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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
18/25

第17話:堕天使

「――攻撃、来るわ!」

「ちぃっ!」


 クリスティーナの言葉で、魔王は反射的に横に飛んだ。

 すると、魔王が立っていた場所に光球がいくつも通り過ぎ、そのまま直進にあった木々に直撃する。木々は根元ごと薙ぎ倒され、その場の環境を一瞬で変える。あれが魔王かクリスティーナに当たれば、痛いでは済まない。


「隠れるのはやっぱり無理ね」

「厳しいが、走り続けるしかあるまい」


 光球から逃れ、魔王とクリスティーナは駆け出しながら攻撃が来た方角を見やる。

 少し離れたところから、緑の鎧を着込んだ天使――権天使が大勢詰め掛けてくる。おそらく上空にも何体かいるだろうが、木々の葉によって上からこちらが直視できない。つまり、後ろの天使たちを振り切ればうまく逃げ切れる可能性があるというわけだ。

 ――都合良くいけば、だが。

 魔王とクリスティーナは、ヴァナディス神殿国内でフレイアースの手の者に襲撃を受けながらも、何とか国外へ脱出してきた。襲撃者たちからは逃げおおせたものの、国を出た途端天使たちがやって来て現在に至る。

 権天使自体はそれ程脅威的な存在ではない。一体一体の実力は、飛べることを除いては人間の兵士一人と然程変わらず、魔王でも簡単に退けられた。

 しかし、それが何十体となれば話は別だ。飛べることによって機動力もあり、ヴァナディス周辺の地理では明らかに天使側に分がある。倒しては逃げ、隠れては見つかり、と繰り返している内にそれだけで何時間も経ってしまった。時間が経った分だけヴァナディスからも距離を取ることが出来たが、天使たちの追っ手は一向に減ることはない。

 今はうまく森の中でやり過ごしているが、いつまでも続かないことは魔王だけでなくクリスティーナにも解っていた。魔王とクリスティーナは休むことなく逃げ続けているため疲労が激しい。力尽きて捕まるのは時間の問題だった。


「今度は上――数が多い!?」

「・・・・・・っ!」


 慌てて上空を見ると、魔王とクリスティーナを覆い隠してくれていた木々の葉の隙間という隙間から、強い光が差し込んでいた。魔王は眩しくて目を細める。

 その間、クリスティーナは両手を掲げて魔法陣を展開する。展開が完了すると同時に、空から光球が雨のように降り注いだ。


「ぐっ・・・・・・!」


 クリスティーナが光球の衝撃で苦悶の声を漏らす。

 光球は何度も魔法陣に張った障壁に当たり、その衝撃の強さからクリスティーナの足場が陥没する。よく見ると、光球は魔王とクリスティーナだけでなく、全く関係ない場所まで降っている。どうやら、先程の権天使たちの攻撃を見て当てずっぽうに光球を乱発しているようだ。上空から乱発された光球は木々に直撃し、次々に地面に叩き付けられる。

 やがて、豪雨のような光球の攻撃が止み、魔王とクリスティーナの周りには何もなくなっていた。そこいらにあった木々が砕かれ、地面に生えていた草も抉られ、周囲一帯が荒地と化している。

 そして、木々が消えた荒地に権天使たちが踏み込んでくる。魔王とクリスティーナを囲み、完全に逃げ道を塞がれる。更にその上空には――


「フレイアース!」


 『ウィルフレド・イマ』の神が魔王とクリスティーナを見下ろしていた。その周りには五体の蒼い鎧を纏った天使――能天使エクスシアがフレイアースを護るように控えている。


「やっと足を止めてくれましたか。待ちくたびれましたよ」

「神自ら戦場にお出ましとは――今日は厄日だな」

「命日、の間違いでしょう? クリスティーナ姫をこちらに引き渡してくれのであれば、もう暫く延命させてあげても構いませんけれど」


 フレイアースは余裕な態度で魔王を見下みくだす。フレイアース自ら出てきたことから、勝つことに確信があるのだろう。

 そんな神を他所に横目でクリスティーナに声を掛ける。


「人気者なのだな、クリスティーナ」

「茶化さないで。・・・・・・あんなの趣味じゃないわ」


 魔王とクリスティーナは剣を構える。示し合わせたわけでもないのに、お互いにやるべきことが解っていた。

 フレイアースはそれを、まだやるのか、といった疲れた顔で見る。

 両者はすぐには動かない。動いた瞬間が勝負だからだ。

 この場に緊迫した空気が漂う。

 だが、暫く続いたそれも、唐突に終わりを告げる。


「・・・・・・っ!?」

「何!?」


 魔王とフレイアースとの間に巨大な発光体が出現する。そして、光の中心から黄色の五芒星の魔法陣が展開し、徐々に扉の形へと変化していく。


「こんな場所に、転移門・・・・・・!?」


 フレイアースが声を荒げ、僅かながら動揺を見せる。

 突然の横槍に、同じヴァナディスの魔法陣。それがいきなり現れれば、フレイアースでなくても動揺する。現に、魔王はこの状況を理解出来ずにいた。

 フレイアースが言った通り、これは転移門特有の魔術だ。莫大な魔力から形成されたであろう扉は、魔王でも初めて見る大きさのものだった。一人二人通るといったものでなく、おそらく何十もの数が押し寄せてくるだろう。

 ――何故、このタイミングで――それも転移門などという魔術を・・・・・・? 一体誰だ?

 魔王の疑問は魔術を使う者なら尤ものことだった。

 転移門は、遠くから特定の場所に移動する魔術だ。だが、便利に見えるその魔術は、現代ではあまり使われていない。現在のように門を出現させるだけでもかなり目立つ上に、移動するだけで普通の魔術よりも多くの魔力と労力を必要とするからだ。更にそれに気づいた敵に門の前で待ち伏せられるリスクもある。前世紀の戦争では奇襲として用いられたことがあったが、戦う前から大半の魔力を失うことになってしまうため、本当に緊急時でもない限り使われなくなった。

 戦時ではない時でも、国境付近で転移門が見つかれば、それだけで攻撃と判断されかねない。だから、使うには細心の注意を払う必要がある。


「転移門の入り口を固めなさい!」


 フレイアースの指示で魔王とクリスティーナを囲っていた一部が門へと移動していく。

 天使たちが少なくなったことで包囲が緩くなった。

 ――逃げるとすれば、今がチャンスだな。

 チャンスを窺い、魔王は転移門の方へ注意を向けた。あそこから現れる何かによって状況が変わる。

 しかし、状況は門が開かれる前に変わった。

 全く誰もが意識していない方角から、大砲の弾を発射するような音が響いたと思えば、門に近づいた天使の内一体が爆発した。


「――っ!」


 爆発した天使の身体は黒焦げとなり、地面に鈍い音を立てて落ちる。それをこの場の全員が呆然と眺めている。

 再び砲撃音が響き、門付近の天使が次々に撃ち落されていく。見たところ、爆発する箇所が一定の方角からのものと解る。それでやっと、そこから砲撃されていることに気づく。

 ――だが、一体どうやって!?

 大砲は城壁や城門などに設置され、外壁から来る敵を爆発によって殺傷するための兵器だ。また、強固な城壁を破壊するためにも用いられる。その威力は国によって違うが、魔術を必要としない兵器としては最大だ。

 だが、大砲そのものが砲撃の衝撃に耐えられるよう頑丈に作られているため、必然的にかなりの重量となってくる。戦争でも、遠征となれば運ぶだけでも苦労する。それに軍隊や城などと、標的が大きいからこそ大砲の弾は当てられる。とはいえ、実際に弾に直撃して死ぬことはあまりない。弾の爆発があるからこその殺傷力だからだ。

 そのため、求められるのは爆発の威力と発射の更なる長距離化――そして、大砲の軽量化と照準の正確度だ。未だに簡単に持ち運びができ、正確に標的を撃ち抜く大砲を保持している国は存在していない。

 だからこそ、一体一体天使が砲弾で正確に撃ち抜かれている光景が信じられない。魔王とは専門違いなだけに困惑が増す。

 やがて、砲撃していると思われる方角から、高速でこちらに移動する影が映る。

 それは、闇夜に溶け込むかのような黒い翼。穢れの無さを示す頭の輪は、一切の光を拒絶した漆黒。本来纏うべき神の僕と位を表す鎧の代わりに、白い修道服を模した格好をしている。

 現れたのは、天使。

 魔王の周りにいる同じ天使。しかし、全く正反対の存在。

 突如として脅威を振り撒いたのは、神へ反逆する天使――堕天使だ。翼とは違い、綺麗な長い金髪が風で靡く。


「全員。動かないでくださる?」


 そう言って、堕天使の女は両手で抱えた“それ”をクリスティーナへと向ける。


「・・・・・・へ?」


 クリスティーナは突然向けられた脅威に頓狂とんきょうな声を漏らす。

 白い修道服の堕天使は糸目のような細い目で、冷ややかにフレイアースを見上げる。位置は丁度、転移門と魔王たちの間で止まっている。本来、神に仕える筈の存在のありえない行動に興味を抱きつつも、堕天使の持つ“それ”に意識させられる。

 堕天使が手にしていたのは、おそらく武器であろう鉄の細長い塊だった。塊の先端は大砲の砲口を縮めたような細い筒状になっており、天使の手元の方には魔王が見たこともない装備が沢山付いていた。正体不明の武器は、槍にしては先端に刃なく、殴る棍棒だとしても全体的に細過ぎる。その長さだけならば、使っている張本人の身長を軽く越している。

 つまり、先程の砲撃の正体が堕天使の持つ武器だ。

 天使を一撃で葬る武器をクリスティーナに向けながら、堕天使はフレイアースに声を掛ける。


「お久しぶりです、フレイアース。数百年ぶりですが、お元気でしたか?」

「ええ。アナタ方が大人しくしていたので元気に過ごせましたよ」

「それは残念です。それなら、元気な内に殺して差し上げましょうか?」

「結構です。それよりも、その銃口を彼女に向けるのはやめてもらえないかしら?」


 フレイアースの頼みを聞き流して堕天使はクリスティーナを一瞥する。その一瞬見せた口元は釣り上がっていた。


「貴方の大切なものを壊せば、どれだけ気持ちがいいでしょうか。楽しいでしょうね、きっと最高です・・・・・・だから、いっその事ここでこの小娘の頭を潰れたトマトのようにグチャグチャにしてから腹を切り裂いて中の臓器をてめぇの顔にぶちまけてやろうかぁっ! あぁっ!?」


 一瞬だけ残虐な笑みを浮かべてから、恐ろしい形相で堕天使はフレイアースに怒鳴り散らした。いきなりの豹変にクリスティーナを始め、周囲にいる天使たちは全員引いている。

 対して、言葉を向けられたフレイアース本人は飄々(ひょうひょう)としている。


「相変わらず、アナタのその口汚さは変わらないですね。元天使とは思えません」

「何も、貴方に認められたくて生きているわけではありませんから、どう評価しようと結構。つーか、死ねよ」


 爆発音が響く。

 堕天使はクリスティーナに向けていた武器を、目に見えぬ速さで即座にフレイアースに向けて砲撃した。不意を突かれたフレイアースに弾が直撃し、周りにいた能天使たちは爆風に煽られて陣形を崩す。


「そんなに大切ならしっかり護ってろよ、能天使共! んだからあっさりられちまうんだよっ!」

「――その意見にだけは大いに同感だ」


 爆風が強くなり、煙が綺麗に排除される。

 そこから、また新たな天使が現れた。

 純白の鎧を纏った男の天使。全体的に白いせいか、夜に浮かぶその天使は存在感を強く見せた。


「ご無事か、主よ」

「・・・・・・大丈夫です。少しばかり煙たかったですが」

「それは申し訳なかった」


 あまり他の者たちと比べれば言葉に礼儀が足りない天使は、フレイアースを庇うように前に出る。

 それから、堕天使へと向き直る。


「久しいな、リンナ。まだ“アレ”に仕えているようだな。同じ主天使キュリオテテスとして恥ずかしく思うぞ」

「久しぶりなのに私の主をバカにしないでくれる、レイン?」


 まるで旧友にあったかのようなやり取り。実際、古い付き合いがあるのだろう。

 最早、魔王とクリスティーナは蚊帳かやの外だ。


「あまり『ディオ・リナ』で『ウィルフレド・イマ』の兵器を扱わないでもらいたいのだがな」

「一応、これの製造元は『ディオ・リナ』ですよ?」

「――茶番はそれぐらいにして、そろそろ本題に入って貰えませんか。・・・・・・まあ、目的なんて聞くまでもないと思うけれど」

「分かってて付き合ってくれるなんて流石は神ですね。感動し過ぎて引き金を引きたくなりましたよ」


 リンナと呼ばれた堕天使が武器を構える。


「――でも、時間切れです。その役目はあの方にお任せしましょう」


 リンナの言葉を合図に、転移門が開く。

 門よりも更に強い光が漏れ、そこからリンナと色違いの修道服を纏った堕天使たちが大勢飛び出してきた。その手には、剣や槍など魔王も見知った武器から、リンナが使っているような用途不明のものまである。

 いくらか出てから、堕天使の流れが止まる。そして、最後に巨大な堕天使が降り立つ。

 最後の堕天使は二メートルを軽く超え、屈強そうな身体には他の者とは違い、紅い鎧を着込んでいる。しかし、その鎧は普通の天使の鎧とは異なり、両肩に筒状の装飾が成され、それ以外にも身体が大きいとはまた違う意味で全体的にゴツゴツとしていた。

 だが、本当に注目すべきは、その手の中に抱かれた男だ。

 紅い鎧の堕天使に抱かれているせいか、小さく見える。それでも、その存在感はこの場にいる堕天使の中でも群を抜いている。男には翼も無ければ、頭に天使の輪も無い。パッと見ただけではただの人間だ。けれども、ただの人に見えるそれから放たれる気配は、堕天使や人間よりも、寧ろフレイアースに似ているかもしれない。

 紅い鎧の堕天使が魔王とクリスティーナの近くに飛んでくる。それから、神に近い気配を放つ男が、魔王とクリスティーナのすぐ前に背を向たまま着地する。


「お前は、何者だ?」


 気づけば、魔王は訊ねていた。男は問いに答えるどころか、こちらに見向きもしない。その目はずっと、フレイアースへと向けられている。

 答えは男からではなく、フレイアースから発せられる。


「相も変わらず、数百年経ってもその容姿は変わりませんね――“神殺し”」


 その名前に、魔王とクリスティーナは息を呑んだ。

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