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堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
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プロローグ

 戦いが繰り広げられている。

 シフィア王国の王城から轟音が絶えず響く。半壊した城には、床に家三軒分は並んで入れる大きさの穴が開いている。地下深くまで繋がった穴の中では、激戦が行われていた。


「人間如きが私の邪魔をするな!」


 声を発したのは魔王だ。

 眼前に魔法陣を展開し、目の前の敵を殺すための魔術を発動する。大樹のような太さで放たれた闇色の光が、目標へ真っ直ぐ貫かれる。しかし、魔術に長けた者なら迷わず逃げに徹するその攻撃は、あっさりと剣で両断される。


「だったらあんたが先に死になさいよっ!」


 応えたのは、まだ成人にも満たない少女だ。一本の剣でたった一人で立ち向かい、魔王を足止め――追い込んでいる。

 魔王の魔術を切り裂いてそのまま懐へ飛び込む。


「はあっ!」

「ぐあ・・・・・・」


 魔王は剣で胸を縦に斬られる。血が噴き出し、傷の深さを表す。重傷を負いながらも、次の攻撃に移ろうとした少女の体を魔王の巨体が掴んだ。


「調子に乗るな小娘が!」


 魔王は少女を握る手に力を込める。ミシミシと嫌な音が漏れ、気を失う寸前の少女の手から剣が落ちる。


「十数年しか生きてない貴様に私が負ける道理はないのだ。――何の野望もない小娘が・・・・・・我が願いを阻むんじゃないっ!」


 ありったけの力で魔王は少女を地面に叩きつける。人間なら即死のそれを、少女はしっかりと両足で踏み込んで耐える。



「人間を滅ぼすことが野望――何て憐れなのかしら」

「・・・・・・」

「それに、わたしだって願うことはある。わたしは――みんなの平和を守る!」


 少女は魔王に素手で殴りかかる。魔術で強化した拳を魔王に叩き返す。魔王はそれを腕を交差させて受けるも、勢いを殺せず壁まで吹き飛ばされる。


「・・・・・・ここまで、なのか・・・・・・」


 もう魔術を作り出す魔力が尽きた魔王は、辛うじて肘を突いて地面から体を起こす。


「わたしもこれが限界みたい――だから、これで終わりにする」


 少女が両腕を広げると足元に淡く光る魔法陣が浮かび上がる。徐々に光が増し、少女から魔王へと輝きが移る。それを見た魔王が驚愕に顔を歪める。


「取り上げるのか? 私から仲間や国だけでなく、私自身でさえも!?」


 魔王は発狂したように声を張り上げる。しかし、魔術は少しずつ完成していく。


「貴様らはどこまで傲慢なんだ。赦さん・・・・・・赦さんぞ!」

「例え傲慢であろうとも――あなたは負けたのよ。永い眠りに付きなさい。それが、あなたの報いよ」

「うおおおおおおおおおおっ!」


 魔王の身体が光を吸い上げるように石化していく。封印が完了した魔王は石造となって動かなくなった。

 こうして、人間と魔王の戦いは終了した。




 人間や魔族など、様々な種族が生活する世界『ディオ・リナ』。

 その世界で嘗て、魔王と呼ばれる存在がいた。

 魔王はアスカンディナ地方の大陸の一角を占領すると同時に、そこに国を築き始めた。魔族だけが住まう魔族だけの理想郷。そんな国を目指して魔王は各地方の大陸に散らばる魔族たちを集めていった。国はあっという間に大きくなり、魔王の名前は大陸中に広がった。

 ――争いのない平和な国で暮らしたい。

 魔王と呼ばれる者には不釣合いな願いと共に建国された魔王国は、想い通りの国家へと日々近づいていった。

 しかし、それも長く続かなかった。

 人間による魔王国の制圧。それによって魔王国に住む魔族たちは問答無用で駆逐された。

 平和を望んだ魔王は同じ想いの同士を集めていただけだが、その行為は人間にとっては単なる脅威でしかない。魔王たちがいつか戦力を揃えて攻めてくると、疑心暗鬼になっていた人間たちの先走った行動は後に“大戦”と呼ばれる悲劇を呼んだ。魔王国を制圧してからも魔王を中心とした残党が併合した国々の軍を蹴散らし、各地に莫大な被害をもたらした。そして、魔王国に最も近いシフィア王国の国境内で魔族の進軍は止まり、決戦の舞台となったシフィア王城で魔王を封印するという形で大戦を終結させた。

 シフィア王城の地下深くに魔王は厳重に封印され、魔王国の残党も次々に大陸を追われていった。大戦のために集結した各国の軍に大きな損害、シフィア王国は王城と領内の一部を壊滅的な被害を受けた。

 そうして魔王の脅威が去り、平和が訪れた。




 それから、一年後――

 誰もが眠り込んでいる深夜。家の中は勿論、町の街頭も最低限のものしかない筈のその時間帯に、夜の空を赤々と照らす光があった。

 シフィア王国の首都にあるシフィア王城が燃えていた。全体の殆んどが炎に包まれ、王城は少しずつその姿を瓦礫と化していく。シフィア王国の象徴と言ってもいい王城の焼失は国の崩壊をも意味していた。太陽と月を示したシフィアの国旗が激しく揺れる姿は、まさにこの国の危機を表すようだ。

 現在シフィア王国は攻撃を受けている。敵国はリブラーク帝国。一年前に魔王を倒すために手を取り合った国の一つだ。

 大戦当時、首都と王城は魔王による襲撃で壊滅的な被害受け、一年経った今でも完全に復旧を終えていない。そのため、整備が完了していない隙をうまく突かれ、大勢の軍の侵入を許してしまった。王城だけでなく、大戦で王と王妃が亡くなったことにより次期後継者の体制の交代もうまく済んでおらず、指揮が全体に思うように伝わらなかったため対応が遅れていた。それでもシフィア王国軍は屈しなかった。大戦による人員不足に負けず、その時培った精密な動きで生き残った少数の部隊が一角の道を防衛している。


「・・・・・・これより先には絶対行かせるなよっ!」


 部隊長の言葉に兵士たちは声を張り上げて応える。

 その様子にリブラーク兵士が苛立つように言う。


「もう勝負は見えている。大人しく魔王を渡せ!」


 怒涛と剣戟が響き合い、お互いが一歩も譲らない。

 そんな戦いが地上で行われている中、リブラークの最終目的である魔王封印の地も戦火を浴びていた。あらゆる場所に火の手が上がり、床の一面に軍服姿の人間の死体が沢山転がっている。大半がリブラークの軍服だが、シフィア軍の姿も所々ある。彼らは魔王を防衛していたシフィア兵と前の防衛線を突破してきたリブラーク兵だ。全員が同じような斬り傷を作って絶命している。

 その中で二つの影だけがこの場所で立っていた。死体の山を気にかけることなく立ち尽くす二人はとても異質だ。

 一人は女性で、短い金髪に派手な真紅のドレス風の格好をしている。背中に開いた綺麗な肌からは悪魔を連想させる翼が生え、髪の隙間から角を覗かせていた。見ただけで魔族と解る彼女は今にも涙を流さんばかりに恍惚した目をもう一人の人物へと向ける。

 もう一方は男性で、白を基調としたシフィア王国の軍服を纏っている。彼の軍服に付いた装飾からかなりの地位であると窺える。血を拭ってから両手の剣を鞘に戻す。それから手を、腕を、足を確かめるように動かす。そして、整った顔に不釣合いな笑みを浮かべる。

 その様子に魔族の女はついに涙を流し、彼の名を呟く。


「――魔王様」


 自身の使い魔の声に気づいて魔王は振り返る。人間の姿となって復活した魔王は、以前との目線の高さの違いに若干の懐かしさを覚える。


「人間にしては悪くない身体だ。礼を言うぞ、セシリー」

「勿体ないお言葉です」


 セシリーは膝を突いて言う。


「それに・・・・・・わたくしは魔王様の魂しかお救いすることが出来ませんでした。本当に申し訳ありません」

「良い。私を封印した者のことを考えれば仕方のないことだ。よくやってくれた」


 魔王は身体を向き直し、本来の自分を見上げる。

 今の身体の三倍はあろう巨体がそこにあった。憎悪に顔が歪み、封印された瞬間のままの姿で石化されている。肉体が安置された床と天井、壁に至るまでシフィア独特の魔術形式の封印が厳重に施されていて今の魔王では手も足も出ない。

 だが、魔王にとって現状は悪いことばかりではない。


「状況は上々・・・・・・このまま肉体の封印も解いてしまおう」


 セシリーの報告から地上の状況を知っていた魔王はほくそ笑んだ。今まで叶わなかった条件が今日この瞬間に揃った。


「では、行かれるのですね」

「ああ――姫を殺そう」


 新たな決意と共に魔王は封印の広間を離れる。

 人間の姿にまで堕ちた魔王の反逆が始まる。

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