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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
僕たちの戦争
30/31

二人

「う、うそ……嘘よ、こんなの……ガウェインが……」


 法杖に寄りかかりながら、身体を引きずるようにして歩く女皇が、驚きに目を見開いた。

 動揺がまるで隠せていない。声が震えている。あの高慢だった姿は見る影もない。

 今の彼女はどこにも寄る辺のない、ただのペルソナアバターだ。

 『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の頭首という肩書きも、今ではもはや意味がない。彼女のほかにはもう、騎士団は誰も残っていないのだから。


「一人に……一人になっちゃった……私、一人に……」


 うわごとのように呟きながら、ガウェインの亡骸へと歩み寄る。


「ガウェイン、起きて……起きなさい! どうして返事をしないの!? ガウェイン!!」

「……クロム」


 ジェット・バレルに肩を借りたストレーガが、あまりにも小さくなったその背中に声をかける。


「ストレーガ……ガウェインが……」

「ああ、そうだ。ガウェインは倒れたよ。長い付き合いだが……ここまで完膚無きまであいつが負けたのは、僕も初めて見たよ。女だったんだな」

「……そう、そうね。ガウェインは負けたわ。もう立ち上がらない……!」

「彼が倒した。僕が選んだ、僕のパートナー、ジェット・バレルがね」


 女皇が首を動かす。ジェット・バレルを虚ろな目で見つめた。


「そう……あなたが……私から全部、奪っていくのね。奪っていったのね。ストレーガも、ガウェインも、全部私から……!」

「なっ……!?」


 言いがかりですらない。それは妄執、妄念の類だ。

 恨みがましい目を向ける女皇。子供のような純粋な邪気が、ジェット・バレルに絡みつく。


「そうよ……あなたさえいなければ……良かったのに。そうすればこんなことには……ならなくて。ストレーガも私の元に帰ってきて……私は、私は一人にならずに……!」


 法杖がかちゃりと音を立てた。剣呑な気配が漂い始める。

 今にも襲いかかりそうだった彼女の前に、遮るようにストレーガが立つ。その手には剣。自らの象徴である剣を、しっかりと握って、女皇の前に立った。


「彼に手は出させないよ。お前とやるのは僕だ、クロム……いや、『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』!!」

「ス……『剣の魔女(ストレーガ)』ぁっ!!」


 今まで半死人の体だった女皇が、弾かれたように飛び退いて間合いを取る。

 ストレーガはそれを目で追いつつ、ジェット・バレルに後ろから支えられながら、ゆっくりと剣を構えた。

 空気が恐ろしいほどに研ぎ澄まされ、緊張していく。


「私は……自分の居場所を守りたかっただけなのに! なくしたものを、取り返したかっただけなのにッ!!」


 ジェット・バレルに片腕、顔半分、そして腹を吹き飛ばされた満身創痍の状態にも関わらず、女皇の力は衰えがない。逆上による怒りのためか、むしろその力は増しているかのようだった。


「返して……私の()()を、返してっ!!」


 女皇の前面に、巨大な六個の魔法陣型プログラムフィールドが展開される。

 天がざわめき雷鳴を鳴り響かせ、魔法陣が回転をしながら巨大なエネルギーを集束させていく。

 あまりにも巨大な『詠唱兵装(キャスティング)』のパワー。

 攻撃用プログラムが空間を侵食していき、生み出された真紅のエネルギーの余波で、シタデルが大きく揺れた。


「すごいパワーだ……!」

「……ジェット、しっかり支えてくれ。迎撃だ、こっちも大きいのぶつけるよ」

「は、はい」

「情けないけど、これから使う奥義は、一人じゃもう撃てない。キミの助けが、必要だ……あいつを止めるために。あいつと、やり直すために」


 女皇はもう退けない状態にあった。それはストレーガもわかっていた。だから、誰かが止めなくてはならなかった。

 それこそが自分の役目──そう思い続けて、女皇の過ちを正すために、魔女は敵対し続けたのだ。

 たとえ、それが今の彼女の全てを奪い、プライドを打ち砕くことになろうとも。

 しかし、彼女を支えるプライドを打ち砕くことこそ、この戦いの目的。

 憎しみからの行為ではない。確執によって傷つけあった、自分たちの関係を清算するためのものだ。

 すべてをやり直すために、魔女(雪乃)女皇(さやか)を倒すのだ。


「今こそ我が最強最速の剣技にて、この一戦に決着をつけるッ!!」


 ストレーガの身体から、膨大なエネルギーがオーラとなって溢れ出す。オーラは虹色の輝きを帯び、彼女と彼女を支える始める。

 ジェット・バレルも噂こそ知れ、初めて見るものだった。

 それは『無限彩虹(インフィニティ・ボウ)』と呼ばれる、最高クラスのペルソナアバターのみが為しえる情報粒子の輝き。

 極めた者たちのみが獲得できる、『ペルソナクライン』最大最高のユニーク・スキルの前触れだ。

 オーラは月まで届くような膨大な光の柱となって、彼女の身体を、腕を、手にした剣を、まばゆい程に輝かせていた。


「いくよ、ジェット・バレル!」

「は……はい!」


 ストレーガが、ジェット・バレルが、その両手で愛剣を──『七星剣(セプテントリオン)』をかつぐ。心をひとつに、グリップを握る両手にしっかりと力を溜め、一気呵成に振り降ろした。

 切っ先に載せられた『無限彩虹(インフィニティ・ボウ)』が、巨大な光の刃となって撃ち出される。夜空を切り裂く一筋の虹の輝き。

 魔女が叫んだ、その奥義の名は──!

「『天衣無縫の剣インフィニティ・スパルタン』ッ!!」

「『詠唱兵装(キャスティング)砲撃魔術(カノンスペル)』ッ!!」


 まったく同時に、女皇の魔法陣からも真紅の光波が発射される。

 虹色と真紅、二色の光は魔女と女皇の間でぶつかり合い、せめぎ合う。それは二匹の龍がお互いを喰らおうとしている様にも見えた。

 互角──ではない、やや『詠唱兵装(キャスティング)砲撃魔術(カノンスペル)』が押していようにすら見える。

 ダメージはストレーガのほうが深いのか。あるいは女皇の情念が上回ったのか、少しずつ、真紅の光が大きくなっていく。


「……わ、私は間違ってない! 私は悪くないっ!! だって、私は……!!」


 血を吐くような叫びだった。そう言い聞かせなくては、自分を保てない。

 今の女皇はそれほどまでに脆く、弱い。

 だがそれでも全てを得て、全てを得た女皇であらねばならないと、彼女は妄執にしがみつく。

 自分で積み上げてきたものに縛られて、かつての親友(とも)を倒そうと牙を剥く。


「……そうだな」


 だがストレーガは、そんな彼女の言葉を否定しなかった。


「え……」

「悪いのは、僕だ。僕だった。最初から、全部お前に話していれば、こんなことにはならなかった。こんなにこじれなくてよかった。さやかが弱くて、寂しがり屋で、人を恐れていることを知っていたのに。僕は……バカだった」

「ゆ……雪乃……!」

「ちゃんと謝ったこと、なかったよね。ごめん、さやか。約束を破って……!」

「今さら……今さら! 何で謝るのよ!! 謝らないでよ!! 余計に私が、惨めになるじゃない!!」


 泣き出すような叫びとともに、真紅の光がさらに強まる。

 だがストレーガは微塵もそれを恐れる様子はない。

 彼女は確信しているからだ。理解しているからだ。自分がジェット・バレルに支えられていることを。

 だから負けない。独りぼっちの女皇には負けない。

 独りぼっちに()()()()()()、『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』には絶対に負けない!

 そして──負けられない。支えてくれる者もいる。負ける理由は、ない。


「謝るだけじゃない。僕はこれから、責任を取る。お前に道を誤らせた、責任を!」

「んっ!? くうっ!」

「お前を倒すぞ、『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』!! もう終わりだ、お前の二年間の苦しみを、ここで終わりにするっ!!」


 ストレーガが剣を押し込む。ジェット・バレルもそれに応えて、彼女に添えた掌に、ぐっと力を入れた。その瞬間、虹色の輝きが一際大きく弾けて、真紅の光を吹き払う。

「そんな! 私は……! 私は! 雪乃ーーっ!!」

「倒れろ女皇(さやか)! これがお前にしてやれる、僕の……贖罪だぁっ!!」

 『天衣無縫の剣インフィニティ・スパルタン』の光が、女皇の全身を飲み込んだ。

 地面を砕き、空を抉る虹色の斬撃が、彼女の全てを消し飛ばす。まるでそれは降り注ぐ神の光が、地上を薙ぎ払うかのようだった。


「クロム、今度は……約束を果たしたぞ。言ったよな、僕らは勝つ……と」


 静寂が世界を満たす。

 女皇のアバターは残骸すら残らず、シタデルの前から消滅していた。

 ほぼ同時に、『領土戦(コンクエスト)』終了のシグナルが月下の戦場に鳴り響く。

 それが、『剣の魔女(ストレーガ)』と『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』の──そして、『黒い銃身(ジェット・バレル)』の戦いの終幕だった。

エピローグに続きます。

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