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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
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第16話:銀色の刃(2)

 クリスティーナは決断した。

 『ディオ・リナ』の“勇者”になってほしいという願いから、何の疑いなく手を差し伸べるフレイアースを見返す。その表情はこちらが提案を拒否しないと信じた顔だ。それもその筈で、クリスティーナにとっても、それは喉から手が出る程の条件だからだ。

 それでも、クリスティーナの返事は決まっていた。


「お断りします」


 クリスティーナの言葉を聞いた途端、フレイアースは疲れたような顔をして手を引っ込める。心底期待外れと言いたげな目を向けながらフレイアースは言う。


「残念です。アナタはもっと賢い子と思っていましたのだけれど」

「本当に賢ければ、国を乗っ取られるようなことにはなりませんよ」

「・・・・・・どうして、そこまで魔王に拘るのかワタクシには分かりません。カレはアナタにとって仇に等しい存在でしょう? 憎くはないのですか?」


 フレイアースはも当然の疑問を投げかけてくる。

 クリスティーナ自身も、クルスの正体を知った時は憎くて仕方がなかった。殺そうともした。しかし、そこでエストレイアに止められ、魔王の大戦時の出来事を見せてもらった。

 そして、全ての認識の違いに気づく。自分がどれだけ自己中心的な愚かしい人物だったかを――。

 だから、今は自信を持って言える。


「“そんなことはどうでもいいわ”。・・・・・・寧ろ、魔王だって『ディオ・リナ』に生きてる住人の一人じゃない。それなのにどうして排除することに拘るのよ!?」

「あんな規格外の存在を許容できる程、現在の『ディオ・リナ』は安定していません」


 フレイアースが片手を挙げる。

 すると、壁際の床から五芒星の魔法陣が展開される。数え切れない程の魔法陣が黄色く輝くと、初めてこの場を訪れた時のように天使たちが現れる。更にそれ以外の場所からは、ルクソースとはまた違う司祭服を纏った人物が大勢沸いてきた。

 現れた全員が殺意を向けてクリスティーナを捉えている。


「最後のチャンスを上げましょう。アナタの力を『ディオ・リナ』のために“使うか”“使われるか”、どちらか選びなさい」

「どっちもお断りっ!」


 クリスティーナは右手に剣を握ると、左手に魔法陣を展開する。いつもと違い、出現させた魔法陣は巨大だった。

 自分よりも二倍はある大きさの魔法陣。月と太陽を表した魔法陣が一つ、また一つと増え、徐々に小さなものとなっていく。最終的に五つまで出てきた魔法陣が、クリスティーナを包み込む程強く輝き、突き出した掌だけでなく足元にも陣が大きく浮かび上がる。

 それを見たフレイアースが声を張り上げる。


「こんな場所で大規模魔術!? 止めなさいっ!」


 フレイアースの声に反応して天使たちが慌ててクリスティーナに襲い掛かってくる。

 大規模魔術はその名の通り、大規模な術式と魔力で発動させる魔術のことだ。発動させれば、何が起こるか計り知れない。だが、決して良いことばかりではない。大規模魔術は、普段の魔術と比べて桁違いの威力を出せる代わりに、発動までに掛かる時間が極端に長い。そのため、準備が整うまで術者は無防備な状態となる。

 本来ならば、単身で行うべきではない魔術。それを敢えて使った理由は――


「・・・・・・魔術、解除――」


 天使を出来るだけ多く近づけてから、クリスティーナは展開していた大規模魔術を解除した。

 正確には、発動途中の魔術を切り離した。

 大規模魔術を発動させるためには莫大な魔力が必要だ。その魔力を断つことなく術式を切り離した場合、途中まで作り上げていた魔術は決して無かったことにキャンセルされるわけではない。

 空中に浮かんだ、莫大な魔力を制御する術式を組んだ魔法陣が崩れる。制御が利かなくなったため、発光した魔法陣の線から白い火花が散る。


「吹き飛べっ!」


 五つの魔法陣が砕け散り、一斉に爆発した。

 術式につぎ込んだ魔力分だけの威力が、魔法陣を中心に“クリスティーナ以外に”広がる。爆発とその余波に巻き込まれ、周囲にいた天使と司祭たちが吹き飛ばされる。爆発によって生まれた煙がフレイアースたちの視界からクリスティーナを覆い隠す。

 その隙にクリスティーナは“本命”の魔術を発動させる。右手に握った剣から魔法陣が浮かび上がり、刀身を白くする。魔術によって強化された剣を構え、天井を睨む。

 ――憶測でしかないけれど、今いる場所は地下。出口は塞がれている。

 教会堂からルクソースの案内で入れられた狭い部屋。おそらくあそこで感じた浮遊感は、地下に部屋ごと降りたから生じた、とクリスティーナは予想する。その憶測通り地下ならば、壁を破壊したところで地面しか出てこない。元来たところから出ようとしても、あの狭い場所にそのまま閉じ込められる可能性がある。

 ――それなら、天井を破壊して出る!

 そのために脱出の際に傷害となる天使と司祭を爆発で遠ざけ、発生した煙で自身を覆った。

 クリスティーナは剣を天井に向けて下段から勢いよく振り上げた。白く発光した刀身が剣から離れ、“飛ぶ斬撃ざんげき”として天井にぶつかる。激しい衝撃音を響かせ、埃が舞って新たに視界が埋め尽くされる。そして、このまま穴の開いた天井から外に出る――というのが、クリスティーナの計画だった。

 しかし、現実は計画と違った。


「うそっ!?」


 視界が晴れる。

 そこに映ったのは、ほんの少し傷が付いた天井。元々あった汚れの一部と勘違いしてしまいそうな小さな傷跡だ。斬撃をぶつけた場所には、その程度しか攻撃を加えることが出来なかった。

 予想外の展開にどうするか迷うクリスティーナに、今度はまだ晴れきっていない周囲の煙から攻撃が飛んでくる。


「・・・・・・っ!」


 それはつるのように細い線だった。

 クリスティーナをそれを剣で斬り、魔術で弾くも、視力が働かないせいですぐに捕まる。自分を隠すために発生させた煙を、良い様に相手に使わせてしまったようだ。蔓は両腕に絡み付き、やがて地面からも現れて両足も束縛する。

 煙が完全に晴れると、クリスティーナの周囲には少し離れた場所で司祭たちが屈み込んでいた。改めて見るとクリスティーナの立つ地面に黄色に輝く五芒星が浮かび上がっている。どうやらこの魔法陣を司祭たちが形成してクリスティーナを拘束しているようだ。更にその後ろには各々の武器を構えた天使が待機していた。拘束を破ろうものならば、すぐにでも襲ってきそうな雰囲気だ。


「――満足しましたか?」


 縛られたクリスティーナを冷ややかな目でフレイアースは見る。最初と同様、余裕が感じられる。


「対策は講じてあります。・・・・・・昔のフェルミアの襲撃には大変勉強させてもらいましたので」

「会ったこともないし亡くなっている人のことを悪く言いたくないけど――フェルミアさん、憎むわよ・・・・・・」


 最早負け惜しみでしかないクリスティーナの言葉をフレイアースは鼻で笑う。


「最後の最後まで運の無い方ですね。これも運命でしょうか」

「こんな運命――受け入れられるわけないでしょう!」


 クリスティーナはもがくも、手足を束縛する蔓が切れることはない。魔術を展開しようとしても、うまく魔力を使えない。魔術を阻害する何かが蔓にされているのだろう。

 何をしても無駄だと解ったクリスティーナはフレイアースを睨む。


「わたしをどうするの? 殺すなら、さっさと殺しなさいよ」

「そんな現実逃避、アナタに許される筈がないでしょう?」


 現実逃避。死ぬことは、まさにその通りであることをクリスティーナは解っている。だから頑張ってここまで来たのだ。

 フレイアースがクリスティーナに近づいてくる。


「それに、言いましたよね。アナタの“力”は『ディオ・リナ』のために使ってもらいます」


 フレイアースがクリスティーナに触れ合えそうな場所まで近づいてくると、眼前に手をかざす。突き出された掌から淡い光が浮上し、虜にする。眼前にあるからというわけでなく、何故かその光源に目が惹きつけられる。 

 やがて、意識が恍惚となる。視界が歪み、思考が掻き乱される。脳の中を直接弄られている感覚に陥る。自然と不快感はなく、寧ろ脳内がクリアになっていく気さえする。

 ――わたし、何してたんだっけ・・・・・・?

 唐突に、何をしているのか、何をしていたのか分からなくなる。ここはどこで、何のために来たのか思い出せなくなる。どうして拘束されているのか理解が追いつかない。

 ――シフィア――大戦――リブラーク――神――天使――ヴァナディス――

 漠然と単語が思い浮かぶ。

 しかし、意味を見出せない。

 ――クルス――魔王――

 最後に出てきた二つの名前に意識が留まる。

 だが、これも解らない。

 ――なんだろう。とても大切なことを忘れている気がする。

 そう思ってから、急に思考が切り替わる。

 視界が激しく揺れ、尻餅をつく。先程までフレイアースが立っていた場所に、人一人分の大きさの刃が突き刺さっていた。その衝撃で拘束が解けたのだ、と解った途端に思い出す。


「わたし、さっきまで何考えて・・・・・・」


 クリスティーナはついさっきまで考えていたことに寒気を覚える。

 大切なことを――決して忘れてはいけないことを思い出せないでいた。

 その事実にたった今、自分が何をされかけていたのかクリスティーナは理解する。

 ――記憶を消されかけていた・・・・・・?

 『ディオ・リナ』のために力を使うとは、記憶をフレイアースの都合の良いように書き換えて働かせるという意味だったようだ。普段なら違う、と否定も出来ただろうが、相手は神だ。クリスティーナの知らない術を使っても不思議ではない。


「――どうしてこの場所に『銀』が!?」


 フレイアースの言葉で現実に戻る。未だにぼうっとする脳を奮い立たせ、慌てて立ち上がりながら眼前の刃を見る。

 刃は、銀一色の光沢を放ち、汚れすらない。剣のように掴む場所がない刃は、投擲とうてき用の武器かと思ったが、いくらなんでも投げるには大き過ぎる。

 しかし、見上げると、クリスティーナの攻撃にビクともしなかった天井に綺麗な穴が出来ていた。目の前の刃の大きさと一致する鮮やかな斬り口から、疑いようがなかった。

 この銀色の刃は、何者かによって投擲されたのだ。

 ――それにしても、一体誰が?

 フレイアースを狙った襲撃だとしても、あまりにもタイミングが良過ぎる。どう見てもクリスティーナを助けたようにしか見えない。現に、銀色の刃が突き刺さった場所は、司祭たちによって施された魔法陣を正確に貫いている。

 銀色の刃を投擲した者はどう動くのか、と天井の穴や周囲を見ても一向に行動する気配を見せない。代わりに、地面に突き刺さった刃がひとりでに浮上した。


「浮いた!?」


 銀色の刃が重力を無視してクリスティーナのすぐ上に浮遊する。フレイアースとクリスティーナの間に浮かぶ刃は、やはりこちらを守っているように感じられる。

 それを見たフレイアースが苦い顔をする。


「『ディオ・リナ』の伝説が何故我々の邪魔をするのですか。目的は一体何です!?」


 銀色の刃はフレイアースの問いに答える前に、小さく旋回する。

 そして、


「えっ――」


 クリスティーナを荷物ごと刃に引っ掛け、大きな切先を天井へと向ける。


「ちょ、ま――」


 って、という言葉は最後まで続けられなかった。

 クリスティーナの意思とは関係なく、銀色の刃は天井に向かって突貫する。クリスティーナが最初の突入時に開けられた穴に通るよう器用に進み、地上に飛び出す。

 銀色の刃は地上から百メートル程離れた上空で高度を止め、そのままヴァナディスの街の空を飛行する。

 ――わあぁ、綺麗・・・・・・。

 今まで体験したことのない高さで飛んでいるクリスティーナは、恐怖よりも先に感動を覚える。その理由は眼下にあった。

 ヴァナディスの夜の街は賑やかな昼間と違い、とても幻想的に見えた。街の道々を照らす街灯や家内から漏れる光が、所々散らばっている。光源は火をしたり、魔術的に明るくしたりと様々だろう。そんな当たり前の光景も、上空から眺めているせいか、その景色はまるで地上に星が現れたかのようだ。

 現在の状況を忘れてしまうくらいの景色も、次第に高度が下がることで消えていく。

 地上に降ろすかと思いきや、銀色の刃は路地から少し上がった場所を暫く旋回する。最初程ではないが、それでもまだ高い。やがて、行き止まりの壁に到着し、やっとのことで地上に降ろされる。

 嬉しくも少々残念な気持ちを残し、助けてくれた刃を見上げる。


「助けてくれてありがとう。お陰で助かったわ」


 お礼を言うも、銀色の刃は反応を示さない。


「・・・・・・言葉、通じてるのかな?」


 そんな疑問を抱いていると、銀色の刃は唐突に壁に向かって勢いよくぶつかった。教会堂から脱出した時とは違い、強引な破壊を行う。そして、土煙が起こった場所から遥か上空へ飛んでいってしまう。最初と比べて何故か大きく見えた銀色の刃を、いつまで眺めても戻ってくる様子がない。


「一体何だったんだろう・・・・・・」


 呟くも、答えは出てこない。代わりに、破壊された壁の向こうから人の気配がした。

 クリスティーナは剣を構える。先程のようなおくれを取らないよう、相手の動きを慎重に見やる。

 そして、土埃が晴れた場所からは見知った人物が現れた。


「クルス!?」

「クリスティーナ!?」


 同時に声を上げる。

 この状況にクリスティーナは困惑する。クルスの方も同じ反応だった。


「ど、どうしてここに?」

「そちらこそ、どうしてこんな場所にいる。うまくフレイアースから逃げ切れたのか?」


 その言葉からクルスにも何かあったようだ。

 クルスの質問に答えたくはあったが、話が長くなる上にクリスティーナ自身整理がついていない。だから、今言えることは――


「・・・・・・何が何だか」


 そう言うのが精一杯だった。

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