コロンボまで
1942年3月28日 セイロン島コロンボ 東洋艦隊司令部
「マラッカ海峡を艦隊が通過した・・・?」
大英帝国海軍東洋艦隊司令長官サー・ジェームズ・ソマーヴィル大将はつい先ほど入った情報に特に驚くようすもなく聞いていた。
「ええ、昨日にマラッカの工作員より報告がありました。なんでも昨日の深夜に大規模な艦隊がマラッカ海峡を西に向かって通過していった・・・とのことです。」
参謀長のウェルナー少将の言葉にソマーヴィルは頷いた。
「敵の規模は?」
「話によりますと、モガミクラスなど10ほどの艦隊だということです。」
「ふむ・・・その中で敵は空母を伴っているのか?」
ソマーヴィルの関心は日本艦隊が空母機動部隊を伴っているか否かということであった。
昨年の12月に航空機によってイギリスが誇る新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「リパルス」が撃沈されたことは、イギリス海軍に衝撃を与えることとなった。
もっとも、航空機で戦艦を撃破した最初の国はほかでもないイギリスだったのだが・・・
しかし、真珠湾を襲撃した機動部隊がやってくればここにいる艦隊戦力、航空戦力では十分な対抗は難しい。
「いえ、それは確認できませんでした。・・・アメリカ海軍からの情報によりますと、真珠湾を奇襲した日本のナグモ機動部隊は現在日本近海にて訓練中とのことです。」
「なるほどな。つまり敵はいまだ戦力の再編成を続けているということか」
「となりますと、日本艦隊は大型空母は伴っていない・・・また、戦艦部隊も大半が所在が確認されておりますので、おそらくは巡洋艦部隊・・・対抗は容易でしょうな」
「ああ、こっちは戦艦5隻に空母が2隻だ。・・・あの機動部隊以外なら十分に対抗できるだろうし、そもそも日本海軍は艦隊決戦に固執している。戦艦をこちらに回すことはないだろう。彼らの敵はあくまでアメリカ海軍なのだからな」
「・・・七つの海を制覇した我らが添え物扱いとは、なんとも面白くありませんな」
「だが、これで我々の損害は最小限に抑えることが可能となった。」
それだけ言うと、ソマーヴィルは葉巻をくわえて火をつけた。
「ですが、如何にいたしましょう?」
「我々にもケント級が2隻いる。また、ウォリスの機動部隊もいるからな。この2つの部隊で対応する。コンゴウクラスがシンガポールにいることは脅威だが、機動部隊があればある程度対抗できるだろう。」
「しかし、そうなりますと巡洋戦艦なり新型戦艦がほしいですな。」
ウィリスはメモを書き終えると溜息混じりに行った。
現在インド洋に展開している旧式戦艦5隻ではいずれも24ノット以下しか出せず、30ノット以上を発揮可能な金剛型戦艦と速度的に渡り合うのは不可能だった。
「コンゴウクラスには追いつけそうにないからな。だが、それだけ本国も苦しいということだが、我々にももっと配慮して欲しいものだ・・・」
ソマーヴィルはそれだけ言うと口から煙を吐き出した。
「・・・ところで、先日から気になっているあの件・・・結局どうだった?」
「いえ、いまだ調査中とのことです。」
ソマーヴィルの問いにウェルナーはかぶりを振った。
彼が気になっているのは、最近アラビア海方面での船舶の消失事件である。
最近、アラビア海やペルシャ湾方面、あるいは喜望峰方面での船舶の損失が激増していた。
しかも、一切の音信不通状態で・・・だ。
「今月に入ってもう10隻以上だ。」
「Uボートがいる可能性もありますが・・・。」
「だからといってこれは異常だ。」
「ほかに考えられるケースとしては、通商破壊艦・・・」
「十中八九そうだろうな・・・」
「未確認ですが、日本海軍のフソウクラスの行方が掴めていないそうですが・・・」
「それこそ有得んな。ドイツ海軍と違って、日本海軍は戦艦を最終決戦兵器と位置づけている。それに、たとえ航空機で撃沈が可能であると言っても未だに有力な戦力である以上、こっちにはまわすことはないだろう。」
ソマーヴィルはウェルナーの考えを否定した。
実際、戦艦で通商破壊は可能といえば可能だが、燃費がかさむ上に、価値は下落したといっても未だに有力な戦力である戦艦を通商破壊に回すということは正気とは思えなかったのだから。
特に、日本海軍は日本海海戦以来の決戦主義に拘っていることは、ソマーヴィルも知っており、そのことが日本海軍は戦艦を通商破壊には使わないという考えを補強させていた。
そのため、彼はおおかたドイツの仮装巡洋艦あたりの生き残りがインド洋に紛れ込んだ可能性があると考えていた。
「とにかく、ハンターキラーを出す必要がありますね。」
「ああ、全く、オーキンレックからの催促もいい加減にして欲しいと思っていたところにこれだ」
ソマーヴィルはこれみよがしに溜息をついた。
すでにアフリカでは補給量の減少からオーキンレックが悲鳴を上げていて、連日のように補給改善要請の電文がロンドンに送られているのだとか。
「この2ヶ月の損害がタンカー6隻、輸送船8隻・・・内紅海向けでタンカー7、輸送船5。インド向けでタンカー1輸送船3ですからな。かなり厳しいです。」
ロンメルの快進撃を凌ぎきれるかどうか・・・
ウェルナーが溜息をつきながら言った。
「それだけでなく、ラングーンが陥落し東南アジアのほぼ全域が敵の手に渡ったこともまた由々しき事態だ。」
ソマーヴィルは静かに言った。
1941年終わりごろ、イギリス軍は一時期ロンメルをトリポリ付近にまで押さえ込んだが、その後6月には再び息を吹き返し、難攻不落を誇ったトブルク要塞が陥落し、枢軸軍の手に落ちた。
ロンメルはさらに配下のアフリカ軍団を率いてエジプトに向けて驀進中だという。
かわって目線をアジアに移すと去年の暮れに日本が戦争に参加し、東南アジア全域があれよあれよという間に制圧されてしまった。
つい先日にビルマのラングーンが陥落し、ビルマからの米の供給が停止して一時的にせよインド東部で食糧不足になっている。
ただでさえ、エジプト方面からの麦やオーストラリアからの肉の輸入が停止しつつあるのだ。
すでに食料品は高騰しつつあった。
こうなると食料品は優先して軍にまわさざるを得なくなってしまっており、一般民衆の中で飢餓が発生する可能性があった。
下手をすればそれが原因となって折角沈静化した独立運動にまたぞろ火がつきかねない。
ましてやドイツとの戦争で多数のインド将兵を投入しているこの状況でインドが反旗を翻せば・・・大英帝国にとって最悪を通り越した悪夢である。
(少なくとも、自分は現状それを回避するために全力を尽くさねばならない・・・)
肺に溜まった煙を吐き出しながら、ソマーヴィルは思った。
しかし、彼に与えられた現実は極めて深刻であった。
とはいえ、このまま手をこまねいて放置しておくわけにも行かない。
ロンメルは補給線が延びたことに苦しみつつもカイロに向けての進撃を強行しており、エルアラメインに迫っていると聞く。
このまませめてアフリカへの補給状態の改善を見なければアフリカ戦線は崩壊しスエズが落ちる事となり、大英帝国の威信は地に落ちる事となるだろう。
いや、それだけならまだマシだ。
このままロンメルがエルアラメインを突破してスエズを越え、メソポタミアに侵攻したらイラン経由で送られている援ソルートが遮断されてしまう。
こうなると独ソ戦でソ連が更なる劣勢になりかねないのだ。
「嫌なものだ・・・」
葉巻の辛い煙を吸い込みながらソマーヴィルは思った。
つい1年前まではジブラルタルの地中海艦隊を率い、ビスマルク追撃戦に参加した彼がいまや見方によっては大戦の帰趨を握っているといってもいい立場におかれたのだ。
必要な戦力も本国によってほとんど取られた状態であるのに!
・・・迷惑にも程がある。
しかしそうであるが故になんとか現状を打破しなければならないのも彼の勤めであった。
「これからインド洋を航行する船舶は護送船団方式を徹底させることとする。また、本国にも駆逐艦と航空機のさらなる増強も要請してくれ。私自身の署名も入れるが、ついでに追伸として「印度洋航路を完全に失いたくなかったら・・・」とも付け加えておいて欲しい。」
「脅迫ですね」
ハハッとウェルナーが苦笑しつつメモをして行く。
「ちなみに、今出せる駆逐艦は?」
「大半が旧式ですが・・・6隻が出せます」
「よし、その全部を船団護衛に投入することとする。また、間接護衛としてアッズにいるウィリスの機動部隊を出撃させるように。私もフォーミタブルとウォースパイトで出る。」
「本格的な掃討作戦を行うおつもりですか?」
「ああ、いい加減にしないとこちらの補給も途絶えさせられては困るからな。葉巻がすえなくなる。それに・・・魚を釣るには、美味い餌が必要だ。」
ウェルナー少将の問いにソマーヴィルはフンッと鼻から煙を出しながら答えた。
どうも皆様お久しぶりです。
久しぶりに挙げて見ました。
日本海軍がインド洋作戦に戦艦を投入したことをイギリス海軍はまだ気づいていないようです。
まぁ、常識的に考えて戦艦を通商破壊に投入するのはコスト的に見合いませんし、当然の判断であるともいえます。
(精々、軽巡洋艦や重巡洋艦が関の山です)
でも、そろそろ勘付きそうです
ところで、今宵はクリスマスでありますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?私は一人コンビニのケーキ食べながら小説を打ったりしています。
・・・寂しくなんか、ありませんからね!
・・・次回は航空隊の面々からスタートしたいと思います。