蓮とジジイ
1942年 アラビア海
アラビア海の晴天の下で、一隻のタンカーが航行していた。
だがこのタンカー、通常ならありえないようなゴテゴテとした鋼鉄の骨組みと、何機かの航空機がこれでもかと言うほど乗せられていた。
その少し前には、丸っこい艦首で波を切り裂く平甲板型駆逐艦の姿があった。
日本の峯風型駆逐艦だった・・・。
・・・いうまでもなく、第二〇一航空戦隊である。
旗艦『神威』ではカタパルトに水兵たちが取り付いて忙しそうに働いていた。
やがて、クレーンで機体が吊り上げられ、カタパルトにセットされる。
そして、二人の搭乗員が乗り込んでエンジンを指導させる。
ガタガタと風圧で機体がきしみ始めると、カタパルトから勢いよく機体が放たれる。
慣性で放たれた機体は一瞬高度を落すが、直後に揚力をえてふわりと空中に浮いた。
やがて、機体はゆっくりとアラビア海の青い空の果てへと消えていった・・・・・・。
「ひょえ~、涼しいのう!留吉さん」
「おうともよ源さん。これがあるから飛ぶのは止められんのよ!」
「違いないのう!」
二人の壮年の男がフロートの付いた複葉機の操縦席でわっはっはと笑っていた。
二人が乗る機体の名前は中島95式水上偵察機。
1933年ごろに開発されたやや古めの複座式の水上機だった。
複葉機でかつ布張りという古めかしいスタイルのこの機体は寿エンジンを積んでいるが、速度は300にもみたず、航続距離も1000キロにも満たない。
武装も7.7ミリ機銃が2丁付いているだけで、そんなに強力ともいえない。
だが、戦闘機並みの機動力を持っており、また、30キロ爆弾を2発搭載できたことなどから、本来の偵察任務のほかに爆撃任務、弾着観測までこなせ、また日中戦争では水上機なのに関わらず、その優れた機動力によって敵戦闘機を返り討ちにするという戦果を上げているなど、陸地に降りれない以外はたいていのことは何でもできるという、非常に優秀な機体で、日本海軍の軽巡以上の多くの艦艇に搭載されていた。
とはいえ、後継機たる新型の零式水上観測機がロールアウトしてからは第一線から退きつつあった。
しかし、その性能は優秀なため、哨戒任務などに多用されていた。
そして今回、味方の飛行場がインド洋上にないことや、数が揃えやすいことなどからこの95式水上偵察機が神威に乗せられて連れてこられたという訳である。
ちなみに、ここに乗っているパイロットは斉藤留吉と佐藤源三郎といういずれも兵曹の階級をもった男たちなのだが、いずれも既に50近くで本来ならば第一線を退いて予備役にでも入っているような男たちである。
二人はちょっと前までそろって郷里にいて暇をもてあましていたのだが、貴重な若くて優秀なパイロットをこんないっちゃ悪いがどうでもいい戦場に回すなんてとんでもないと言うことで、まともなパイロットが回されてこなかったことを受け、キレた松浦による「とりあえず飛べる奴連れて来い」
という命令を受けて二人そろって再び第一線部隊に配属が決まったのだ。
二人が行く先に西へと進む行く筋かの航跡が見えた。
位置が間違っていなければ、第二戦隊のはずだ。
「おうい源さん、前方に二戦隊じゃ」
「おうおう、わかるわい。懐かしいのう、扶桑じゃ」
「ほんにのう。弾を運ばされた頃を思い出すワイ」
伊勢を先頭に3隻の戦艦が一列に単縦陣をつくって進んでいた。
その前方には同じく3隻の駆逐艦が楔形陣形で先導している。
実は二人、元は扶桑の乗り組み要員であった。
だが、水上機の存在を知って20代後半からでもやったるわいということで、当時まだ人手不足だった航空隊に志願。
紆余曲折があったものの水上機の搭乗員となっていたのだった。
二人は空の上からその様子を懐かしそうに眺めていた。
やがて艦隊の上空を通過すると機長の斉藤は舵を右に切った。
目的地はソマリア沖合い。マダガスカルやイギリス領ソマリがあることもあって、航空機の直衛を受けやすいところを輸送船は進むと考えられたためだ。
しかし、そう思って期待に胸を膨らませてやってきた割には何もない光景が続いていた。
いや、偵察なんてそんなものだ。
頑張って探してもいないときはいない。
それに、見つかっても敵の戦闘機に打ち落とされると言う可能性もあることを無視しては成らない。
「・・・おらんのう、今日は見つからんのじゃろうか?」
「う~ん、そうじゃのう。このまま行っても燃料が不安だしのう・・・帰って麦酒で一杯やるか?」
「そりゃぁいいのう。・・・ん?」
ふと、偵察席に座っていた佐藤が何かを見つけたようだった。
「どうした源さん」
「雲の隙間から、航跡が・・・それも何本も見えるぞ!」
佐藤は興奮したように叫んだ。
「なんじゃと!?」
「二時方向、紅海に向かっておる。あれは・・・空母かのぅ?」
カメラを手にとって撮影しつつ、佐藤は言った。
「留吉さん、はやいとこ無電を打って引き上げるとしようや」
「そうじゃのう・・・」
そういってキーを叩こうとしたそのとき
フッと二人を一瞬影が横切った。
斉藤は一瞬何事かと思ったが、そのときには既に95式水偵は大きく旋回していた。
同時に直ぐ横を突っ切っていく影の正体を見破った。
フェアリー・フルマー戦闘機だった。
イギリス海軍航空隊の艦載機である。
複座ながら400キロ近い速度と重武装をもつそれなりの機体だ。
だが、二人の95式水偵にとっては非常に手ごわい相手であった。
「留吉さん、ちょいとこいつはきつそうじゃ。はやいとこずらかるぞい!」
佐藤が後部に据え付けられたルイス式7.7ミリ機銃を乱射しながら叫んだ。
「おう、まかせんしゃい!久しぶりにアクロバットじゃ。源さんや、機銃を撃つのやめて無電を打っとくれい!」
「おう!了解じゃ」
二人が生きて母艦に帰れるかどうかは運と斉藤の腕に掛かっていた。
やがて、一本の通信文が第二戦隊司令部に届く
『アシール岬西方一四〇海里地点ニテ敵部隊ヲ発見セリ。敵ハ空母ヲ伴ウ 一三二五』
これが、これから長く続くことになるインド洋海戦の始まりであったと戦史は主張することとなる。
どうもみなさまお久しぶりです。
久しぶりに碧海の波浪を書いて見ました。
95式水上偵察機は日中戦争で活躍した海軍の偵察機で、中国軍の戦闘機を撃墜するなどの活躍を見せた日本の隠れた傑作機です。
タイにも輸出されたといわれています。
後、申し訳ないのですが、今回神威にはカタパルトを搭載したと記述していますが、本当に積んでたのかはちょっと分かりません。
でも積んだほうがかっこいいから積んだことにしています(無理やり)
次回は輸送船団と潜水艦部隊の話にしたいです。