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群馬県安中市の小さな町の神社の境内で、小野町惠介は箒を右往左往と振る。そうすると砂利の上に鎮座している木の葉たちが滑るように集まってくる。それを何度も繰り返し、ある程度木の葉の山ができるとそれを何個かの砂利を巻き込みながら塵取りの中に押し入れる。
こんなことをしてるとよく神主、もしくはそれに殉ずる何かだと勘違いされることが多いが惠介はけしてこの神社の関係者ではない。
「小野町くん、おつかれさま」
「あ、ども。おつかれさまです」
神社の社務所から白い羽織に緑の袴を纏った若くみえる男性が顔を見せた。惠介は声の主の方へと向き直ると首だけでぺこりとおじぎする。彼の名は千宮司誠。この神社の神主であり、惠介がこうして箒を振る理由を作った本人である。わかくみえるがもう40後半で惠介と同い年の娘もいる。
「いつもすまないね。僕だけじゃ広すぎてね」
「気にしないでください。毎年のことでやらないと逆にすっきりしませんから」
「そう言ってもらえるとありがたい。さて、それが終わったらお昼にしようか」
「うっす」
惠介は大きめなポリ袋に集めた木の葉を詰め込んで、社務所の中にあがりこんでいく。誠の後ろをてくてくとついていくと、少し大きめな和室に出た。十二畳ほどの広さの部屋にちゃぶ台とテレビがあるだけ。広さの無駄遣いな気がするが、そんなことを他人に言われたからといってなんだというのだとなるのは目に見えているので、惠介はこの感想を毎回飲み込んでいる。
「出前とるけど何か希望はあるかい」
誠の用意した緑茶をうけとると惠介は申し訳なさそうにはにかんだ。
「なんでも。いただけるだけありがたいっす」
誠は自分の分の緑茶を一気に飲み干すと鼻歌まじりに廊下にある電話機の元へ向かっていった。少し子供っぽさを感じる姿を横目でみながら、静かにお茶をすする。まだ、五月の中旬だというのに少し暑い。掃除してたこともあり、肌が汗でべたつくのを感じつつ、たまに縁側から流れてくる風がいつもより気持ちよく感じられる。眠気を誘う陽気に大きな欠伸がついついでてしまうのも仕方のないことだろう。
「今日は奮発して天ざるにしちゃった☆」
のんびりしてると歳には似合わないポーズで誠が登場。星とか飛ばさないでほしい。正直、気持ち悪いしか感想がでない。
「反応うすいね~。前はもっといい反応返してくれたのに」
「慣れってやつっすよ」
そういうと惠介は立ち上がった。
「どうしたの?」
「時間があまるのももったいないんで、昼飯届くまでもう少し掃除やってます」
そういうと惠介はそそくさと部屋をでた。とどまってるとまた変なからみがくるだろう。それはぜひとも回避しておきたいところだ。惠介はそとにでると掃除道具の入った小屋から雑巾とバケツを持って拝殿に向かう。近くの水道から水をもってくると賽銭箱をしっかりと絞った雑巾で丁寧に拭いていく。外に出てるせいか砂やほこりで雑巾はすぐに真っ黒になってしまう。何度もバケツの中に雑巾を突っ込んでは絞り、同じ作業を繰り返す。そして、賽銭箱の上部の格子状になっている部分を掃除していた時だ。カランコロンとなにかがおちる音がした。視線を落とすと足下に朱色の小さなガラス玉がころがっていた。
「・・・やば」
拭き掃除で賽銭箱の装飾を壊してしまったのではないかと焦って箱全体を見直すがこのガラス玉がはまっていたような形跡はなく、胸を下ろした。
「おーい、小野町くん。ご飯来たよー」
子供がいたずらに置いていったものだろうか。そんな推測をしながら、ガラス玉を眺めていると社務所のほうから間延びした誠の声が聞こえてきた。惠介は大声で返事をすると思考をとめ、戻ることにした。ガラス玉をそっと賽銭箱の中に入れて、拝殿をあとにした。
出前で届いた天ざる(大盛)をぺろっと平らげると先程の作業の続きにはいる。賽銭箱拭き終えると次は拝殿の床を片っ端から拭いていく。額に汗を浮かべながら必死にやった結果床や柱は顔が反射して写るぐらいきれいにはなった。その成果に満足してついつい笑顔がでてしまう。
カランコロン。
さっきほど聞いた音に似た音が一人しかいない拝殿に広がる。回りを見渡すと先程みつけたのと同じ朱色のガラス玉。それがコロコロと床を転がっていた。
「最近、はやってんのか」
念のため、近くにこれが装飾で使われてないか確認するが無さそうだった。先程のように賽銭箱にいれるという罰当たりなことをなんどもするのはどうなんだと思い、惠介はそのガラス玉をちり箱に投げ入れた。
「さて・・・次は本殿か」
腰をあげて移動しようとすると背中が誰かにあたってしまった。
「す、すみません」
参拝客だろうか。とにかく謝って、水などがかかってないかを確認しよう。そう思って惠介が顔をあげるとその表情は嫌そうな方向にどんどん変わっていく。百面相も驚きの表情のかわりようだ。
「なんでてめぇがいんだよ」
目の前にはガングロ金髪の女の子が立っていた。
彼女の名前は千宮司麻奈巳。誠の一人娘であり、惠介の幼馴染みでもあり、高校のクラスメートでもある。
「なにしてんの」
「掃除だよ」
「あ、そ」
興味がないなら聞くな。心のなかでそう悪態をつくと別れの挨拶もせずに足早とそこを離れていった。歩いている最中についつい舌打ちをしていた自分に苛立ち、もう一度舌打ちをする。
見てのとおり、二人の仲は間違えてもよろしいなんてことはない。されど、二人はこれまで小学校、中学校、高校と同じ進路を歩いてきた。腐れ縁というやつだろう。
「気にしても、しょうがない・・・な」
鳥居前まで行くと気分を変えるため、軽く両頬を何度か叩く。
バケツに入っていた水を一度、階段の両端にうえられている山茶花に撒くと、水道でバケツに水を入れ直す。その間に掃除用具小屋からてにもつサイズのブラシをもってくる。水の入ったバケツにブラシを入れ、そのブラシで軽く燈籠の表面を擦る。そしてそれで出た汚れを先程まで使ってた雑巾で拭き取る。力がいる作業なためもあり、惠介はその作業に没頭した。無我夢中で掃除をして、四つめの燈籠にさしかかったときだった。燈籠の火をくべる部分に光を反射して光るものがあった。もしやと思い慎重にそれを中から取り出すと、またもや朱色のガラス玉が顔を出した。
「はやってんのかな」
流石に三度めの出会いに興味のわいた惠介は出来心にそれをズボンのポケットの中に突っ込んだ。ガキのいたずらだと考えていても、少しの罪悪感から周りをきょろきょろと見渡し、誰もみてないことに少しほっとする。そして、惠介は作業にもどるのだ。
すべての作業が終わる頃には日もおち、太陽と交代した月が顔を見せていた。
神社の離れにある千宮司家の玄関で惠介は誠に掃除の報告をしていた。
「掃除の方は大体は終わりました。瓦の点検はまた今度ということで」
「うん。今日は本当に助かったよ小野町くん」
「いえ、こっちも仕事なんで」
ちゃめけの感じられない声でお辞儀をする惠介に、誠もあははと渇いた笑顔を返す。
「あ、そうだ」
気まずい雰囲気が少し続いたあと、なにかを思い出したかのように誠は懐から封筒をとりだした。
「これ、今日の分の料金ね。ちょっと色もつけといたから」
「いつもすんません」
「いいのいいの。業者呼ぶより全然安いし、それに私たちの名かじゃないか」
「あざっす」
もう一度きちんと頭をさげる惠介にいいのいいのと笑いながら応える誠。
「三郎にきちんと働けって言ってたと伝えてもらえる」
「はは」
ついつい渇いた声をもらしてしまう惠介。
三郎とは惠介の父親で、神社の掃除もそもそもは三郎が請け負った仕事の1つだ。
「いい加減顔を見せに来いて言っといて。あと、あいつに愛想つきたらいつでも家においで」
「あ、はい。ありがとうございます。そんときはぜひ」
惠介はもう一度頭を深くさげるとそそくさとそこから逃げる。
惠介の父三郎と誠は幼馴染みらしく、説教ながいからといって誠に会いたがらない。そのせいで神社の掃除は惠介になげている。そのせいで惠介にとってもこの大掃除は毎年の恒例行事になりつつある。
そんな二人だ。昔のことを話始めると三郎、誠ともにお互いの悪口がとまらなくなる。夜も大分更けてきたのにそんなものに捕まるのはごめんだ。
神社の鳥居前まで来ると、ふとポケットからガラス玉を取り出す。
「なんに使うんだろうなこのビー玉もどきは」
指でつまみ上げ、それを覗きこむ。赤く光るそれはなんだか惹きこまれるような妖艶さを感じた。覗きこんだままガラス玉を月の位置まで移動させる。そうすると月の光をとりこんでよりいっそう妖艶さが増したように感じられた。
「・・・っ!」
突然、頭の中に響く鈍い痛み。
その痛みが止み、周りを見渡すとへんな違和感が惠介の意識を捉える。先程まで煌々と白く輝いていた月が真っ赤に染まっていた。それだけではなく、まるで時が止まったかのように周りが静かだ。風に由来でざわざわとわめきたてていた草木が嘘のように静寂をたもっている。
「あ」
パニックに陥っている惠介の手からガラス玉が逃げるように落ちて転がっていく。なぜだろうか。普段ならそこで捨ててしまうようなガラス玉なのに、今はそれを逃がしてはいけない気がした。まるでそのガラス玉に先導されるようにその小さな光を追う。
カランコロン。
その音が手招きをする。
その音だけが惠介の耳に届く。
一心不乱に追い付こうと走るがガラス玉との距離は縮まらない。
ガラス玉が足をとめたのは惠介が行きも絶え絶えで額に水玉を転がすようになってからだった。
膝に手をおき、それを杖がわりに体を支えながらガラス玉が止まったその先を見上げる。そこにはなんとも立派な大樹が月夜に照らされ立っていた。
桜。
桃色の花びらをこれでもかと飾り付け、花びらを揺らしながら舞わす姿は月夜をスポットライトに舞を振る舞う巫女のように華やかでいて、神秘的な雰囲気だった。
「・・・こんな桜・・・あったか」
頭の上に疑問符を浮かべつつも、華麗に舞う桜に魅力される惠介。ガラス玉を静かにつまみ上げるとガラス玉が止まった場所に腰を下ろす。
「綺麗だな」
ポロっと感想をこぼす。
本当に心からそう思った。時間が許すならこの夜が終わるまでずっと眺めていたかった。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「遅い遅い!遅すぎる!」
そんな怒鳴り声が天上から聞こえた。
声の主を視線を漂わせ探す。
「ここだ。このうつけ!」
一つの枝が大きく揺れ、ド派手に桜吹雪を散らす。そこに目をやるとすっとんきょうな声をもらしてしまう。
「ふぁ?」
そこには巫女様のような格好で枝の上に立つ幼女がいた。髪の毛は白く透き通り、目はガラス玉のようにきらびやかに赤い光を宿していた。目を引く容姿だ。ここまでなら。しかし、そんなところにいちいちすっとんきょうな声を出すほど惠介はチキンなハートを持ってないと自負している。所詮は自負なのだが。とにかく、今は惠介の肝っ玉の話は置いておこう。それよりも大事なのは惠介が驚いた理由である。
目の前には言葉遣いが古風な幼女が立っていた。それもそれで字におこすと大変おかしな事態だ。しかし、目の前の幼女はその上をいく。
けもののような耳と九本のそれはそれは気持ち良さそうな尻尾をつけていた。
「この幸咲神社の守り神たる九尾にして絶対美を誇るこのお狐様を待たすとはなんたる不敬。万死に値するわこのうつけ!」
自称お狐様が付きをバックステージにそれは立派な仁王立ちをして、悪役男優もビックリするぐらい悪そうな笑みを浮かべていた。