オニマチshort 01
――五月九日、告白の日
「篤志さん」
突然、稔に呼び止められる。リビングのちょうどキッチンとの境目辺りでかけられた声にオレはすぐに振り向いた。
「ん? なに、稔」
「あ……あの、今日は告白の日らしいので、その……告白しても良いですか」
「なにを?!!」
唐突すぎる彼の言葉に思わず大声を出して驚いてしまう。なに、今日五月九日は“告白の日”なのか? あまりにも初耳すぎる事実と稔がオレに言いたい告白とやらが気になりすぎて、急に心臓の胸打つ音が早くなり始めた。
「あの、ですね……」
一体なにを言うつもりなのか、緊張してモジモジとしている。でも、それはオレも同じなようで、これから稔の口から出るであろう言葉になぜかドキドキしていた。
少し考察してみる。まず、稔には感情がない。なので“告白”から単純に連想される“好き”とか“嫌い”といった言葉は出てこないだろう。それに、彼は嘘をつくことが苦手で、且つ本人も嘘をついてまで無い感情を取り繕うとはしないので、これだけは絶対にないだろう。……わかってはいたことだが、自分の中で好き嫌いの告白ではないという答えに行き着いた瞬間、かなり残念に思ってしまった。
では、本当になにをオレに言いたいのだろう。さっきからずっとモジモジ、モジモジとしながらショートパンツの裾をニギニギしている稔を見、内心で首を大きく傾げた。
まさか、オレが今思っている以上にとてつもなく重要なことを告白しようとしているのか?……例えば、“ゴブリン”を急遽出ていくことになったとか、オレとの関係を解消したい、とか……。一度そんなことを考えてしまうと頭の中は一気に不安で染まっていく。
どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……。
心臓がバクンバクンと音を立て、首筋にじわりと冷や汗が浮き出てくる。頭の中が徐々に白くなっていき、いきも自然と荒くなってくる。……だめだだめだ、悪いことばかり考えてはダメだ。オレは気持ちを落ち着かせて、やっとモジモジするのを止めた稔をじっと見つめた。
「篤志さん」
「はっ、はい!」
彼の赤い瞳につい元気よく返事をしてしまう。そんなオレを不思議そうに首を傾げながら見つめる稔だったが、次に出た言葉にさっきまで張り詰められていたハズの緊張と不安な気持ちは一気に弾け飛んで行った。
「あのですね、篤志さん。以前、篤志さんが冷蔵庫の中にコンビニで買われたレアチーズケーキを置いていた時があったじゃないですか。でも、それを誰かに食べられてしまい、篤志さん怒ってしまって……。結局、彪さんの所為になってしまいましたけど、あれ……実は、食べたの僕なんです。……その、チーズケーキというのを食べたことがなくて……わ、悪いとは思ったんですよっ。でも、興味の方が勝ってしまって、バレないように夢中で食べてしまったんです。も、勿論後からちゃんと謝ろうとしたのですがなかなか言い出せず……。なので、ごめんなさい」
ツラツラと抑揚のない口調で淡々と“告白”されたことに、オレの脳内は違う意味で真っ白になった。そして、彼の“告白”を聞いてすぐに、手をグーにしてゲンコツをお見舞いしてやった。
ごつん、と鈍い音が室内に響き渡る。
「ふ、ふええええ」
「オレのさっきまでのモヤモヤを返せ」
「な、何ですかっ、モヤモヤとは……」
「いいから、返しやがれ!!」
言って、オレは稔を追いかけ回し、最終的に捕まえるとレアチーズケーキの件を含めたお仕置きをたっぷりしてやった。
ふええええ、と鳴き叫ぶ彼をソファーに押し倒して顔をグニグニと摘み、髪をボサボサにしてやってから身体を擽って……とにかく、子供じみたお仕置きを自分の気が済むまで繰り返し、最終的に稔を涙目にして解放してやった。
まったく、無駄な心配と不安と緊張を感じた数十分のことだった。でも、こんな日常のほんの少しの一場面がかけがえなく感じてしまうのは、やっぱりオレが稔のことを好きだからであって……。いやいや、“告白の日”だからといって、オレはそんなことはしない。
こうした日々の中で、稔にも同じような気持ちが芽吹いてくるまでは、オレの気持ちはそっと胸の中にしまっておくことにしているから――。