不死身の正体
重厚な装甲に隠されていたその内側が露わになる。
ストレーガさえ知らなかった、ガウェインというアバターの正体。
月光の下、今それが明らかになろうとしている。
「あ……ああ……そ、そんな……!」
聞こえてきたのは、威厳ある『太陽の騎士』の声ではなかった。
それは自分たちと──ジェット・バレルやストレーガたちと同じくらいの歳の頃の声。しかも男ではない、どこか怯えたような響きを持つ、少女の声だった。
「それが……お前の正体かよ、ガウェイン!」
さすがに自分の受けたダメージも深刻だったのだろう。ボロボロに焼け焦げ、ふらつきながら、ジェット・バレルが叫んだ。
声に弾かれたように、炎と煙に包まれた巨体がきしみを上げた。あの爆発が直撃して、まだ動くことは驚きだったが、さすがは動きは重くぎこちない。
「こんな……ことが……!」
ガウェインの──いや、ガウェインだと思っていた存在の、胸部装甲が消失していた。粉々に砕け散り、燃え尽きたその断面は溶け崩れているが、断面の厚さが装甲がいかに強靱であったかを物語っている。
その強靱な装甲の奥に、彼女はいた。
小柄だ。女性型であるストレーガや女皇よりもさらに小さくて華奢なアバターだった。
くすんだような銀色の装甲は、『ストライク・ワン』が爆発したときのダメージだろうか? あちこちに傷がつき、ひび割れているのが見える。動きも鈍い。
「その姿をさらすのは初めてか? ストレーガすら知らなかったみたいだからな……」
「くっ!」
シールド・コンタクトの奥で、赤く輝く目がジェット・バレルを睨み付ける。
その肩が震えている。ずっとひた隠しにしてきたものを暴かれたというショックからに違いない。
気がついてみれば、不死身の秘密を暴くのは簡単なことだった。
通常のアバターに倍するあの巨体、あの胴体。あれならば、隠し場所などいくらでもある。そう、アバターの一人ぐらい、中に隠すことなど簡単だ。
つまるところ『太陽の騎士』というアバターは、外殻である巨人騎士型の『武器』──重装機動外骨格を装備した少女型アバターだったのだ。
武装である以上、いくら破壊したところでライフ・ポイントが減らないのも当たり前だ。
あの巨体も、データを圧縮して格納するインベントリを利用して維持しているのならば、レギュレーション内に確かに収まる可能性はある。
おそらく本体アバターのデータ量を絞り込み、大半をインベントリ容量に回しているのだろう。
インベントリを活用するという発想はジェット・バレルと同じだが、そのスケールが違う。
まして完全にアバターとして機能する外骨格武装など、このガウェイン以外に実現した者は皆無だろう。
奇抜な発想とそれを実現する技術力には、素直に脱帽する。
同じ技術屋的な志向を持つジェット・バレルだけに、研究開発にかけた情熱には共感すらしていた。
だが、ここは戦場だ。そういう私情は忘れなくてはならない。まだ、決着はついていないのだ。
「……まさか、あなたがここまでやるなんて……けど、外骨格はまだ動く!」
もはや威圧感を取り繕う必要がなくなり、あの芝居がかかった口調をかなぐり捨ててガウェインが叫んだ。外骨格が火花を散らしながら立ち上がり、唸りを上げる。
ジェット・バレルはまだ動けない。爆発の影響が大きかったのか、ただその場に突っ立っているだけだ。
「諦めたの? だけど容赦はしない……決着をつける!!」
「諦めた? 何を……馬鹿なことを。言っただろう、俺は勝つと」
「そのザマで勝てると? 全ての武器を失ったあなたに、打つ手はもう……」
「……ふん。自分の物差しで他人を計るんじゃねーよ」
ジェット・バレルが、迫るガウェインを迎え撃つように向き直る。残された片腕には何もない。間違いなく徒手空拳だ。武器は彼のどこにもない。
素手でも十分──ということではないだろう。半壊しているとはいえ、あの巨大な重装機動外骨格相手では、ジェット・バレルが木っ端のように吹き飛ばされるのは、火を見るよりも明らかだ。
どうする気なのだと、必勝を確信したはずの心が揺れる。迷いを払うことができない。だがもう止められない、突進するガウェイン。
「武器なら……あるよ」
「!?」
彼女の疑問に答えたのは、ジェット・バレルではなかった。
それは彼の後方から聞こえた。
立ち塞がるジェット・バレルのさらなる向こう、瓦礫に寄りかかりながら立つ、一人のアバター。
「ストレーガ!? た、立ち上がれるなんて!?」
「……ジェットの武器なら……ここにあるッ!!」
自分の胸に突き刺さったロング・ライフルを、力任せに引き抜くストレーガ。ぽっかりと開いた胸の傷から、情報粒子が血飛沫のように吹き出すのにも構わず、ロング・ライフルを振りかぶる。
「受け取れジェット! キミの……銃だッ!!」
「……ッ!」
身体の力を振り絞り、ライフルを投げるストレーガ。振り向くことなく、それを片手で無造作にキャッチするジェット・バレル。
「そ、そんな……武器が、武器がっ!」
「皮肉だな! こいつは……お前がこの場に持ち込んだライフルだッ!!」
「こ、こんなことになるなんて! こんなの絶対おかしい……ハッ!?」
「おしまいだガウェイン。不死身の謎はもう解いた、お前の急所を外しはしない!!」
背中のロケット・モーターをフルドライブさせ、ひと筋の黒い流星となって懐に飛び込むジェット・バレル。
彼にとっても最後の一撃、まさしくこれぞ乾坤一擲。
銃剣を突き立て、ガウェイン本体の装甲を切り開きながら、銃口をその内部へと抉り込んだ。
小さな身体のアバターだ、銃口はやすやすと胸を切り裂き、心臓部を確実に捉える。
「ぐ……ぐぐ……!! ジェット……バレルッ!!」
「俺の……勝ちだッ!!」
外骨格に残された腕が、ジェット・バレルを押し退けようと動く。
だが遅い。それよりも早く、銃口は火を吹いていた。
ガウェイン本体の目が見開かれる。そこには、まるでスローモーションのように引き金を引くジェット・バレルの動きが見えていた。
だが身体は動かない。自分が撃ち抜かれるのことを、ただ待つことしかできない。
弾頭が体内をらせん状に引き裂きながら、胸から背中へと突き抜ける。胸元に大穴を空け、びくんと一度大きく痙攣する──彼女は、事切れていた。
もはや残骸となった外骨格からすべり落ちる、ガウェインの亡骸。同時に、力の抜けた巨大な外骨格が一度バリっと放電し、がくりと土下座するように膝を折る。
それはまるで、彼女の巨大な墓標のようだった。