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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
敵は白銀騎士団
8/31

女皇との決別

 銀色に輝くその姿。

 ジェット・バレルは彼女のことを知っている。

 現状最大規模のアライアンス・リーダーという、知識としてだが。実物は手合わせどころか、見たこともなければ影すら踏んだこともない。

 しかしそれでもジェット・バレルにとって彼女は、いや彼女たちは──間違いなく『仇敵』と呼べる存在だった。

 知らずのうちに握りしめた拳。手指の装甲がぎしりと悲鳴を上げる。自分の中でくすぶっていた感情が、炎を上げて燃え始めたのを感じる。

 その手に、そっとストレーガの掌が重ねられた。『同調変換』をしたときと同じように。だがもう、ジェット・バレルは彼女の手を振り払うことはしなかった。


「思い出した? 思い出したね。そうさ、あれがかつてキミの居場所(アライアンス)を壊した奴らだ。取って、喰らって、飲み込んだ。キミのアライアンスを『養分』にした。キミのところだけじゃない。どこもかしこも貪って、そうやって膨れあがり肥え太ったのさ、あの『白銀騎士団』って連中は」

「俺がイケブクロにいた経緯をそこまで知ってる、いや知ってたからこそ声をかけ、誘い、連れだした……そのやり口には、寒気と怒りを感じますよ」

「まぁ、僕は魔女だからね。他人の心の弱いところを利用するのは専門分野なのさ。でもね……別に感謝しろとまでは言わないが、こうしてキミの『仇』に会わせてあげたんだぜ。もちっとこう、なんかないの?」

「余計なことするな、この野郎……って今言えるのなら、俺は明日からも平穏無事に過ごせるんでしょうね」


 ジェット・バレルがどういう反応をするのか、魔女は読み切っているのだろう。どうでなければ、こうも自信満々であるわけがない。


「ふふっ、僕の見立ては外れないのさ。キミはそういうガラじゃない……さて」


 すうっと、重ねられていた掌が離れていく。

 彼女はフードの下から、じろりと女皇を睨め付けた。


「久しぶりだねぇ、クロム。女皇自らの出迎え、わざわざ悪いね」


 聞き慣れない名前──クロムというのは『聖銀の女皇』の愛称なのだろう。しかし親しげな呼び方に反して、その声色は冷め切っている。氷点下に置いた金属のように、冷たい硬質の響きがある声だ。


「水くさいことを言うのね、あなたと私は『親友』じゃない。遠慮なんてするもんじゃないわ」


 くすくすと、女皇が笑う。そこには親愛というよりも、嘲弄しか感じられない。

 お互い、相手を良く思っていないことは明白だった。空気が張り詰めていくのを感じる。帯電する雰囲気が目視できるのではないか──そんなふうに思えるくらいに。


「遠慮なんかしてるつもりはないけどね」

「……しているわよ。今だってほら、そんなマント羽織って。正体を隠してるつもり? 私とあなたの仲じゃない」

「よく言う。身を隠したくなるほど僕に敵が多いのは、誰かさんのおかげだろ?」

「あら、それは大変」

「まったくだよ……でもまぁ、事ここに至っては着ている意味もないか」


 ぐっとマントの襟元に手をかける。ばさりと風をはらんだマントが宙を舞った。

 そして。


「消えたッ!?」


 すでにストレーガはその場にいない。

 マントを脱ぐという行為で衆目を奪った瞬間、彼女は飛び出していた。

 装甲各所に仕込まれたアクティブ・スラスターが上げる白い炎の尾を引きながら、天高く舞い上がる魔女。

 右手には剣。彼女という存在を象徴する魔女の牙、その名も『七星剣(セプテントリオン)』。

 その黒曜石のような輝きを持つ刃を振りかぶり、今まさに斬りつけんとばかりに襲いかかる。


「相変わらずせっかちよね、あなたは」


 すっと、女皇が一歩後ろに下がった。

 魔女におののき、退いたわけではない。

 その動きはあくまでも優雅。理由と目的があって引いたのだ。


「下がるか!」

「下がるわよ。だって……この子にも、見せ場がいると思わない?」


 ゆらり、と女皇の背後から影が差す。巨大な、彼女すべてを覆い隠し、守るようなその姿。

 魔女の前に立ち塞がったのは、信じられないほどに巨大なアバターだった。


「チッ!」


 それがなんであるか、誰であるかを認識したのだろう。

 苛立たしげに舌打ちすると、宙空で身体を反転させ、切っ先を敵アバターへと向け直す。


「『太陽の騎士(ガウェイン)』ッ!!」


 魔女が叫んだ。


「女皇に……手出しはさせぬ!」


 岩が押し潰されているような、低く重々しい機械音声。ボイスチェンジャーで過剰にエフェクトをかけた声が、アバターの分厚い頭部装甲の下から漏れ響く。

 まさしく天を突く超巨体の持ち主に相応しい声だった。

 体躯は騎士団員たちの大多数を占める、最大サイズのH級フレームのアバターよりもさらに二回りは大きい。高さも、横幅も、そして厚みも、全てが大きかった。

 見かけこそほかの騎士団員と似た、西洋の騎士甲冑のような重装甲を身にまとっているが、その身にまとう雰囲気は明らかに格が違う。

 今魔女の眼前に立つ重厚堅牢なその威容は、もはや二足歩行する銀色の戦車にも等しく思える。

 いかなる手を用いてアバターとしてデータを成立させているのか、規格外としか言いようがない。


「でかぶつ! ()()僕の邪魔をするのか!」

「ほざけ魔女! この世の道理、貴様の思い通りになどならぬッ!!」


 ガウェインと魔女に呼ばれたアバターが吠える。

 魔剣『七星剣』を受け止めたのは、その手に握られた鉄柱のようなものだった。

 いや、柱ではない。よく見れば、それは円錐を途中で断ち切ったような形状で、側面には荒々しい『刃』が幾筋も走り、円錐の断面まで伸びている。どことなく、トンネル掘削用のシールド・マシンを彷彿とさせる形だった。

 先端こそ尖っていないが、全体の雰囲気は騎兵槍(ランス)に近い。ただし、尋常でないほど大きかったが。


「折れず曲がらずの『重戮槍(ミンチ・ランサー)』だ! たとえ貴様の打ち込みであろうともッ!」

「硬さが自慢か、笑わせる! 僕を甘く見るなよ!!」

「甘く見ているのは貴様のほうだ! 貴様に待つのは、二年前と同じ結果だけだと知れッ!!」

「よく言うね! あの時は十人がかりだろ! 徒党を組まなきゃ、僕を止められなかったくせに!!」

「黙れッ!!」


 『重戮槍』の可動刃(ブレード)が唸りを上げる。

 『七星剣』がそれを弾き、受け流す。

 女皇の眼前で鳴り響く派手な金属音は、まるで舞踏会で奏でられる剣の舞のようだ。

 正面からぶつかり合えば、巨体のガウェインのほうが有利は明白。

 だというのにストレーガは、華奢と言えるほどの痩躯で剣を華麗に操り、真っ向から巨大な槍と打ち合っている。

 息一つ乱さない彼女の想像を絶する技量には、感嘆するほかはない。


「さすがはガウェイン、二年前より、さらに一段強くなっている! 騎士団長の称号は伊達じゃないね。けど……サシの勝負で、僕が負けるかッ!!」

「たしかにガウェインでも、やっぱり無理みたいね。一対一じゃ……勝てない」

「ッ!」


 背後からの殺気。弾かれたように、ストレーガが身を翻す。

 次の瞬間、彼女の首筋スレスレのところを、女皇の錫杖がかすめていった。華麗な装飾を施された先端部は、飾りの中に巧妙に刃を隠してある。

 杖とは名ばかり、実際には槍のような鋭さを備えている武器だった。


「クロムッ!?」

「油断するのが悪い! 私に合わせなさいガウェイン! コンビネーションでいくわよ!」

「承知ッ!」


 ガウェインが前に飛び出し、ストレーガに攻勢をかける。

 女皇はその背後から巨体を盾にしつつ、大振りな『重戮槍』の隙を埋めるように攻撃を繰り出し、サポートする。

 間断なく繰り出される二本の刃、その猛攻は途切れなく流れる流水のようだ。


「くっ……小癪な真似をっ!」


 悔しそうな声と共に、ストレーガの踏み込みが鈍る。

 女皇と重騎士。二人の連携攻撃を相手取るのは、ストレーガといえども厳しいものがあるようだった。

 個々の能力では、ストレーガは間違いなく二人を上回っている。同じトップランクのアバターを相手にしてなお、それだけの差の存在が、見ているだけでわかる。

 だが──それでも、『剣の魔女』をもってしても、トップランカーの二人がかりというのは、それこそ無謀なのだろう。

 さすがの彼女もじりじりと──二人に押され始めていた。

長いなぁ今回

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