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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
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エピローグ

 魔王はシフィア王城より少し人里離れた場所にいた。

 誰の手も加えられてない自然の森で、当然人気はない。夜の闇のせいか、猛獣がいても不思議ではない場所に思える。


「はは、あははっ」


 魔王は乾いた声を漏らす。

 どうやって王城から脱出したのか、魔王は全く覚えていなかった。気付けば人気のない場所で突っ立っていた。

 背後には人の気配がする。それがセシリーなのだと見なくても解るが、そちらに目を向ける余裕すらない。


「・・・・・・何だ、これは」


 魔王は激しい自己嫌悪に陥る。

 自分自身の身体が、バラバラに遥か彼方に飛び散る姿を見て、恐怖で震え上がる。この感情は、過去に一度自身で破壊する計画を立てていた時には想像も出来なかったことだ。こんな恐ろしいことを自分の手でやろうとしていたのか、と思うと、魔王は過去の自分を殴りたくなってきた。セシリーの忠告は最初から正しかったのだ。

 しかし、それ以上に魔王は自分自身に憤りを感じていた。

 ――何も、出来なかった・・・・・・。

 魔王は魂だけ封印から逃れ、人間クルスと成り済ました日々を振り返る。

 神、天使と逢うことすらないと思われた存在や、『銀』に『神殺し』と人間になって初めて知った存在まで、たった数日間の間で多くの大物と出逢った。

 その多くに助けられ、狙われた。魔王はといえば、ただそれらに振り回されただけだ。

 この数日間、魔王は何もしていない。得た戦友を失い、自身の本来の身体さえも遠く手の届かないところまで行ってしまった。


「私は一体何なんだ」

「魔王様・・・・・・」

「私はフレイアースの言う通り消えるべき存在なのか」

「そんなことありませんっ!」


 魔王の自嘲にセシリーは真っ向から反論する。


「魔王様は立派なお方です。それをわたくしはよく知っています。お身体の方は散らばってしまいましたが、これから探せば――」

「探す? あれを、どうやって?」

「現在は地道に歩いてしか方法はありませんが・・・・・・ここでくよくよ立ち止まるよりはずっと良い筈です。魔王様のお身体はほんの一部でも強大な力があるのですから、今からでも動かなければっ!」

「見つけてどうする。どうせ、また狙われ奪われるだけではないか」


 魔王国。フェルミア。クリスティーナ。

 全部魔王が求め、失ったものだ。魔王が未熟だったが故に。魔王が求めたからそれらは奪われた。


「私が何かを求めることで誰かを失うのならば、私はもう何もいらないっ!」


 切実な願いだった。

 魔王は自身が求めることで、何かを失うことがとても恐ろしかった。本当は傍に居てほしい。だが、魔王の側にいることで狙われるというのならば、決断しなければならない。


「だから、セシリー――」


 自分自身でも弱々しいと分かる声で、


「契約を解除してくれ」

「っ!」


 セシリーに使い魔の契約を切るよう頼んだ。これ以上巻き込みたくはなかった。いつも側で支えてくれていたセシリーだからこそ、魔王は生きていてほしいと思う。

 セシリーは、驚いたかと思えば、みるみる顔を真っ赤に染めていく。今まで主である魔王には一度も見せたことのない表情だった。


「魔王様、失礼します」


 言いながら、セシリーは魔王に飛び掛った。そして、握り締めた拳を魔王の横顔に叩き込んだ。

 魔王はその衝撃で木に背中を思い切り打ちつける。だが、魔王には痛みよりも驚愕の方が勝った。

 セシリーと出逢ってから、現在まで殴られたことはなかった。主と使い魔の関係を抜きにしても、セシリーがそういった行動を魔王にはしないだろう、と勝手に思い込んでいたことから、衝撃はより強かった。


「バカなこと言わないでくださいっ!」

「・・・・・・セ、セシリー?」

「少しの失敗が何だって言うんです? 諦めないでください! 先程『銀』に言ってことをもう忘れたのですか。これが運命なら変えてしまえばいいんです。良い方向へ。魔王様が、フェルミア様が、クリスティーナ様が――死んでいった仲間たちが納得できる未来を魔王様が創ればいいんです!」


 肩を強く掴み、セシリーは魔王を押し倒すような形で訴える。


「王ならば、交わした約束は死んでも守るのではなかったのですか? 失うのが怖いのなら――何も失わない強さを得てください。わたくしも魔王様と共に腕を磨きます。だから、フェルミア様の理想を、クリスティーナ様との約束を、わたくしとの契約を――忘れないでください」


 そう言ってセシリーは魔王の身体に倒れ込んだ。肩に顔を埋め、嗚咽を漏らす。それを魔王は抱き返す。

 その姿を見て、魔王は自身がどれだけ自分勝手なことばかり言っていたのかを思い知る。


「世界が魔王様を否定しても、わたくしは魔王様の使い魔で在り続けます。・・・・・・ですから、これからもお側に仕えさせてください」


 そして、魔王は思い出す。セシリーと最初に逢ったことを。

 魔王とセシリーの交わした使い魔の契約やくそくは、正に今の言葉通りであった。

 自分にあるかどうかも分からない運命に怯え、そんなことも忘れていた。


「心配をかけてすまなかった。私はこの数日で臆病になっていたようだ」

「そんなことは――」

「人間の身に堕ちたせいで随分と弱くなったものだ」


 魔王は人間の身体となって弱くなった。

 しかし、それは今の魔王にとって苦には感じられない。寧ろ、清々しい程だ。

 力を失った代わりに、以前にはなかった掛け替えのないものを得た。それが今の魔王をそんな気持ちにさせてくれる。


「魔族である魔王の魂を宿した人間――魔族にも人間にも成れる私だからこそ出来ることを探して行こうと思う」

「わたくしはそれを全力でサポート致します」

「ああ、頼む。・・・・・・まずは、私の本来の身体を取り戻そう」

「畏まりました」


 魔王は決意する。

 過酷な道へ自ら進むことを。死んでいった仲間たちとの約束と、その実現のために。

 ――せめて、今はこの使い魔を泣かせないくらいには強くなければな。

 魔王は心にそう誓うと共に、セシリーを抱く手に力を入れた。




 魔王の身体が大陸中に散った夜。ヴァナディス神殿国からそれを眺める者がいた。


「始まりましたわね」


 教会堂の窓から見える複数の流星に、フレイアースは呟く。


「これが災厄の前兆、ですか・・・・・・止めることは本当に出来なかったのでしょうか」


 フレイアースよりやや後ろに隣に立つルクソースは困惑した顔で尋ねる。声色から、このことを事前に知っていて行動に移さなかったフレイアースを責めている様子はない。


「これは運命なのです」

「運命、ですか・・・・・・」

「避けることも止めることも、ワタクシですら不可能です。運命によって結果は決められているのですから。・・・・・・止めようとしても、過程が変わるだけです」

「では、今後我々はどうすれば良いのですか!?」

「そのための、彼女です」


 フレイアースが微笑むと、ドアが控えめにノックされる。

 どうぞ、と答えると、真新しい司祭服を纏う青年が入室してくる。


「ほ、報告します。保護していた少女がお目覚めになりました」

「そうですか。ありがとうございます」


 待ちに待った報告にフレイアースは喜びを隠し切れない。つい自然にほころんでしまうと、目の前の青年司祭が動揺しているのに気付く。


「そういえば、見かけない顔ですね」

「はいっ! じ、自分はつい先日司祭に昇格したローズであります! フレイアース様にお逢い出来て光栄です!」

「そ、そうですか」


 興奮しているローズの勢いに圧倒され、フレイアースは少々たじろぐ。

 司祭は大司祭の下に当たる階級の一つだ。それだけだと、明らかに二十歳前半のローズには不釣合と思われるもしれない。

 だが、ヴァナディス内の階級は他国の宗教国家と比べてかなり特殊だ。枢機卿すいきけいの階級を廃止し、大雑把に大きく司教、司祭、助祭と三つに分けられている。

 司教は、ヴァナディス内では軍部に当たる。他国と違い『軍隊』を持たないヴァナディスでは、代わりに精鋭の戦士が存在する。万が一ヴァナディスが他勢力に攻撃されることがあった場合、それを防ぎ、国を守る役割を持つ階級が司教だ。表に出てこないため、この階級の存在を知らない国もあるだろう。

 司祭は、一般的によく知られている階級で、人々を導く政治的な部分を勤める。他国と武力以外の方法で交流を行い、国内でもヴァナディスと国民のために日々活動している。そして、その中で一人司祭を選別し、大司祭として国の代表を選ぶ。

 そして、それら二つの階級を支えるのが助祭だ。助祭として活動後に、一定の条件を満たした者は、その特徴に合わせて司教か司祭に選ばれる。

 こう聞くと、司教と司祭に関しては階級というよりは、部署に近い意味合いになる。実際には間違っていない。ヴァナディスでは年齢に関係なく、優秀な者をそれに合った部門で活躍されるために、こういった方法をとっている。

 そのため、ローズのような青年でも司祭となることが出来る。何十年も司祭をしている者より得る権力はまだ劣る部分はあるだろうが、同じ発言力はある。望めば、フレイアースに直接何か提案することも出来るのだ。

 しかし、フレイアースは国民が崇める神だ。司祭になったとはいえ、青年のローズに落ち着けというのは酷な話なのかもしれない。


「こら、ローズ。あまりフレイアース様に時間を取らせるでない」

「はっ! も、申し訳ありませんでした」

「構いませんよ」

「では、お部屋に案内致します」


 ローズを先頭に廊下に出る。

 点々と灯りがある廊下に、同じ模様の扉が複数並んでいる。昼間では綺麗に見える廊下も、暗くなっただけで雰囲気が全く違ってくる。そして、暫く歩いた先に少女が休んでいる部屋の前に着く。


「こちらです」

「ありがとうございます。ワタクシが良いと言うまで下がっていてください。二人きりで話がしたいので」

「わかりました」


 フレイアースは扉をノックする。

 返事がない。怪訝に思いながらも、失礼します、と言って入室する。

 部屋は寂しい内装だった。即席で用意したようなベットと、机や椅子があるだけで他には何もない。少女はベットで横になっているわけでも、椅子に腰掛けているわけでもなかった。

 少女は窓側に立ち、外を眺めている。つい数分前まで、魔王の身体が流星となって散った空を、今も見つめていた。


「体の具合はいかがですか?」


 フレイアースが尋ねると、少女がこちらに振り向いた。肩までかかる綺麗な赤毛を揺らし、不思議そうにフレイアースへ目を向ける。しかし、見ながら何か全く別のことを考えているようだ。


「何とも。・・・・・・あなたがわたしを助けてくれたの?」

「そうですよ」

「どうして?」

「困った人々を助けるのが、ワタクシたちの務めですから」

「困った人々を、助ける・・・・・・」


 少女――クリスティーナが、フレイアースの言葉を繰り返す。


「まずは自己紹介から、ワタクシの名はフレイアース。・・・・・・あなたは?」

「わたしは・・・・・・」


 クリスティーナは悩むように落ち着きがなく目を彷徨わせる。その様子から、フレイアースはクリスティーナに起こっている事態を理解した。


「何も憶えていないのですか?」

「断片的しか。わたしが誰なのかも・・・・・・どこに住んでいたのかも、何も思い出せない。フレイアースはわたしのこと何か知ってる?」

「詳しいことは何も。自分の名前も、本当に思い出せませんか?」


 本当は嘘だが、全く知らないふりをする。この事態はフレイアースには予測済みだった。

 一度死んだクリスティーナを蘇らせ、フレイアースは記憶を消した。今日からあるべき姿へと成長させるため、余分な記憶をなかったことにしたのだ。だから、クリスティーナはフレイアースを目の前にしても、以前のような行動はしない。

 クリスティーナは頭を手で押さえる。必死に思い出そうしているのが解り、手を貸したくなるがフレイアースは黙って見守った。

 やがて、口をゆっくりと開く。


「・・・・・・クリス。そう、呼ばれていた気がする」

「そうですか。では残りの記憶はここでゆっくりと思い出していきましょう」

「ここで?」

「ええ。焦ることなど全くありません。何か不都合でもありますか?」


 フレイアースの言葉に、クリスティーナが戸惑いを見せる。


「だって、わたし・・・・・・自分ことすらよく解ってないし。もしかしたら何か悪いことしてこうなったのかもって――だから、迷惑かけたくないっていうか」

「そんなことはありませんよ。それに言ったでしょう?」

「え」


 クリスティーナ、もといクリスは呆気にとられた顔をする。


「困った人々を助けるのが、ヴァナディスの務めなのです。一緒に記憶を思い出していきましょう」


 フレイアースは手を差し出す。クリスも、躊躇いながらも最後にはフレイアースの手を取った。


「よ、よろしく・・・・・・」

「こちらこそ。――ようこそ、ヴァナディス神殿国へ」




「ついに、この日が来てしまったのね」


 二十歳前後の女性が、空に流れる魔王の身体を見て呟く。

 女性は腰の中程まで届くさらりとした薄い青色の髪に、丸みを帯びつつもほっそりとした小顔。腰は括れ、四肢はすらりと伸びている。街中を歩けば、一目を惹く整った顔立ちの女性は、そんな彼女には不釣合いのところでそれを眺めていた。

 場所は森林地帯から伸びた丘。その森林地帯は危険な猛獣が住むといわれ、商人などでは絶対に避けねばならない場所として知られていた。それでも女性は、背中に剣を携えるだけの装備でそこにいた。


「これからどうすんの?」


 女性からやや離れた場所でエストレイアは尋ねた。

 突然の来訪に、女性は動揺すら見せない。


「魔王の身体は大陸中に散った。あたしは計画通り動くだけよ。それ以上のことをするつもりはないわ」

「魔王くんには逢わないの?」

「そんな計画はない」


 冷たく言う女性に、エストレイアはつまらない顔をする。

 エストレイアの集めた情報と、目の前の女性が一致しない。外見上の特徴のみが合っていて、それ以外は全くの別人のように感じられる。他人の空似と決め付けるには、女性の言葉はエストレイアの情報が正しいことを証明していた。


「でも、心配なんだよね? ヴァナディスでちょっかい出したこと、あては知ってるよ?」

「あの人のために、あたしは今ここにいる」


 からかいたくても女性は態度を変えることはない。表情一つ変えず、淡々と言葉を紡ぐ。


「いつまでもあいつに好き勝手やらせるつもりはない。だから、こんな運命シナリオはあたしで潰す」

「魔王くんは愛されてるねー。心配なら隣で護ってあげれば?」

「それはセシリーがやってくれるわ。あたしである必要はない」

「それでも魔王くんはきみのことを知ったら逢いたがると思うよ?」

「そんな計画はない。二度とあたしに近づくな」


 女性はそういってその場を立ち去った。

 最後の最後まで“本音”しか言わなかった女性にエストレイアは訝しむ。何かがおかしいと分かっていても、その何かが解らない。女性の口にした『運命』も、重要なことは伝わったが知らないことだった。

 エストレイアは『ディオ・リナ』を管理する神だ。大体のことは解るし、調べられる。それでも例外はやはりある。今話をしていた女性はその数少ない例外だった。

 ほんの数日前まで存在すら観測されず、知ってからは会おうと試みても痕跡すら残さずに逃げられた。そして今日会うことに成功したが、向こうの方が待っていてくれたようだった。

 追いついた、のではなく、追いつくのを待ってもらっていたのだ。おそらく、しつこく追い回すエストレイアに苛立ち、最後の一言を伝えるために、敢えて追いつかせたのだろう。

 本当に素性通りなのかも疑わしい。


「考えても仕方ないか」


 エストレイアは女性が立っていた場所を見て大きく息を吐く。


「あてはあてで動くとしますか」


 そういってエストレイアもその場を立ち去った。

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