大迷宮博物館
ちょっとだけ残酷な表現があります。
「ねえライル、絶対に危ない真似したらダメだからね!」
「リリアン、プロトじゃないんだからライル君は大丈夫だよ。目を離したらあいつは変なところにふらふら行っちゃうから、農工業クラスじゃ先生が振り回されて大変みたいだよ。」
「ライルだっていつの間にかいなくなるし、気がつけばラクアちゃんが私の場所とっちゃってるのよ!こうやっていつもライル君の腕にしっかりしがみついているのにどうしてなの?
パックだって時々不思議だな~って言ってるじゃない!」
「そういえばプロトって農工業クラスだったっけ。あいつ親の仕事を継ぐ気なのかな。」
プロトのお母さんは『服飾屋デザイア』のデザイナーをしているので、プロトも職人コースとも言われる農工業クラスへと進んでいた。
まあ、いつものマイペースで周囲を振り回していることだろう。
さりげなくリリアンの追求をかわし、それぞれのクラスへと分かれる。
僕達デガンクラスは、今日の授業で迷宮ワーズワースの入り口にある『ワーズワース迷宮博物館』へと行くことになっている。
リリアンはそれを心配してくれてたんだけど、正直問題なんか起こしようがないけどなあ。
ワーズワースの大迷宮入り口はこのロンドベル自治領の西の端に入り口を開いているんだけど、その周囲は魔物の暴走を警戒して高く厚い石壁で一般人は進入できないようになっている。
その石壁は大通りに面した門以外の出入り口がなく、その壁の外には冒険者用の宿や、領主軍駐屯所などが隙間なく並んでいる。
その門の近くに、迷宮博物館はある。
北にある初等学校の敷地を出て、大通りを南へと進み、ユニベルセ商会の大看板を見ながら西へと進んでいく。
未だに父さんからは絶対に西へジョギングはするなときつく言われているので、そっちの道はあまり詳しくはない。
「ライル、おまえんち、あそこのユニベルセなんだろ?すげえなあ。でっかい店だ。」
隣を歩くドッコがうらやましげに呟いている。
確かに大きくて立派な建物だけど、パパや兄さんのようには商人に憧れを持っていない僕にはあまり意味のないものだ。
パパは、兄さんと僕に店を盛り上げて欲しかったみたいだけど、僕はママのような冒険者になりたいんだ。
それに食事と教育以外は質素倹約を貫くパパの信念により、そんないい生活なんてしてないんだからね。
周囲の何人かは、ユニベルセを見て憧れの声を上げたり、僕のほうに意味ありげな視線を送ってくる子もいたけど、僕はため息をついて見ない振りをしていた。
ユニベルセを後ろにして進んでいくと、だんだんと見慣れない景色になっていく。
このあたりからはだんだんとワーズワースに挑戦する冒険者や旅行者が多くなっていくのだ。
大通りを歩く人はだんだんといつも見かける一般の人たちとはちょっと違う人達が増えてくる。
「ライル!見ろよあのトラ族のおっさん!すっげえでかい剣を背負ってるぜ!」
前を歩くチオが、きらきらした目で歴戦の勇者って感じの冒険者を見て興奮している。
いいから前を見て歩いてほしいんだけど、僕の目も奪われてしまう。
トラ族のおっさ・・・・・・冒険者さんの隣には、腰まである金髪を束ねて颯爽と歩く、とんでもない美人なお姉さんがいた。
その耳は綺麗な曲線を描きながら、後方へと伸びている。
「ライル、あのお姉さんエルフだよね? 僕初めて見たよ。あんな綺麗な人も冒険者をしているんだね。」
「エルフさんは結構お店にも来るんだけど、あんなに綺麗な人は見たことないなあ。」
お店にくるエルフさんは、大体が交易に携わる男の人だし、冒険者をしている人はあまりユニベルセの近くまではこないからなあ。
冒険者といっても大多数は普通の人族だけど、この自治領以外の場所からもポルノルテ大陸中から腕試しにワーズワースへとやってくる冒険者は多い。
この自治領に住んでいる人は、大体金髪か茶髪なんだけど、中にはシエラちゃんのように黒髪や、赤髪の人もいる。
なんで髪の毛の色が違うんだろうなあ。
クラスのみんなも周りを歩いている冒険者の風体や装備に目を奪われていたようで、デガン先生に大声で注意されてしまった。
迷宮の壁が近づいてくると、周囲には冒険者用の武器や防具、迷宮探索に役立つものを売る店が目立ってきた。
うちの店には日用品なんかはいくらでもあるけど、冒険者用のものはないんだよなあ。
冒険者学校に入ったら、このあたりへも頻繁にくるようになるんだから、今は我慢しておくしかないか。
冒険者学校はワーズワースの大迷宮から北へ向かったほうにあるので、大通りからは見えない。
3年生になったら学校訪問もあるらしいけど、まだまだ行くことはないかな。
南には冒険者養成所があり、そちらは各国で冒険者をしている人達の交流所にもなっている。
そして僕達はワーズワースの大迷宮入り口を見上げる場所までやってきた。
大通りを挟んで北側には、冒険者ギルドの大きな建物がある。
ひっきりなしにいろいろな格好をした冒険者が出入りしていて、大きな袋を抱えてにこにこしているいかついおっさんや、絶望的な表情をして足を引き摺るように歩いている集団もいた。
『開門!かいもおおおん!』
突如迷宮の正面にある大扉が開き、傷だらけの冒険者一行が飛び出してきた。
僕達は彼らの血相に驚き、成り行きを見守っていると、後ろから迷宮を守る守備隊に抱えられた担架が二つ運ばれてきた。
冒険者ギルドの裏手には、病院があるのでそこに運んで行くのだろうが、僕達はその光景を見て、ごくりと喉を鳴らす。
僕達の前を通り過ぎていった最初の担架には眠っているようにしか見えない、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた体格のいい男の人が乗っていた。
すぐ後に続く担架に乗っていた垂れ耳の犬族の女の人は、腿をしっかり止血帯で結ばれていたが・・・・・・腿から下はなかった。
その後ろを走る女の人が抱えているのが担架の人の足だとわかった瞬間に、前の方にいたシエラちゃんがうずくまって叫び声を上げた。
◇◆◇
冒険者の素晴らしさを知る前に、過酷さを目の当たりにした僕達だったが、その後はギルドを挟んで反対側にある博物館へと予定通りに足を進める。
ここは、大迷宮内に出る魔物の展示や、迷宮1階から40階までの攻略をした冒険者の知識を公開してくれている。
玄関正面には、この迷宮から産出された装備のレプリカが何種類か展示され、ホールになった中央には、立ち入り禁止のロープの内側に、スコーピオンキングの双剣も展示してある。
ママと一緒に何度かこの博物館を訪れたことがある僕は、みんなが注目する双剣の寄贈プレートに書かれた名前を見てちょっとした優越感に浸ってしまう。
『寄贈 リージニア=フアレス』
ママの名前だ。
今は結婚してリージニア=ユニベルセだけど、パパと結婚し冒険者を引退したときに博物館に寄贈したと、昨日の夜教えてもらった。
前に来たときは、名前まで見ていなかったから、気づかなかったんだよなあ。
「この双剣は剣姫が冒険者を引退するときに、この博物館に寄贈されたものだ。スコーピオンキングのレアドロップで、この双剣を手に入れられれば、中級冒険者への道が開かれると言われるものだ。」
デガン先生が、僕達に向けて解説しているが、なんとなく気恥ずかしくなってうつむいてしまう。
迷宮の魔物は、倒すと迷宮に溶け込むように消えてしまうのだが、ほとんどの魔物はなんらかのドロップを残していく。
迷宮の入り口で冒険者をすぐに歓迎するのは、ジャンプラビットという角の生えた肉食ウサギなのだが、そのドロップには「ウサギの肉」と「ウサギの毛皮」、そしてレアドロップの「ウサギの短角」という3種類がある。
魔物のドロップは大体が体の一部分や肉や皮だが、深い場所に行くと装備にお金まで落とすようになる。
ちなみに買取は冒険者ギルドや、周辺の商店でしており、相場はウサギの毛皮で5ウルといったところだ。
ウサギの毛皮を持ち帰ると、最低限の昼ごはん一食分になる。
博物館は見学路が決まっており、2階建ての1階部分が奥に向かって迷宮1階から20階まで、階段を上ると、21階から40階までの展示となっている。
迷宮の魔物は普通の動物とは違い、倒すと消えてしまうので、剥製などにはできない。
そのため、イラストを描いて展示し、その攻撃方法や迎撃方法、それに今まで得られたドロップなどを解説しているのだが、2階に行くとそれらの解説やイラストも途端に信憑性がなくなる。
絵師の人が実際に行けるのはせいぜい20階がいいところで、それ以降は、行ったことのある冒険者の証言に頼るしかない。
それでも、11階層から出現する暴食ベアのレアドロップ『暴食熊の胃袋』なんかを手に入れれば、冒険者仲間から祝福されるとか聞くと、やはりわくわくしてくる。
ちなみのこの胃袋は、加工して背負い袋にすると、100kgほどの荷物を軽く詰め込むことのできる袋になる。
重量軽減の魔法がかかっているのか、100kg分の荷物をいれても、10kg程度にしか感じないそうだ。
パパの商人人生は、この暴食熊の胃袋を手に入れたことで始まったそうだから、僕も是非手に入れたいと考えている。
◇◆◇
学校に帰ってきた僕達は、博物館に入る前に出会った負傷者によって知ってしまった冒険者の厳しさや、2階に展示されていた恐怖としかいいようのないおそろしい魔物に、かなりの脱力感を感じてしまった。
行くときは結構みんな興味津々で出発したのに、帰りは無口になっている子が多かった。
「みんな今日の見学では、冒険者の厳しさを思い知ったことだろう。だけど、その厳しさに打ち負けては冒険者を目指すなんて言う資格はないんだぞ。
しっかりと知識を身に着け、武芸を磨き、信頼できる仲間を得ることで、立派な冒険者へと育っていくんだ。
今後は、迷宮にある罠の解除方法や、休憩中に必要な知識、さらには、迷宮内で一夜を無事に明かす方法なども勉強していくことになる。
その全てが、生存するために絶対に必要なものになるのだから、みんな必死に取り組んでくれると先生は期待しているぞ。」
博物館見学が終わってからの、デガン先生の締めの講義は、みんなの気持ちを引き締めてくれるものだった。
◇◆◇
「あのお姉さん、足はくっついたのかなあ。」『ぱん!』
「冒険者に憧れても、それで生活できる人は半分もいないのよね。」『ぱん!』
「やっぱり厳しい仕事なんだね、冒険者って。」『ぱん!』
「そりゃあねえ。神々の加護だけではなく、特殊なギフトを受けることができた冒険者なら、『ぱん!』ある程度は稼ぐことができるんでしょうけど、大体の冒険者は、若いうちに大怪我をして路頭に迷ったりもしちゃうわ。」『ばん!』
「お、音が変わった!」『ぱん!』
「戻ったわね。まあ、そろそろ第2段階も近そうね。」『ばん!』
「お!今の感じだ!」『ぱん!』
ママは僕が一喜一憂するのを見て苦笑している。
Tシャツを木刀で打ち続けて半年、ようやく柔らかい布ではなく、硬いものを打ち付けている感覚を捉えることができるようになってきていた。
それでもまだまだ切れ目さえ入れられないので、先は長そうだ。
「このワーズワースの大迷宮の周辺は、とても冒険者に優しい場所よ。大怪我をしてもギルドの経営する病院である程度の大怪我も治せるし、心が折れていなかったら何度でも挑戦できる。
でもね、ロンドベル自治領で、冒険者を養成してくれるようになる前は、本当に酷い状態だったみたいなの。
冒険者になるのは、食い詰めて仕方ない人や、犯罪者一歩手前の人しかいなかったようだし。
女性冒険者も多くなったのは、領主様達が頑張ってくださったお陰よ。」
そんなことを言いながら、ママは僕の構えの悪いところを枝で叩いて直す。
いい加減、腰やお尻、腿の耐久度が魔物並みになっているような気がする。
「さ、今日はここまでにしましょう。ママと一緒にお風呂に入りましょうね。」
「はーい。」
たくさん食べて、いっぱい動いて、よく眠る。
こうして僕の初等学校2年生の生活は過ぎていった。
お風呂?
8歳なら普通ということで、健全に考えてくださいませ。