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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第2章:美酒と踊る水の精霊
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第2-1話:汚染水

 魔王はブリュートという町に訪れていた。

 酒の製造がアスカンディナ地方で一番盛んな所で、美酒の町とも呼ばれている。その中でも、酒類の多さは大陸の中でもトップクラスを誇り、この町でしか手に入らない新種もある。酒類の数もそうだが、原料となる水の品質の良さに信頼があり、大陸中へ大量に輸出されている。

 大陸中で重宝されているのは、町の近くにあるバルデルト湖が主な理由だ。水精霊が多く生息する水から造る酒は、酒飲みには格別の味とされている。そのため、国外であっても多くの発注が寄せられる。

 そんな酒が有名な街で、魔王は飲食店とは掛け離れた寂びれた店にいた。


「――店主、この剣の値段は間違いではないのか?」

「いんや、あってるよ」

「ばかなっ!」


 魔王は武器屋の店主の言葉を信じられない思いで聞く。

 ブリュートに来るなり、魔王は真っ先に武器屋を訪ねた。シフィア王城で折れた剣に代わる新しいものを手に入れようと思ったからだ。

 剣はもう一本あるが、折角馴染んできた剣術を今になって変えることへの抵抗から、購入に踏み切ることにした。魔王は贅沢が言える立場ではなく、本来ならば我慢できるところはするべきだ。だが、過去の経験から武器に金を出し惜しむようでは、戦いでいざという時に何も役に立たないということを解っている。だから、多少の出費は止む無しと判断したのだ。

 それなのに、武器屋に並ぶ剣はどれも高価。一番安い剣ですら、今の魔王には手が出せない金額だった。


『まあ、剣が高価なのは当たり前ですから・・・・・・それでも、この店の武器は比較的安い方ですね』

「店主、もう少し安くはならないか?」


 セシリーの独り言を無視し、魔王は店主に交渉する。


「無理言わんでくれよ。これでも安くした方なんだ。色んな町旅して来たんなら分かんだろ?」

「どうしてそんなことが分かる?」

「長年この仕事をしてるとそういうのは分かってちまうんだよ。基本的にここに来る客は軍備用に注文する国のお偉いさんと、冒険者ばかりだからね。見た目も、いかにもさっき長旅から帰ってきましたって格好だから」

「ああ、成程」


 魔王は自分の身体を見下ろす。その格好は確かに店主の言う通り長旅から帰還したような姿だった。

 人間の身体になった時はまだ綺麗だった服は色褪いろあせ、羽織っているコートも汚れがはっきりと目立つ。旅の途中で軽い水洗い程度しかしていなかったことから、そうなることは必然だった。服を新調、もしくはしっかりとした洗濯をするべきなのだが、魔王には金があまりない。先程も言ったが、省けるものから省かなければすぐに金が底を突く。


「金が足りないのなら、その腰の剣買い取ろうか?」

「そんなことが出来るのか?」


 突然の申し出に、魔王は思わず尋ね返してしまう。

 魔王の両腰には鞘入りの剣が差してある。二本共あるように見えるが、一本は折れた剣が差してあるだけだ。シフィア王城から脱出する際にセシリーが回収してくれたのだ。お陰で格好だけは剣がそこにあるように見える。


「多少傷が付いてても良い剣は高値になるもんさ。まあ、傷がないもんと比べたら安くはなるだろうがね」

「傷が少しある、といったレベルではないのだが・・・・・・それに、内一本は折れている」


 魔王は鞘から折れた剣を見せると、店主は目を丸くした。


「あちゃー。それじゃあ、無理だね。てっきり買い換えるとばかり思ってたから」

「もう一本の方はどうだ?」

「んー」


 今度は折れていない方の剣を見せる。

 店主は真剣な目付きで、剣を刀身から柄まで顔に近づけて見る。剣の区別がつかない魔王には、今使っているものと店頭に並ぶものがどれも同じものに感じられる。せめて、これで二本揃えられる程の足しになるのであれば、売ってしまう気だった。


「・・・・・・お客さんは剣を二本揃えたいわけだね?」

「ああ、そうだが」

「無理だね。この剣は良い業物だが、売り物にはならない――使い込まれ過ぎだ」

「そうか」


 魔王は残念な気持ちを抑えられないまま剣を受け取る。


「売り物にはならんが、使う分ではまだまだ問題ないよ。大切に使えば数年は持つ」

「こんなにボロボロでもか?」


 魔王の剣は刃毀はこぼれこそしていないが、店に並ぶもののような輝きはない。柄も掴み易いものの、黒ずんだそれはもう何年も使い古されたものだと解る。


「それはボロボロの内には入らないよ。まあ、剣の寿命は使ってるお客さんの腕次第で変わってくるものさ」

「そうなのか・・・・・・」

「私としては寧ろ、折れた方が気になるね。何をやったらそうなるんだい?」

「刀身ごと掴まれて・・・・・・そのまま折られたというか・・・・・・」


 黒衣の男の奇妙な爪の剣で握り潰された、とは言えず、曖昧な回答をしてしまう。怪訝に思っても仕方がない魔王の言葉に、店主は先程とはまた違う驚き方をする。


「掴まれて折られたって・・・・・・まさか、魔族にでも襲われたのかい?」

「まあ・・・・・・似たようなものに、な」

「剣が折られただけで済んだなら運が良いじゃないか。・・・・・・全く、化け物は一体いつになったらいなくなるのやら」

「・・・・・・」


 あからさまに吐かれる悪態に、魔王は何も答えることが出来なかった。

 これが、現実。人間による魔族への認識だ。魔族は畏怖の対象であり、人間からすれば化け物でしかない。


「話は変わるが、お客さんは剣の腕には自信あるかい?」

「無論だ」


 魔王はさっき黙った分、ここぞとばかりに肯定をはっきりと主張する。それを聞いた店主が満面の笑みを浮かべる。


「それなら、役所へ行けば仕事を募集してると思うよ。この街は平和だから、危険な仕事を進んでやる人がいなくてね」

「剣を買える程の金が集まるのか?」

「すぐに、とはいかないが・・・・・・今ならあの問題があるからね」

「?」


 店主の言っていることが解らず、魔王は首を傾げた。




 店を出てから、店主の言っていた意味が何となく判った。


「(店主の言っていたのはこのことか)」

『おそらくは・・・・・・』


 場所はブリュートの中央広場。人々が行き交い、多くの店で賑わっている。

 だが、人や店の数は多くとも、それほど繁盛しているようには見えない。まだここよりもずっと小さなヴァナディスの路地に並んだ商店の方が活気があった。そこに集まる客は店に訪れるも、殆んどが不安な顔で商品を眺めている。特に食料品や飲料水などに関しては極端で、自然と避けられているように思える。売る側にも覇気が感じられない。

 それらの原因は広場の中心の噴水にあった。

 町のシンボルでも兼ねているのか、広大な広場でも存在感が強い噴水は目立っていた。独特の形をした五メートル程の高さの噴水は、様々な角度から水を噴き出し、時間によって出る量が変わるなどとても幻想的だ。長時間眺めていれば、更にいくらかのパターンも見られるかもしれない。

 しかし、それを今から見るには耐えられなかった。それは、噴水から噴き出す水の色が紫色をしていたからだ。

 ただ水が紫色に変色したというより、元々その色だったかのような液体が噴水から流れている。本来は足を入れても良いように設けられた浅瀬も、現在では紫色のヘドロが溜まっていた。よく周りを見ると、広場の周囲を円状に囲むよう水が吹き出ているのが見える。おそらくは広場の外周にも噴水が設置してあるのだろう。こんなものに囲まれては気分が悪くなるのも無理はないと魔王は思った。


「(これは危険云々の問題ではないだろう)」

『そうですね。どう見ても、自然に起こった現象ではありません』

「(バルデルト湖の水精霊に何かあったか)」


 ブリュートの町はバルデルト湖から近い位置にあることから、水道には湖の水が流れる。噴水など、水を大量に使う装置は特にそうだろう。ならば、必然的にバルデルト湖――即ち、バルデルト湖に住む水精霊たちに何かがあったということだ。水精霊の恩恵を強く受けているバルデルト湖だから間違いないだろう。


『まずは役所で現状を把握するべきですね』

「(そうだな)」


 魔王は広場を離れてブリュートの役所へと向かった。

 役所は広場のすぐ近くにあり、初めてここを訪れる魔王でもすぐに判る建物だった。町の雰囲気の中でも堅く、如何にも“役人が集まる場所”といった場所だ。

 近づくと、思った通り、役所の文字が見えた。魔王はその足で中へ入る。

 中へ入ると、受付などを行う広間は人で溢れていた。おそらくは住民による水の苦情だろう。職員が何度も謝りながら対応する姿が見える。

 受付の中では、机に積み上げられた書類と睨めっこする者や、一部の職員同士で集まって深刻な顔をしながら話し合っている者が確認できる。あんな姿を見せれば、住民の不安はますます増すだろう。


「(どう見ても話を聞ける状況ではないな)」

『待ってもあまり変わらなさそうですね』

「(出直すという手もあるが・・・・・・どうするか)」

『困りましたね・・・・・・あら。魔王様、奥の職員がこちらを見ていませんか?』

「ん?」


 言われて奥を見ると、職員の一人と目が合った。それを合図に、職員は他の同僚へ声を掛けてから、魔王の元へ若干慌てた様子で駆け寄ってくる。


「あの・・・・・・失礼ですが、冒険者様でしょうか?」

「ああ、そうだが」


 少し髪の寂しい職員は魔王に駆け寄るなり、控えめに尋ねてきた。


「やはりそうですか! 是非お願いしたいことがあるのですが宜しいでしょうか!?」

「問題ない。丁度仕事を探しにきたところだ」

「ありがとうございます! どうぞ、こちらへ」


 職員のお願いとやらを聞くために、その内容を知らないまま魔王は中へ案内される。

 職員同士集まっている場へ連れて行かれると思いきや、受付の奥の更に奥にある部屋へと通された。そこも受付の場と同じように机が並べられ、職員が書類を忙しなく書き込んでいる。

 その中でも一番忙しそうなのは、一番奥の机の場所だ。そこでは五十代前後の女性を中心に、職員がいくつか指示を受け対応を取っている。

 魔王を連れた職員は中心の女性に寄り、声を掛ける。少し言葉を交わした後、魔王へと目を向けて椅子から立ち上がった。周囲にいた職員を下がらせ、女性は当たり障りのない笑顔で魔王に近づいてくる。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」

「あ、ああ・・・・・・」


 今度は間仕切りをした小室へと案内される。椅子を勧められて魔王は座り、女性も対面へ腰掛ける。そこで改めて女性を見た。

 女性の顔はよく見ると皺が目立ち、短く纏めた金髪には白髪が混じっている。最初抱いた年齢よりもずっと上なのかもしれない。もしくは、心労が耐えない日々を送っているせいで老けて見えているだけなのか。


「改めまして、本日は我々の要求は受け入れてくださりありがとうございます。私は町長のマーシャと申します」

「ま・・・・・・クルスだ。まだその要求とやらを聞いていなのだが・・・・・・」


 魔王、と言い掛けて慌てて直す。正直、この名前をあまり名乗りたくない魔王だったが、本名をここで言うわけにもいかない。身体を完全に取り戻すまで、我慢するか慣れるしかないだろう。

 魔王が要求を知らないと答えると、マーシャは怪訝な顔をする。


「案内した職員は何も説明しませんでしたか?」

「いや。冒険者か否かを訊かれただけだが」

「まったくもう・・・・・・」


 マーシャはこの場にいない職員に呆れた顔をすると、魔王に説明を開始する。


「今ブリュートに流れる水が汚染されていることはご存知ですか?」

「広場の噴水を見させてもらった。ブリュートというよりはバルデルト湖が汚染されていると言った方が正確だろう」

「その通りです。汚染の原因はバルデルト湖――そこに住む水精霊である可能性が強いと我々も考えています」

「“考えて”いるということは、確定情報ではないのだな。調査がうまく進展しないのか? 国は何をやっている?」

「それが・・・・・・」


 マーシャは言葉を濁す。おそらくは国外の冒険者である魔王へ国内の情報を話すかどうか判断しているのだろう。

 やがて、マーシャは口を開く。


「国には報告をしましたが、どうもうまくいっていないらしくて」

「そんなに今のバルデルト湖は危険なのか?」

「はい。現在のバルデルト湖の周囲には何やら瘴気が漂っているらしく、そのせいで調査が難航しているのです」

「だから、腕利きの冒険者に知恵を借りようというわけだな?」

「仰るとおりです」


 マーシャが申し訳なさそうに頷く。

 国内で対処できないのであれば、国外の知識を頼ればいい。意地になるよりは実に効率に良い考えだった。しかし問題なのが、国家クラスでもどうにもできない事態となると、余程の事例だ。一種の魔術による作用ならまだしも、精霊相手となると魔王個人の知恵では対応し切れない可能性がある。


「実は昨日も同じように頼んだ冒険者の方がいらっしゃったのですが・・・・・・・」

「逃げられたのか?」

「それならそれで良いのですが、その方は昨日の朝方にバルデルト湖へ行ったきり未だに戻っていないのです」

「・・・・・・それはまずいのではないか?」

「もう、かなり」


 最初に訪れた職員が必死に魔王に声を掛けたのはそういった理由もあったからなのか、と内心で舌打ちする。魔王は立ち上がり、身支度を整える。


「分かった。今すぐバルデルト湖へ向かってそいつを連れ戻してくる」

「よろしくお願いします」

「仕事内容は、バルデルト湖の調査と昨日から帰ってこない調査員の確認でいいな?」

「とりあえずはそれで。これがバルデルト湖への地図です」


 マーシャから地図を受け取り、コートのポケットへとしまう。


「様子を見てきてからまたここへ伺わせてもらう」

「わかりました。お気をつけて」


 マーシャに見送られて魔王は役所を出た。

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