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新・物語  作者: 桜木 優
1/1

始まり

「人は信用できない。……人の考えなど、わからないからだ」

以前、ある人物は僕にこう言った。人は愚かで醜い生き物だ。他者を信じることさえも難しい、と。

確かに人とは身勝手で、お互いを疑いながら生きていてるのかもしれない。

だが、僕はそうは思わない。本当は、人は心の底から信頼できる生き物だ。そう思うようになった根源について今から話すとしようか。




およそ七、八年前の話である。時として、まだ僕が「中学生をしていた」頃だ。自我が完全に確立して、自身について思いを馳せるあの時期のことだ。

中学二年生。一つ目のきっかけ。


「……ねぇ、ケンくん。新しいクラスは慣れてきた? だれかと話したりした?」


そう質問を投げかけてきたのは、榊原さかきばらけい。小学校からの幼馴染おさななじみである。

腐れ縁か何かと思いたくなるほど、色々な所で出会うものだ。クラス、習い事、休暇期間など例をあげれば限りがない。

そんな彼であるが、まだクラス替えを行って早々、辺りを見回すフリをしながら可愛い女子を探していた所、運悪く見つけてしまったのである。

こうして珪とつるんで、今までと同じような学校生活を送るのか、と落胆していた日より三日後のことだ。

いきなり質問をされた僕は、この三日間の事を脳内で振り返る。が、クラス替えからの三日間というのは忙しくてとても親睦を深める時間など用意されていない。


「……うん、まぁボチボチかな」


当たらずも外れてはいない返答をしてみる。この三日間、忙しかったとはいえども必ずしも人と話さなかった訳ではない。

そう、思い返せば一昨日おととい。時間にしてみれば短い会話であった。

場所は、学校四階の廊下。一年生のクラスが並ぶフロアの冷やかな廊下。そこで、僕は「彼女」と話した。




学校四階の廊下。二年生になった僕が何故なぜそんな所にいたのかは、学校の構造を思い浮かべれば理解できるであろう。

学校には部屋クラスだけでなく、数多くの設備が設けられている。その用途は授業だけではなく、生徒用のものであったりもする。

その一例が、図書室である。図書室は、休み時間の娯楽場ごらくばであり、知識を得る場所でもあり、人によっては勉強の場にもなる存在として確立している。

そう、つまり僕が一昨日、四階の廊下にいた理由。それは、学校四階に設置されている図書室へと向かうためだ。

そんな中、僕は「彼女」を見かけた訳である。一概に「見かけた」と言っても、顔見知りではなかった。基本的に他学年のフロアではすれ違う人物に関心の無い僕であったが、「彼女」を見てしまった瞬間とき、不覚にも目が合ってしまったのである。

いつもならば、咄嗟とっさに目を逸らして知らぬ顔で横切るのだが、「彼女」はわけが違った。僕は、顔見知りでこそ無かったが知っていたのである。

彼女の事を。

どうして、「彼女」の事を知っているのか。簡単かつ解明な疑問だ。

顔見知りで無く、既知きちである。そのこたえというのは、伝聞。

詰まるところ、珪によると「彼女」はある種で有名なのだそうだ。「彼女」の端麗たんれいな容姿だけでも有名にはなりそうだが、それに増して「彼女」の名を誇張しているのは、「彼女」の持つ不思議さ。

そのとき、目がきっちりと合ったことに気づき、「彼女」は静かに歩み寄ってくる。


「…………何か用?」


それが「彼女」の一言目。思っていたよりも細く綺麗な声が空気に響く。

もちろん、彼女に用がある訳ではない。図書室の利用、という目的で来ただけである。

しかし、「彼女」の声は単なる疑問ではなく、「用がある」と確信してる感じである。だが、前述の通り、顔見知りでもなければ何でもない。

では、そんな確信はどこから来ているのか。その疑問が脳内を巡る。

……これが珪の言う不思議さなのだろうか?いや、しかし、「彼女」の目はまっすぐ自分を向いており、不思議さなど欠片も感じられない。

皆無の不思議さと「彼女」の確信が、妙に葛藤かっとうを騒然とさせる。


「……その沈黙。用は無いというかしら?」


「彼女」は心外であるかのように、言葉を放つ。そして、続ける。


「用がないのはわかったわ。……ただし、私は用があるの」


「 彼女」――佐々ささきばら ゆき――は、そう告げた。




時は、放課後。昼頃は眩しく輝いていた太陽も、赤みを帯びて西の空に浮いている。

佐々木原は、僕に用があると告げた後、反対を向いて廊下を通りさっさと階段を下りていった。

用があると言った直後に、さっさと去っていった事には少々の疑問を抱かずにはいられなかったが、「今は言わない」という佐々木原のメッセージだと理解している。

そして、現在。半強制の勉強時間は終わり、それを告げるチャイムが解放感を刺激する。


「……ケンくん。今日、放課後暇?」


背後から引き寄せるようにして、後ろの席の榊原は僕のえりの後部を引っ張る。

椅子が斜めに傾くが、そのまま後ろを向き、襟をつかむ手を離す。そして、ゆっくりと椅子を水平に戻しながら返答をする。


「時間はあるが、暇じゃない」


そう断言して、帰りの準備をしようと前を向くところ、再び襟を掴まれる。


「時間があるのと、暇なのと、何が違うのさ」


「予定は入れてるけれど、その予定が実行されるかわからないってことさ。……とにかく、今日は無理だ。諦めろ」


「予定」というのは、つまり佐々木原の用件とやらだ。昼のあの態度が、「今は言わない」という意味であれ、聞かない訳にはいかないからな。

そのためには、佐々木原がまだ帰ってないことを祈って、放課後の早いうちに彼女の部屋クラスに向かうしかないと考えたのだ。

と、不満そうな珪を振り切り、教室を出る。

しかし、ここで肝心なミスを犯していることに気づく。彼女ささきばら部屋クラス

佐々木原については、珪から聞かされたので、彼女の名前や容姿以外はほぼ何も知らない。彼女の部屋クラスさえもだ。

佐々木原の部屋クラスを知るためには、「他の人に聞く」という選択肢もあるが、時間が惜しい今、珪に聞くのが最善であろう。

こうして、考える事、わずか数秒。出てきたばかりの部屋クラスに足を踏み入れる。

余程よほど僕の返事が不満だったのか、珪は机にうつ伏せになっている。


「……珪。佐々木原の部屋クラスを教えてくれないか?」


すると、珪はうつ伏せの体勢のまま顔だけ起こす。


「…………佐々木原さん? 何かあったの?」


「何かあった」とは聞いているものの、何故なぜだか僕には珪が「何か」について知っているように思えた。


「ああ。今日、佐々木原と話す機会があってな、その時に佐々木原から用件があると言われたんだ。……その場はそれでは終わったけれど、用件が何か気になるから直接聞きに行こうと思ったんだ」


珪は驚きもせずに、「そうなんだ」と相槌あいづちを打つ。


「佐々木原さんは確か……一年四組だったと思うよ。そして、席は……窓際まどぎわの列じゃなかったかな」


この珪の一言には、驚きの色を隠せない。何故なら、僕は佐々木原を二年生だと思っていたのだ。同じ学年である、と。

同時に、一年生と言うのならば、納得と疑問が浮かぶ。佐々木原は昼頃、一年生のフロアにり、特にどこか行くわけでもなく帰っていった。

佐々木原が一年生のフロアにいた事は、一年生というのなら、至極しごく普通の事である。

しかし、問題は疑問の事だ。最大の疑問。

彼女は何をするわけでもなく、「帰っていった」のである。彼女は「帰っていった」とき、廊下を通り、階段を下りていったのだ。

佐々木原は、一年生だ。では、何故なぜあたかも部屋クラス帰るかのように歩いて行ったのか。

それは、佐々木原に聞くことで解決するとしよう。

僕は珪にお礼を述べ、素早すばやく階段を上り四階へと上がった。順番通りに並んでいる部屋クラスの札を一瞥いちべつして、お目当ての部屋クラスを探し出す。

そして、勢い良く扉を開ける。

すると、そこに。

彼女ささきばらの姿はなかった。




放課後。そして、学校の外。佐々木原の級友クラスメイトに彼女がすでに帰ったことを聞いた僕は、今更、珪のところへ行く気力も無く、独りで下校をしている。

僕は、毎日徒歩で十五分という適度な距離を通り、学校に来ている。その道中には、横に少々丈の高い草が生えているだけであり、田舎いなからしさをあおっている様なまっすぐに続く道路がある。

大抵、人は居らず、優雅な放課後の一時を過ごせるのだ。しかし、そこには人の影があった。

人の影――それは、佐々木原 幸。

彼女は静かに、密かに距離を縮めてくる。一歩、また一歩と。

そして彼女は、僕の前に少しの間隔を開けて止まった。


「……私は貴方あなたに用件があるの、小野寺おのでら 健之けんじくん」


その言葉が、彼女がここに居ることは偶然では無いことを如実にょじつに示していた。僕が彼女を待っていた様に、彼女はまた僕を待っていたのである。

用件を伝えるため、果たすために。

僕は、軽く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。


「……用件、とは何の事か教えておくれ」


彼女はまたも言うのを躊躇ためらっているようであった。いや、「躊躇う」というよりかは「待っている」という感じである。

その予想を助長するかのように彼女は口を開いた。


「用件を話す前に、もう一つ話す事があるの」


キッパリとした口調で彼女は告げる。


「……貴方は他人を心から信頼したことはある?」


唐突かつ不可思議ふかしぎな質問。思春期の中学生が考えそうな質問ではある。

しかし、彼女は「冗談を告げてはいない」。


「……あるさ。……友達とか親戚とか、付き合っていく上で仲が深まり、信頼もできるようになる。世の中には、信頼が無いと難しい場面さえあるしな」


「そう…………貴方はそう思っているのね」


少し間を起き、彼女は続ける。


「…………じゃあ、私のことは信頼している?」


またもや唐突に、今度は「自分のことを信頼しているか」とまだ二回程しか顔を合わせていない女子に聞かれた場合、どのように対応すべきなのであろう。

だが、この場合の対応は、


「信頼と言われても、まだお互いがお互いを知らないじゃないか。そんな状況で生まれる信頼など僕は無いと思う」


というものであった。沈黙以外のこたえにいては、これが僕の最善のこたえである。

「では、そろそろ本題に入るわ」、彼女はそう告げた。




本題。僕と彼女の会話に置ける本題とは、一体全体いったいぜんたい何なのであろうか。本題=用件ではあると思うが、不思議のベールで包まれているのは、その内容――そして全貌ぜんぼうである。

彼女が、昼頃という時間帯でも、学校内という場所でもなく、「放課後の学校外」を選別した理由とは。

昼頃の学校内と放課後の学校外。その違いは歴然れきぜんである。

人。

それこそが唯一の、そして最大の違いだ。当たり前といえば当たり前のことである。人がいる場所というのは、情報が一つ落ちるだけでまたたく間に拡散していく。

彼女は、学校ではできない話――人に知られないようにすべき話――を試みようという考えなのであろう。

では、その本題について、聞いていこうではないか。


「……貴方、不思議な体験をした事はある?」


佐々木原は、「本題」について、そう切り出した。


「……不思議な体験? …………というのは、つまり、得体の知れないような、それこそ信じられないような体験……の事か?」


「いえ、そういう訳ではないの。……直感、インスピレーションをくすぐるような体験のことよ」


「いや、意味もあまり理解できていないけれど……たぶん無いな」


「……そう、説明とはいうのは難しいわね。だけどあまりに漠然ばくぜんとしたものだから……。習うより慣れよ。…………少し、試してみましょう」


そう言い放つと、彼女は服のすそから何処どこかの国の貨幣らしきものを取り出す。

それを右手の親指で弾き、綺麗なコイントスをする。回転した物体が、右手の平に吸い込まれたのと同時に、左手がそれを覆った。

その一連の動作が終わると、彼女は顔を上げ、当ててみろと言わんばかりの静かな微笑ほほえみを見せる。

コイントスの表と裏。確率は1/2。コイントスは、その五分五分という公平性の元、成立するけである。

それが崩れるような事があっては、ならない。

では、いったい彼女は何を僕に求めているのであろうか。

しかし、彼女は「試す」と言った。僕を試すのか……それとも他のであったとしても、ここまで深読みをする必要など無いであろう。


「おも……」


僕の言葉は、さえぎられることとなった。

「結論は、まだ早い」という彼女の言葉に。


「早まらないで。……試す、とは言ったけれども、まだ試す段階にさえ至ってないの」


そう言うと、彼女は左手を少しズラし、彼女だけに裏表の結果が見えるようになる。

この行動に何の意味があるのか。又は、ヒントがあるのか。


「結果を教えてあげるわ。コインは……表を向いているわ」


彼女はそう言ったが、僕には彼女の言動が嘘に思えた。何をもって判断したのか、そんなことは定かではない。


「…………さあ、結論を出しなさい」


先刻さっきまであんなにいぶかしんでいた「結論」は、僕の中では完全に決まっていた。


「結果は、表」


根拠の無い自信とはこのことを言うのだろうか。しかし、もしかすると、何かしらの根拠は存在するのかもしれない。

僕が気づいていないだけで。

彼女の右手を覆っていた左手が、ゆっくりと離れていく。

そこにあったコインの結果は、表。

彼女を見ると、その表情は「試した結果」に満足しているようであった。


「その様子だと……まだ完全では無いみたいね。でも、これでわかったでしょ?」


「わかった…………とは何の事だ? 僕は、何も理解できていないのだけれど……」


「今はわかりはしないか……でも『わかるようになる』わよ」


わかるようになる。その言葉が、不思議と心に響いている。

そして、全ての過程を終え、彼女はとうとう「本題」を語った。シンプルで明白である。彼女の言葉によって、僕は完全に理解させられた。


「……私はこの世界の人間ではないの。そして、私の目的。それは、貴方を…………元の世界へと連れ戻すこと」


彼女の言動は、第三者視点で観れば、はなはだしくいびつなものであった。

しかし、彼女の言動は本当である。それが、僕には「わかった」。

……「わかった」? なぜ僕にそんな事が「わかる」のだ? 言動の虚偽きょぎなどわかる訳が無いのだ。

ましてや、お互いを何も知らない少女の事など。


「私の言葉は、本当の事。……それは貴方にならわかるでしょう? コインの時も同じよ。貴方には、私の嘘がわかった。……それが貴方の力なの」


彼女は短く、息を吸い直す。そして、端的に告げる。


「……貴方は、他人の心や考えを感じ取ることができる。それが……いい事であれ、悪いことであれ。とにかく、貴方はこの世界に居るべきではない。だから、戻るのよ。私たちの世界へと」


彼女は、僕の肩に手を置き、ゆっくりと近づく。僕と彼女が接した時、もう僕等ぼくらはその世界にはいなかった。

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