今日からジョギング!
今日から新しいお話を投稿させていただきます。
しばらく説明が多く読みづらいかもしれませんが、少年ライルのほのぼの成長記をお楽しみくだされば幸いです。
2015/2/21 改稿
ロンドベル自治都市の東西をつなぐウェスタ大通りにある、ユニベルセ商会の朝は早い。
隣のアドフィール物産の倉庫から、食料品がどんどんユニベルセ商会へと運びこまれている。
今朝もロンドベルの空は快晴で、まだ太陽が顔を出してもいないのに、今日も暑くなることを予感させる。
ウェスタ大通り沿いには、このワーズワースの大迷宮を擁するロンドベル自治都市を象徴するような、多種多様な人々が歩き始めている。
そのユニベルセ商会裏手にある居住区から出てくる少年がいた。
「ライルぼっちゃん、今日から初等学校に通うんだって?それにしちゃあ早すぎやしませんか?」
大きな猪を裏庭で解体していた、食肉担当のポークロックが少年に声をかける。
大きな背骨切りのノコギリ包丁を片手ににやりと笑う顔は、売れ残り惣菜を食べすぎたのか、まん丸になっている。
「ポークロックさん、おはよう!僕、今日から毎朝、走ることにしたんだよ!」
見た目はどう見ても女の子のような少年が元気な声で答える。
真っ直ぐ綺麗に腰まで伸びた金髪を、革紐で縛って背中に垂らしている。
半袖短パンから伸びたちょっと細めの四肢は真っ白で、日に焼けたことなどなさそうだ。
青というよりも緑色に輝く眼は、長い睫毛に縁取られ、こぼれそうなほどの大きさがある。
すっと通った鼻筋と、ふっくらとした頬とぽってりとした赤い唇は、ぼっちゃんと言われない限り、だれだって可愛いお嬢様と思うことだろう。
白地の手ぬぐいを細くねじって頭に巻き、ワニの皮で裏地を作った革靴の紐をしっかり結ぶと、ライルは屈伸運動を始めた。
「なんでまた走る気になったんだい?」
大きな猪を二つ身に分けながら、すでにシャツの背中を汗びっしょりにしたポークロックは続けて聞く。
「ん~。学校の制服合わせのときにさ、ヒュドロ達に女の子の制服着れよって馬鹿にされちゃってさ。僕、もう女の子の服なんか着たくないし、やっぱ強くなりたいもん!」
膝の曲げ伸ばしから、上半身を回す運動をしながら、ライルは答える。
「あ~。まあ、坊ちゃんのせいじゃないですけどねえ。大丈夫、坊ちゃんはあと5年したら、だれよりも格好良くなりますって!」
ライルに女の子の服を着せて楽しんでいたのは、姉のリンダだ。
ライルそっくりの顔をしたリンダは3つ上の10歳なのだが、自分のお古をライルに着せてはお人形のようにライルを着飾り、おままごとをしていた。
そのため、ライルは優しく大人しい子に育ったのだが、近所の意地悪なヒュドロという同い年の少年によくからかわれていた。
「ありがと。今日から毎日走るんだ。じゃあ、行って来るね!パパには話してあるから、心配しないでね!」
気をつけていきなせえ!というポークロックの声を背中に聞きながら、ライルは颯爽と大通りを東に向かい走りだす。
東に向かって走ると、ユニベルセの大きな店舗がしばらく続き、その隣には服飾屋デザイア、靴屋のワニカバ、パン屋のベッカルなどが続いている。
ユニベルセは大通りの南にあるのだが、その北には、馬車屋や不動産屋、工房系のお店が並んでいる。
土魔法で踏み固められた大通りを、ライルはペースも考えずに走っていく。
この通りは幅が30mほどあり、それが一直線にロンドベルを貫いているため、どこまで行っても見通しはよい。
ロンドベル自治都市は、別名ワーズワースの迷宮都市とも呼ばれ、ポルノルテ大陸のほぼ中央に位置する。
この大陸には複数の迷宮が存在するが、挑戦する冒険者達の死亡率が高すぎるため、冒険者養成施設が必要との声が上がった。
ポルノルテ大陸北部にあるティオノフ王国と、南部のキオル連邦が資金を出し合い、大陸中央にある大迷宮ワーズワースを取り囲むように、ロンドベル自治領は作られた。
今、息があがりつつあるライルが向かっているのは、その自治領の東端にある領館である。
「わお!お壌ちゃん元気だね!」
「はぁはぁ、おはようございます!僕、男です!」
「あー、ごめんごめん」と耳をしょんぼりと垂らして謝る、きじ猫模様の花売りのお姉さんに手を振る。
両手が塞がっていたようで、尻尾でばいばいしてくれた。
前から来た、両肩に大きな壷を抱えている大柄な牛乳配達のおじさんを避けながらも、どんどん前に駆けていく。
東西を貫く大通りを東へ向かうと、行政府関係の建物が多くなり、西へ向かえばワーズワースの大迷宮がある。
ライルが朝一人でジョギングするにあたり、父のラギョースキ=ユニベルセから出された条件が、絶対に西の迷宮方面には行かないこと、であった。
この都市は、領主マイセンの政治により、他国からは驚かれるほど治安が良いのではあるが、やはり余所者の集まる区域には、向かわないほうが無難だ。
痛み出したわき腹を抱えて、すでに息も絶え絶えに歩いているライルは、遠くに見えてきた領館に向かって一言もらす。
「はぁはぁ・・・きょ・・・今日は、こ、ここまでに、・・・はぁはぁ、しといてやる!ひぃ・・・ふぅ。げほ・・・ぉぇ。」
帰ろうと振り向いたら、まだすぐ近くにユニベルセの店舗は見えていた。
「明日走れるのかな。どうしよ・・・」
ユニベルセへとたどり着くまでの間、ライルは歩くことしかできなかった。