甘芋と授業とラクアちゃん
「ねえライル君、今度のお休みに、お店に遊びに行ってもいいですか?」
やっと歩かないで南の大通りからラクアちゃんの待つ領主邸までを走れるようになった頃、ラクアちゃんが僕を見上げるように問いかけてきた。
今まで何度か招かれたことはあったのだが、うちに来てみたいとお願いしてきたのは初めてかな。
「うん、いつでもいいし、いつ来てもよかったのに。今度の休みだね!待ってるよ!」
「え!いつ行ってもよかったんですか!?」
「あれ?えっと、大丈夫だけど、どうして?」
「あ、なんでもないです!じゃあ、次のお休みに遊びに行きますね。」
いつも、パップとリリアンはいつの間にか僕の部屋で遊んでいることもあるから、友達が訪ねてくることにはなんの抵抗もないけど、さすがにラクアちゃんとなると、なにか準備したほうがいいのかな。
そんなことを考えながらダッシュしていると、いつの間にかユニベルセの店舗前に着いていた。
そろそろジョギング以外にもなにかやれそうだな。
でも、ママが言うには、まだ筋肉トレーニングとかは早いって言われているしなあ。
なんでだろう?
◇◆◇
初等学校1,2年生は、午前中だけの授業になっている。
朝は4つの鐘が鳴ると同時に、クラスごとの朝礼が始まる。
デガンクラスでは、先生が教室に来るまでに席についていないと、机の隣で腕立て伏せを10回やらされるので、鐘が鳴ってから遊んでいる馬鹿はいない。
僕達2年生デガンクラスでは、ロンドベル自治領の歴史、文字の読み書き、売り買いの計算、魔法学基礎、ポルノルテ大陸の地理や生態系の勉強、サバイバル術の講義などをしている。
他のクラスでは、そのクラスの特色にあった時間割が組まれているが、僕達のように冒険者学校を目指す子供達には、それにあった初期の教育をしてくれているのだ。
僕が一番好きな授業はサバイバル術だ。
この授業は自治領の中心にあるボリーバル公園で行われることが多く、野外で実際に体験しながら勉強することができるため、簡単すぎる他の授業に比べて楽しくできる。
今日習ったのは、火打石と鉄を使って藁に火をつける授業だった。
この授業は公園内のバーベキューコーナーで行うため、延焼の危険もなく、着けた火により甘芋を焼いて食べるという楽しみもある。
鉄の塊に、火打石を削るように振り下ろすと、黄色く光る火花が藁に落ちていく。
僕はこの落ちていく火花を目で追うのが好きだった。
力を込めて振り下ろした瞬間に、勢い良く星のような火花が藁へと突き刺さっていき、白い煙がでてきたと思うと、すぐに赤くなめるような火が藁を包んでいく。
藁の下には枯れ草、枯れ草の下には乾いた小枝を敷き詰めてあるので、すぐに火は大きくなっていく。
小さくても勢い良く成長していく火に、ちょっと太目の枝をどんどんくべていくと、焚き火の出来上がりだ。
その焚き火の下には、あらかじめ地面を浅く掘ったところに、大きな甘芋の葉にくるんだ甘芋を平らに並べて土を被せてある。
両手に抱えられるくらいの枝が燃え尽きた頃には、その甘芋が食べごろになるのだ。
「ライル君、もうそろそろかなあ。あま~い匂いがしてきたよ!」
「もうちょっとだけ待ってね。甘芋はゆっくり焼くとそれだけ甘くなるからさ。」
委員長・・・シエラちゃんが、わかったと言いながら、黒い瞳をいっぱいに開いて、追加の枝を焚き火に放り込んでいる。
「ライルは焚き火に慣れているのか?火をつけるのもうまかったし、穴に芋を綺麗にならべるのも手際がよかったよな。」
「お店で余った甘芋を、ママに焼いてくれってよく頼まれているからね。ついでに庭の枯葉掃除もさせられているしさ。太っちゃうとか言いながら、ママはおっきい奴を3本くらい食べちゃうよ。」
サバイバル術は、大体3人一組でチームを組んで一つのテーマを練習する。
僕はシエラちゃんと、ドッコに体格がよく似ているトカゲ族のランダ君と組んで甘芋を焼いている。
ランダ君は、瞳孔が縦になっている金色の眼で、唇や首の部分はトカゲの皮膚のようにうろこ状になっているし、頭髪がないから、結構最初は怖かった。
でも、離してみると朴訥として、怒ったところは見たことがないし、なによりも優しい。
それがわかってからはよく話す間柄になっているし、最初に抱いた感想のことも正直に話して謝ることができた。
他のみんなはどうかなと周りを見ると、そこらで真っ白な煙がもくもくと上がっているチームが多い。
生木を燃やしてしまったんだろうな。
チオのところなんかは煙が酷すぎて、周りのチームまで巻き込んでしまっている。
チオに任せていたエムルがなんかギャーギャー喚いているので、そちらは極力みないようにしよう。
ドッコはわりとうまく煙の少ない焚き火を作っているので、見掛けによらず、律儀にしっかり乾いた枝を集めてこれたんだろう。
「おお、シエラのチームはうまく甘芋が焼けそうだな。先生の味見の分が楽しみだ。」
「あ、デガン先生、これライル君が教えてくれたんですよ。私なんて中が青い枝を拾ってきて怒られちゃいました。」
「ほお、ライルか。家でも手伝っているのか?」
「ええ、ママの大好物なもので。」
「おお、そういえばよく食ってたな。家で手伝ってたらそりゃあうまくもなるか。」
がっはっはと笑いながら先生は他のチームの見回りに行った。
おっと、そろそろ食べごろのようだ。
皮が焦げたような匂いをちょっと出し始めたころが、火を片付けるタイミングなんだよね。
土の粗熱が低くなるのを待ってから掘り出した甘芋を割ってみると、濃い黄色が蕩けるような甘い香りとともに目に飛び込んでくる。
「ふわあ・・・おいしそう・・・。」
いまにもよだれをたらしそうな委員長に、葉に包んだ甘芋を渡してあげる。
ランダ君は、自分で取り出したので、残った甘芋を僕がいただく。
「はふはふ!あっつ・・・ほっほっ、うわああ、うまい!ライル、うまくいったな!」
「あちち、あっちぃ!でも、おいしい!すごい甘いですよライル君!」
二人の評価は上々だ。
さて、俺はちょっと冷めたほうが好きなので、少しあとで食べよう。
そう思ったけど、ハイエナのような目線でこっちを見ているチオに気づいたので、結局急いで食べちゃったけどね!
あ~おいし。
◇◆◇
「えー!ママの分は!?」『ばし!』
「家族の分なんて甘芋は渡されなかったし!しかもママはいつだって食べてるでしょうが!」『ばし!』
「だって、ライルの作ったのが一番おいしいんだもん!次のお休みに作って頂戴よ~。」『ばし!』
「あ~、はいはい。わかりました。あ、そうだ!ラクアちゃんが来るから、そのときに一緒に作ろっと!」『ばし!』
「あら、ラクアちゃんが遊びに来るの?じゃあ、歓迎準備しなきゃ!」『ばし!』
「あ~、いいよ、大丈夫。どうやっても、ラクアちゃんの家のようにはおもてなしできないから、いつも通りにしようよ。」『ばし!』
「そう?じゃあ、一緒にTシャツでも殴る?」『ばし!』
「ごめんなさい。ジュースとお菓子の準備しててください。」『ばふ』
「いまのはだめね。ちゃんと集中してやりなさい。」『ばし!』
Tシャツを木刀で殴り続けてすでに半年。未だに斬れる気がしない。
でも、最初の頃の音とはまったく違ってきているのは自分でもわかる。
最初のころなんか、ぱふって音だったもんね。
今はちゃんと『ばし!』って硬いものを叩くような音に変わってきているし、きちんと振り切れるようになっている。
木刀を振り始めてから一週間くらいのときには、血豆がひどいことになって、やめたくてしょうがなかった。
でも、ママが後ろで見張っているので、逃げることも出来なかったもんなあ。
いつになったらこの苦行から開放されるんだろね。
『ばちん!』
お?新しい音だ。
「あら、いい音ね。振りが速く鋭くなってきている証拠よ。これなら早いうちにいけるかもね。」
ママが褒めてくれると、俄然やる気が出てくる。
よし、今日は最後まで気合いれてやるぞ!
いらない力が入ったのか、その後はまた『ばし!』に戻った上に、久々の血豆ができてしまった。
◇◆◇
「本日はお招きいただきありがとうございます。
ラクア=ワーズワース=ロンドベルです。ラクアと呼んでくださいませ。」
「あらご丁寧にありがとうございます。ライルの母のリージニアです。お姉さんと呼んでくださいね。」
「ママ?ラクアちゃんごめんね。こんな母親で。」
「なにがこんな母親よ!じゃあ、お母様でいいですよラクアちゃん。」
「ママ!?」
ママのせいで、ラクアちゃんがうつむいちゃったじゃないか!きっと失礼すぎて怒ってるんだ。謝っておかないと、領主様からお叱りを受けちゃうぞ。
「お母様!今日はよろしくお願いします!」
「任せなさい!びしびし行くわよ!」
「はい!」
ちょっと待て。僕を置いて違う世界に行かないで・・・
僕と遊びに来たはずのラクアちゃんは、ママに引率されて、ユニベルセの中を案内されている。
いや、まあ、案内してほしいって頼んだのはラクアちゃんだけど、従業員さんたち全員に紹介してまわることはないと思う。
ぼっちゃん、おめでとうございます!なんて言っているポークロックさんのわき腹をしっかりと抓っておいた。
まあ、ママの隣で一生懸命説明を聞いているラクアちゃんが楽しそうだから、いいか。
てか、僕は別にいらなくないですかこれ?
◇◆◇
「わあおいしい!中がとても柔らかくて、蜜のような味がしますね。高級なケーキを頂いているような・・・いえ、それよりもおいしいです!」
「そうなのよ、ライルの特技って言ったら、この焼き甘芋くらいしかないもんね。私もこれだけはライルに勝てないのよねえ。」
「ライル君すごいですね。しっかりと自分のできることを持っているなんて、他の子供達に比べて大人みたいです!」
いや、ぜんぜん嬉しくないよラクアちゃん。おいしいって言ってもらえたのは凄く嬉しいんだけど、なんかその後の言葉は嬉しくないよ?
眉毛を八の字にして悩んでいると、二人に笑われたんで、やっぱりからかっていたんだな!
もう甘芋あげないことにしよう。
「うそですよライル君!機嫌なおしてください。とてもおいしい甘芋なんで、ちょっと浮かれちゃったんです。」
僕の両手を持って、下から見上げるお得意のポーズで迫られると、許しちゃうんだよなあ。
もう一本だけあげよう。
「ライル、ママにももう一本!」
「だめ。お腹の肉が気になるんでしょ?」
「ぐはあ!」
地面に両手をついたママはそのまま放っておくことにした。
ラクアちゃんと大笑いしながら楽しい時間は過ぎ去っていった。
今の日本では、落ち葉で焼き芋もできないんですよね。
消防署に通報されちゃいます。
私の実家は田舎の中の田舎なんで、普通にやれますけど。