それは、魔女の敵
「さて、いつまでも立ち話しててもしょうがない。そろそろ行こうか」
「どこへです?」
「もちろんパーティ会場だよ。中央にある大広間でやってるはずさ」
彼女はそう言って、ばさりとマントを羽織り直すと、ゆっくり歩き始めた。
追いかけながら、その背中に向かって、さっきから気になっていたことを尋ねてみる。
「あの、会長」
「ああ、そうそう。その会長ってのやめてね。ここは学校じゃないんだしさ。僕とキミはただのプレイヤー同士だよ、会長も生徒もないだろ、つか、下手したらリアルが割れる」
「じゃあ、なんて呼べば?」
「アバターの名前で……『剣の魔女』と呼べばいいよ」
「わかりました会長」
「……おい」
一瞬、すさまじい殺気がジェット・バレルの全身を突き刺した。
「じょ、冗談ですよ、ストレーガ」
「まったく……」
ため息を一つつく彼女。だが、さっきの怒気は本物だった。
軽い冗談のつもりだったが、あれほどの怒りを見せるとは想定外だ。どうやら、彼女は現実と『ペルソナクライン』を切り離すことに、強いこだわりがあるらしい。
だったら学校で素性を知らせてまで、自分などと関わる必要などなかった思うのだが。
正直、彼女が何を考えているのか分からない。今だってそうだ。
「それで、何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
「ああ……ええと、場所もそうですけど、やけに詳しいじゃないですか、そのパーティとやらのこと。どこでそんな情報仕入れたんですか?」
「何だ、そんなのか」
彼女は事も無げに言うと、ついっと右手を差し出し、自らのアイテム・インベントリから立体電子書類状のアイテムをロードする。
薄水色の半透明のその書類には、『招待状』という題名が書かれていた。
「招待状?」
「そう。あのバカたれ、こういうの必ず僕のところに送ってくるんだよね。見せびらかしたいのかなんなのか……むかつくよねまったく」
「はぁ……」
「なんでもさ、今度、久しぶりに女皇直々に出陣するらしい。その前に閲兵式みたいなのをやって、士気高揚しようって魂胆なんだな。ま、他のアライアンスに自分たちの力を見せつけるって意味も、当然あるんだろうけど」
「出陣……『領土戦』ですか?」
『領土戦』というのは、文字通りアライアンスが『戦域』の支配権を奪い合うシステムを指す。
各戦域にはそれを統治する『城』が存在し、イケブクロ・エリアならばサンシャイン60、シンジュク・エリアなら都庁というように、現実においてエリアを象徴する建造物があるところに『城』は配置されている。
その『城』を巡って、アライアンスは鎬を削るというわけだ。
『城』を手に入れたアライアンスは、獲得した『戦域』を本拠地としているプレイヤーから各種租税の徴収のほか、『城』持ち専用の一時的な能力ブースト・スキルの使用や、所属アバター上限数の拡大など、様々な特典を得ることができる。
血眼になってまで『城』を求めるだけの理由は、確かにあると言えた。
そしてゲーム内に存在する二十三の『城』を──いや二十三の『戦域』のうち、四つまでを支配しているのが『白銀騎士団』なのだ。
四つの『戦域』を支配しているアライアンスは、騎士団のほかに二つ。
しかし新規の『戦域』獲得に今もっとも近いという意味で、騎士団はほかのアライアンスよりも頭一つ分ほど抜けていると言えた。
そんな状況であるならば、もう一押しして『戦域』を獲得するため、『領土戦』へアライアンスの頭首自らが出陣するというのも、あり得ない話ではない。
「派手好きな子じゃなかったのにな……ことさら『自分はここにいるぞ』って宣言してるみたいだよ。自信過剰にもほどがある」
「どうして頭首がそんな、ただリスクだけを抱えるような真似を? なんの意味が?」
「意味があるかないかは、僕にもわかんないけどね……ただ、自分が負けるわけないと思ってるのは間違いない。自分の力、自分の存在を誇示してるのさ。嫌なやり口だよ」
普通、頭首権限を持つアバターはあまり表には出てこない。
彼らにはアライアンスや『城』から受ける専用の能力ブーストなどの恩恵と引き替えに、ひとつ大きな『弱点』を抱えることになるからだ。
あるいは、『責任』と言い換えてもいい。
それは自分が敗北したとき、頭首は自分が本拠地と設定していた『戦域』を失ってしまう、ということだ。
たとえばイケブクロとシンジュク、二つの『戦域』を支配しているアライアンスがあったとして、本拠地がイケブクロに設定されているとする。
この状態の頭首がイケブクロの攻城戦で敗北した場合はイケブクロを、シンジュクの攻城戦で敗北したら、イケブクロとシンジュク、二つの『戦域』を失ってしまうのだ。
このようなリスクの中で『城』を取り『戦域』を支配する、ということは並大抵の努力でできることではない。
所属アバター数では全アライアンス中最大を誇る『白銀騎士団』ですら、二十三箇所中四つしか支配できていないというところからもそれが分かる。
『戦域』の支配者が変わることなどしょっちゅう。それどころか、暫定支配者すら決まっていない『戦域』も多々ある。ジェット・バレルの本拠地であるイケブクロ・エリアもそうだ。
そう、あたかも戦国時代のごとく、『領土戦』は熱く激しく燃え上がっていた。
「そんな状況で頭首がこれ見よがしに姿を見せるとか、バカにしてんのかって思うよ。いや、してるのさ。きっと……自分以外の全てのプレイヤーのことを」
「そういうものですかね?」
「それは……あっと。そろそろ着くはずだよ、話はまた後でね」
目的地の入り口が見えてきたことで、ストレーガの語気が鋭くなった。
大広間と彼女が呼んだホールは、正直言って広間という言葉が似つかわしくないほど巨大なものだった。遠すぎて反対側が霞んで見えるほどに広い。
「あれは……?」
その霞の中に、人影が見えた。遠く、まだ小さいが、一歩進むごとにはっきりと姿が分かってくる。
気配は近付くたびに増えた。一人ではない。二人、三人──いや、それよりももっと多くだ。
いやな気配だと思った。こういう気配は、以前にも覚えがある。二度と会いたくないと思っていた連中と同じ──いや、それそのものの雰囲気だ。
「ストレーガ」
「感じるかい? いい勘してるね……お出迎えだよ」
足音が聞こえてくる。大人数が列をなし、足並みを揃えて進む音が聞こえる。
統率のとれた巨大集団が、自分たちの前に姿を現そうとしている。
音でも、そして肌──装甲表面の触感センサーではない、感覚的な何か──でも、それを感じた。
「さあ、目を逸らしちゃダメだよジェット・バレル。あいつの姿を拝めるなんて、今となっちゃ滅多にないことだからさ」
「あいつ……ですか?」
「そう、あいつだ。僕の敵であり、キミの敵でもある……つまり、僕たちの敵だよ」
「なっ!?」
「さあ、ご対面といこうじゃないか」
魔女にうながされるまま、さらに一歩踏み出す。そこでようやく、向こう側にいた者たちの姿をはっきり見ることができた。
それは重装タイプ──戦闘用重甲冑を着込んだ、騎士型アバターの一群だった。その装甲に刻まれた紋章には、彼にも覚えがある。
「『白銀騎士団』……ッ!」
「その通り。そして……あれを見るんだ」
魔女が指差す先にいたのは、一人の女性型アバター。かかとまで届きそうな銀色の放熱索を棚引かせ、黄金の冠と純白の外套状装甲を身にまとっている。
豪奢。荘厳。華麗。典雅。飾る言葉はいくつも思いついたが、どれもが物足りない。それほどの格の違いを、見る者に与えるアバターだった。
「彼女こそが『白銀騎士団』の首領。トーキョー・スフィア最大勢力のアライアンスの長。その名を……『聖銀の女皇』!」




