉庫を出ると、ゴードンと旅支度を整えたアリアが待っていた。
「イチはん。ワイは用事つまっとるさかいに行けへんけど、よかったらこのアリアも連れてったってんか? この子は……アレはアレやけど、そこそこ強いしきっと役に立つ思うから。」
「アレって何?」
アリアがぽかんとした顔で、ゴードンに突っ込んでいる。
「え? でもゴードンさんの護衛はどうするの?
ちょっとアレでアレでも、強いんなら自分の近くから離れるのは不安じゃないですか?」
「アレって何?」
アリアが『ねーねー』と言わんばかりに俺とゴードンの顔を交互にキョロキョロと見ている。
「いや……ワイにはリンジーがおるし、イザベラもいざとなればそこそこ戦えるからな。
それよりもアデリーはんが一緒とはいえ、イチはんに、もしもの事が無いかの方が……心配なんや。」
「ううっ! ゴードンさん!」
「イチはん!」
思わずゴードンとハグをしあう。
「だから、アレって何?」
ゴードンと三文芝居をした後、アリアを連れて行くことを有難く了承する。
「そうそうホールデンはんからの預りもんも届いとったさかい、それはアリアの荷物に入れてあるわ。」
「おっ! マジっすか! 超楽しみ!」
俺は戦えない程弱いのはわかりきっていたので、ずっと前から、いざという時の為の戦闘用の魔道具をホールデンにお願いして作ってもらっていたのだ。が、これまで一切試す機会が無かった。
だが今回の件で、ようやく日の目を見る事になりそうだ……と言ってもまだ試作品なのだけれどもね。
ゴードンとの話も終わったので、エイミーに乗りアリアと共にアデリーの店へ向かう。
店に到着して声をかけるとアデリーがいつもどおりの雰囲気で階段を下りてきたので、留守番のアイーシャに見送られ、俺、アデリー、エイミー、アリアの4人でアンジェナとの待ち合わせ場所の正門前に向かう事になった。
皆で外に出て、とりあえず思う。
お日様の下を歩くアラクネって……違和感物凄い。と。
俺たち一行は正門に向かいながらただ歩いているだけなのに物凄い注目を浴びていた。
なんせ蜘蛛女、犬耳メイド、馬メイドに馬メイドに跨る黒髪男だもの、アデリーは美人だし、アリアもエイミーも美人。不細工が一人混じってりゃそりゃあ目立つわ。ははっ。
時々モヤっと感を感じたが、もう何に対しての敵勢反応なのかすら思いつかないレベルで注目を浴びてしまっている。
そんな調子で正門の前に移動すると、手を振っているアンジェナと馬車。そして見覚えのあるゴリラ級冒険者と、他3人の男の冒険者らしき人が目に入る。
そしてやっぱりゴリラ級冒険者から発せられる敵勢反応。
……勘弁してください。
「おはようございます。イチさん!
そちらの方がアラクネのアデリーさんですね。宜しくお願いします。
私ギルドに勤めております、アンジェナと申します。」
屈託のない笑顔で声をかけてくるアンジェナ。
少しドキドキしながらアデリーの顔を見ると、にこやかな表情をしている。
「あら、ご丁寧にどうも。
自己紹介の必要もなさそうだけどイチの恋人のアデリーよ。
しばらくの間だけれども宜しくね。」
「アラクネの方とご一緒できるだなんて、なんだか嬉しいです……って、恋人だったんですね! わぁっ!」
恋人の響きに輝かんばかりの表情になりアデリーと俺を忙しく見比べて、ほう、と息をつく。
「黒髪とアラクネの恋だなんて、まるで勇者様のお話みたいで素敵!
わぁ~! 道中色々お話をお聞かせ頂けたら嬉しいです!」
手を胸の前に組んでウットリとした表情のアンジェナ。
対するアデリーは目をパチクリとさせた後、軽く笑う。
「ええ、いいわよ。沢山お話しましょうね。」
そう言って優しく微笑んだ。
俺は静かに、ゴリラ級冒険者ゴルの敵勢反応をビンビンに浴びながら
『何も起きないと良いな』
と願うばかりだった。




