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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
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第8話:魔王国(2)

 魔王はセリアンスロープの集落から引き返し、自国へと向かっている。魔王国から緊急事態であると連絡が入ったからだ。

 報告は、人間によって魔王国が攻撃を受けている、といった内容だった。

 それ以降の連絡は魔王国から一切届いていない。その意味を魔王は理解して、最速で移動する。

 ――無事でいてくれ。

 魔王たちが魔王国を視野に入れる程近づくと、惨状が見て取れた。

 魔王国を囲む強固な外壁と、壁では隠しきれない魔王城が所々崩れ、今も煙が上がっている。しかし、その原因となった攻撃の音がしない。まだ距離があるとはいえ、あまりにも静か過ぎるのだ。まるで、戦いが既に終わっているような・・・・・・。

 不審に思った魔王は近くにいた魔族を呼ぶ。


「おい、確認に向かえ」

「御意に」


 控えていた一人が頷くとすぐに消える。

 現在の状況を見ても、魔王の予想では圧倒的に魔王国が不利と言える。国内を把握していない内から判断するのは危険だ。それでも国のトップとして最悪の事態まで考えなければならない。

 まず、最初に魔王国が人間から攻撃を受けていると報告をした魔族の行方。無事に魔王国に到達していれば、再び魔王に何らかの連絡を寄越す筈だ。しかしそれがない。そして、魔王国での戦いが終わったかのような現状の様子。終了しているのならそれはそれで問題ないのだが、どちらが勝っているのかで今後の動きが大きく変わってくる。

 勝って終わっている場合。魔王国内の状況を確かめ、すぐに動ける者を集めて怪我人の治療、及び街の修復の準備。同時に次の戦いに備えなければならない。

 何故なら、今回の攻撃はただ魔王国が襲撃されただけで済む話ではない。これは、人間による魔族への宣戦布告だ。今の時点で既に戦争は始まっている。勝利で終わっていても不利な事実は変わらないだろうが、手を引く術がない以上戦うしかない。

 負けて終わっている場合は――


「魔王様。ただ今戻りました」


 確認に向かわせた魔族が戻ってきた。


「報告を」

「はっ。・・・・・・現在魔王国は完全に人間に制圧された模様。戦闘は行われていません。魔王国を人間共が我が物顔で出入りしています」

「・・・・・・っ!」


 報告の内容に魔王だけでなく、ここにいる全員が絶句している。

 魔王国の人口は約五十万人。人間の国の人口と比べれば少ない方だが、数日で制圧される程ではない。

 ――何らかの対軍兵器でも用意しているのか?

 情報が少ない今、何を言っても全て憶測でしかない。ここでやるべきことはただ一つ。


「制圧して油断し切っている今しかチャンスはない。剣を取れ。我らが国を取り戻すぞっ!」


 応!! と魔王の言葉にこの場にいる全員が迷うことなく応える。

 全員で魔王国へと駆ける。意気込みとは裏腹に魔王たちの行動は静かで、尚且つ迅速な動きだった。

 何故なら、魔王を含めてこちらの戦力は三十名程度。魔王の護衛として交渉に付いてきた魔族たちだが、本格的な装備は勿論ない。戦うことを前提に集めたメンバーではないのだから当然だ。どちらにしろ、魔王国に元々配置していた兵たちと比べれば、大した戦力とは言えない。しかし時間が経てば経つ程、こちらの戦況がより不利になる。不利な状況を更に悪化させないためにも、今ここで立ち上がらなくてはならない。

 そういった作戦の意味を抜きにしても、ここにいる全員の気持ちは一致していた。

 ――人間共め、赦さない!




 魔王が攻め込もうと意気だっていた頃。

 魔王とフェルミアの部屋。中央の床に布団が敷かれ、そこで血塗れのフェルミアの治療が行われていた。

 生死の境を行き来し、現在もその激痛にさいなまれている。傷口や口から血を何度も噴き出しては輸血、包帯の交換を繰り返す。ある程度医療施設が整っている魔王城だが、戦争中のため満足の行く治療が行えない。籠城ろうじょう中の今は薬などの資源も限られている。フェルミアに医師がやれることは延命と気休めしかなかった。


「ねえ・・・・・・お腹の子は無事、よね・・・・・・?」

「ええ。フェルミア様が庇ったお陰で元気でいますよ」


 何度交わしたか分からないやり取り。

 しかし医師は疲労を見せないように力強く答える。老体の身体には体力的に限界に近かったが、少しでもフェルミアを不安にさせないために医師は諦めない。

 今のフェルミアを生かしているのは、潜在的な魔力による自己修復能力と医師たちによる治療――そして、自分の子供の存在だ。

 だから、医師は嘘を付き続ける。フェルミアのお腹の子が既に亡くなっている事実を隠し通す。それを知ればフェルミアは自分を保てなくなるだろう。今ここでフェルミアの心が折れればそのまま死へと向かう。支えを失えばあっという間にフェルミアは生きることを諦めてしまう。それだけは医師として避けねばならなかった。魔王国内の戦いを終わらせ、安静な場所で手術を行うことが出来ればまだ助かるのだ。まだ助かる命を見捨てることなど出来る筈がない。


「頑張ってください。後もう少しです。・・・・・・もう少しで魔王様も帰ってきます。それまでの辛抱です」

「そう・・・・・・よ、ね。あたしがいなかったら・・・・・・ほんと、何もできないんだから」


 虚ろな目で呟くフェルミアに医師の心の方が折れそうになる。流れ落ちそうになる涙を抑え、必死に治療を続ける。

 すると、扉が勢いよく開いて一人の兵士が入ってくる。


「た、大変です!」

「無礼者! 現在のフェルミア様の状況を貴方は知らないのですか!?」

「魔王城の門が破られましたっ!」


 医師の返事の代わりに最悪の事実が告げられた。


「そ、そんな・・・・・・人間たちは一体どれだけの大軍で攻めて・・・・・・」

「いえ。一人です。たった一人に魔王城の門が破られました」


 絶望的だ、と医師は思った。ただでさえ不利な状況なのに、大軍でも防衛できる門をたった一人に破壊されるとは。現実かどうか疑いたくなる。

 それでも医師のやるべきことは変わらない。


「・・・・・・わかりました。それで今は徐々に魔王城内が人間に制圧されているのですね?」

「それが・・・・・・不可解なことに、その一人以外侵入者はいません。現在、門を守っていた兵士で城内へ入らせないように交戦しているところです」


 兵士の言う通り、それは不可解なことだ。門を破れる程の実力者なら露払いを任されることはおかしくないが、その後に軍隊が攻め入らないのはありえない。効率が悪い上に、最後の砦を突破したのだから出し惜しみをする必要性もない。

 とりあえずこの場に留まるのは危険だと判断した医師は兵士に指示を出そうとした瞬間、


「――お前か?」


 何者かの声に遮られる。

 そして、突然入口に立っていた兵士が縦に割れる。頭から股間まで真っ直ぐ割け、血が左右から噴き出し、元は一つだった肉片を汚し合う。綺麗に二等分された兵士の奥に立っていたのは黒い男だった。

 男、と断定するには難しい風貌ふうぼうだ。黒いコートを纏い、同色の鍔の広い帽子を被っている負のオーラを放つかのような格好。えりが高くて口元も隠れ、帽子とコートの間から覗いた暗くぎらついた双眸がこちらを捉えている。

 性別がどちらであったとしても、まともな人物でないことは戦場に立たない医師でも分かった。

 医師はすぐにフェルミアの前に立ちはだかる。医師自身には何もできない。せめて助けがくるまでの時間くらい稼いでみせる、といった思いからの行動だった。しかし、黒い男が急に見えなくなる。体は動いていないのに何故か天井を眺めている。

 医師は自分が首を斬られたことにも気づかぬまま絶命した。




 魔王は魔王国へ突入することに成功した。いや、突入どころかあっさり入ることが出来た。

 魔王国内は明らかに戦った後があり、見渡す限り人間と魔族の死体が転がっている。しかし、そこに生存者がいない。気配を探っても、人間も魔族も全く感じられない。


「おい。これは一体どういうことだ」


 偵察に行った魔族に魔王は訊ねる。


「いや、私が見た時は普通に人間共がここを出入りして・・・・・・」


 直接その光景を見た本人が一番戸惑っていた。

 この者の言っていることに嘘がなければ確かにこの状況はおかしい。魔王が報告を受けてここに来るまで十分も掛からなかったのだ。たったそれだけの短い時間で、果たして人が気配も残さずに消えるだろうか。


「とりあえず、城へ向かう。道中生存者を見つけたら種族問わず保護する」

「人間も、ですか?」

「この状況は不可解過ぎるからな。話を聞きたい。だから周囲の探索を怠るなよ」

「はっ!」


 そういって城へ駆ける。

 生存者の気配へと意識を集中しながら走るが、見えるのは絶命した人間と魔族。感じるのは死の空気。まるで、死者の国にでも迷い込んだ気分だ。城に近づくにつれてその感覚がより強くなる。

 城門前に着くと、魔王一同は足を止めた。そこは他と比べられない程酷い有り様だった。

 百人分くらいは在りそうな人間の死体が山のように積まれ、その全てが身体を切断されていた。胴体、四肢、頭部とバラバラに刻まれた人間が城門前の広場を埋め尽くす形で散らばっている。どれも鮮やかな切り口から、同一の武器で殺されたことが解る。

 ――誰の仕業だ?

 倒れているのが人間だけであることから、殺ったのは魔族で間違いないだろう。そして、魔王の中でこれだけの数を相手に出来る魔族で心当たりがあるのはフェルミアのみだ。魔王国最強の剣士であるフェルミアなら、高が人間百人を持ち前の技量と知恵で倒すことは造作もないだろう。しかしフェルミアがやったにしては不可解が点がある。

 魔王城を護る厚い鉄製の城門がばっさりと斬られている。人間の死体同様、鮮やかな斬り方だ。その奥ではここで転がる人間の死体と同じく、身体をバラバラにされた魔族の姿が沢山あった。この城門の広間の犯人は同一人物――フェルミアがそんなことをする筈がない。


「魔王様」


 と、セシリーが魔王の傍に駆け寄ってくる。


「どうした?」

「生存者を発見しました」

「・・・・・・そうか。案内しろ」

「こちらです」


 セシリーに案内されて魔王が向かうと、一人の人間兵士が味方だった肉の塊に上下左右と挟まれる形で横たわっていた。死体に埋まっていたせいで気配が鈍っていたのか、と内心で納得しながら魔王は肉の塊を取り払うよう命ずる。魔族たちによって兵士の上に乗っていた死体が退かされ、男の姿が露になる。

 見るからに屈強そうな肉体。それも鎧ごとばっさり斬られ、手足はない。味方と自分の血で全身を汚し、荒い息で魔王を見上げている。出血の多さから生きているのが不思議なくらいだ。つまりこの兵士が斬られてからそんなに時間が経っていないことを意味する。

 魔王は訊ねる。


「誰にやられた?」

「ひ、とりの・・・・・・黒い、男に・・・・・・」


 男は誰に話してるのか解っていないのか、魔王に問われるがままに答える。


「一人の男にお前たち全員やられたのか?」

「突然、そいつが現れて・・・・・・一瞬で皆、られた」

「この人数を一瞬で倒しただと!?」


 魔王含め全員が男の言葉に息を呑む。

 城門前の広場は、人間の死体があることと、門が斬られていることを除けば普段と何ら変わりない。

 ここの人間の死因は何らかの刃物によるものだ。魔術を使った可能性も否定出来ないが、一瞬で大勢の人間を亡き者にしたとすれば、大規模魔術の系統を使用したと考えられる。しかし周囲に余波らしき被害は無い上に、魔術を行われた痕跡がない。大規模魔術となれば、普段の魔術では考えられない量の魔力を使うことになるため、殆んど必ずと言っていいくらいその痕跡が残ってしまう。大規模魔術が行われたのがつい先程なら尚更だ。事前にそれを察知出来ない程、魔王は愚かではない。

 ――大規模魔術でないなら一体どうやって・・・・・・。こいつが幻覚を見ていた可能性も視野に入れるべきか。いや、今はそれどころではない!

 考えを振り切って魔王はその者の攻撃方法よりも現在最も知らなければならない質問をする。


「そいつは今どこにいった?」

「門を、あっさり斬り裂いて、城へ・・・・・・」


 最後にそう言い残して男は目を閉じる。死んだのだ。

 魔王はやるべきことを理解し、全員に告げる。


「城へ突入する。中に入ったら全員で生存者及び不審な男の捜索。男の方は見つけ次第私を呼べ。・・・・・・決して交戦はするな」

『はっ!』

「では、散れ! セシリーは私について来い」

「畏まりました」


 魔王たちは城へ突入した。




 フェルミアは部屋の状況をただ見ることしか出来なかった。

 立ち上がることも、声を出すことも出来なかった。

 今もただ、侵入者を睨むことしか出来ない。


「お前なのか?」


 黒い男は訊ねる。顔を近づけ、表情のない顔を男はフェルミアに向ける。フェルミアが返事をしなかったからなのか、男は顔を上げる。そして、壁に刻まれた太陽と月の紋章を凝視する。


「違うのか?」


 顔を向き直し、男は抑揚のない声で再び訊ねる。問われている内容の意味が解らず、回答に困る。

 しかし、顔を見詰め合っている内にフェルミアは気づいた。気づいてしまった。


「あなた、まさか・・・・・・」


 男はフェルミアの呟きに首を傾げる。


「はは・・・・・・噂はバカにできないものね。生きてるか、死んでるかも解らないあなたが・・・・・・一体、何を求めてるの?」


 やっと喋った第一声が男にとって不快だったのか、問い掛けを止めて拳を振り上げる。

 何をしようとしているのか解ったフェルミアは咄嗟に近くにあったナイフに手を伸ばす。

 金属と金属がぶつかる音が響く。フェルミアのナイフが砕け、包帯の巻かれたお腹が斬られる。傷口が開き、血が噴き出すのを砕けたナイフの刃が刺さるのにも拘らず手で抑えた。

 ――こんな、ちんけなナイフじゃ防げないか・・・・・・。

 元々包帯を切るハサミの代わりに用意されたナイフだ。見ただけで戦闘用のものでないと判る。それでも、鉄で出来た刃に変わりない。それが砕かれることの意味をフェルミアは一瞬で理解した。

 ――勝てない・・・・・・。

 実力に差があり過ぎる。例えそうでも、本来のフェルミアにはそれを切り抜けるだけの技量と実力がある。怪我をして起き上がれない程の重傷を負っているが故に、今程度の反抗しか出来ない。

 男が止めと言わんばかりに再び拳を振り上げる。フェルミアは次に来るであろう衝撃に目を閉じる。

 だが、攻撃は来なかった。代わりに、空間を揺らす衝撃と魔力の奔流が男が立っていた場所に流れた。

 目を開けて入口を見ると、そこには愛する夫――魔王が立っていた。

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