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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
僕たちの戦争
25/31

魔女と女皇

「……『詠唱兵装(キャスティング)追尾魔術(ホーミングスペル)』」

 『水銀龍』──『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』の声が響く。

 彼女に周囲に半透明の魔法陣を模した攻撃用プログラムフィールドがいくつも展開され、急速に実体化したエネルギー弾を撃ち出した。


「攻撃してきたっ!?」

「ジェット! こいつは乱数解析で回避できない! 撃墜してくれっ!!」

「は、はいっ!!」


 すでに頭を切り換えていたストレーガの指示が飛ぶ。否と答える理由はなかった。

 即座にロングライフルのセレクターを散弾(スプレッド)モードに切り替え、薄い帯を引いて飛ぶ無数の光弾に向かってトリガーを引いた。

 拡散する弾頭と、女皇の光弾が交差し、一瞬だけ遅れて爆発を起こす。

 一つではない。迫り来る無数の光弾が、ジェット・バレルの弾幕に引っかかり、何度も何度も連続して爆発した。


「くっ!?」


 爆風から身を守るだけで手一杯だ。

 それだけ、あの小さな光弾に内包されているエネルギーが絶大なものなのだろう。

 こうして耐えているだけで、アバター本体にまで引火しそうだ。


「ふふ……ちょうどいいところに、その男がいたものね。それとも、わざわざ呼び寄せたのかしら?」


 自らの攻撃を潰されたというのに、女皇は微塵も悔しそうなそぶりを見せなかった。荒ぶらないその態度は、自分の勝利を確信しているという自信の現れか。

 格の違いというものが、彼女と自分のあいだに天までそびえるような壁として存在することを、否が応でも思い知らされる。


「彼が僕のピンチに駆けつけてきてくれたのさ。愛されてるんだよね、僕はさ」

「ええっ!?」

「……なんでキミが驚くんだよ?」

「ああいえ、その、事実無根ではないかなと……」

「こういうときは話を合わせて欲しいよ」

「す、すいません」


 空気が一気に弛緩する。

 だが同時に、女皇に飲まれかけ浮き足だっていた心が、自分の中に戻ってきたのを感じた。


「彼のことをずいぶんと信頼しているようだけど……木っ端アバターの一人や二人の加勢で、私を倒せると思ってるのかしら?」

「そ、それは……」


 ストレーガが口籠もる。彼女らしからぬ、弱気な態度。一対一ならば負けはしないと言った、彼女の言葉はなんだったのか。

 ぼうっと身体を光らせながら、ストレーガを嘲笑する女皇。あの光こそは『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』の輝きだ。

 その光を見て、ジェット・バレルは理解した。あれだ、あれなのだ。あの光、『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』こそが、ストレーガに臍をかませたその理由。

 たしかに一対一での戦いならば、ストレーガは女皇を下す自信があったのだろう。だが、ステータスを大幅に底上げするスキル効果が効いている状態では、話は簡単には運ばない。

 もちろんストレーガともあろう者が、このスキルのことを忘れていたはずもない。むしろ彼女は積極的に、『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』を使っていた。


(俺のせいだ……!)


 ジェット・バレルは、自分を力任せに殴りつけたい衝動にかられた。

 そう、実はジェット・バレルたちも、アライアンスを組んでいた。

 たった二人きりのアライアンス。少しでも戦いを優位に運ぶため、それを組織した。

 だがそのとき、頭首として登録したのはストレーガではなく──ジェット・バレルのほうだった。

 頭首となったジェット・バレルはジジ様たちの了解を得て、イケブクロ・シタデルを占拠。

 一時的に自分たちの領土とし、イケブクロ・エリアの『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』を使って、ジェット・バレルを強化した。少しでも長く、ガウェインを引きつけ、押しとどめるために。

 スキルによるステータスアップがなければ、『ストライク・ワン』でガウェインを倒し切れたかは怪しいところだ。

 押しとどめるどころか倒せてしまった、そういう意味ではプラスだったと言える。だがそのツケはすべて、ストレーガに回っていたのだ。

 『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』で守られたペルソナアバターを、一対一で倒すことはかなり難しい──というか普通は不可能だ。

 『領土戦(コンクエスト)』においても、敵の頭首を務めるアバターが出てきたならば、自陣営は多大な犠牲を覚悟しつつ一対多の集団戦に持ち込むか、同じく頭首をぶつけて、乾坤一擲の決闘を挑むしかない。

 頭首同士の一騎討ちなどハイリスク極まりないが、そうでもなければ対抗できないのだ。

 放っておけば、無駄死にするアバターが増えるばかり。たった一人のアバターのために、戦線は崩壊する。

 『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』を受けたアバターは、一般アバターから見れば、鬼神のごとき存在だった。

 それでも対人戦において絶対的な戦闘力を持つストレーガならば、対抗できない話ではない。

 それは彼女の異常性ゆえだが、その異常性をもってしても、今度ばかりは勝手が違った。

 一つは決して弱卒とは言い難い、『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の存在だ。

 すでにストレーガと交戦した経験のあるアバターはガウェイン以外いなかったが、それでも『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』が『剣の魔女(ストレーガ)』という一人のアバターに崩壊寸前まで追い込まれた、その屈辱の結果だけは皆知っている。

 その汚名を返上しようと全員が玉砕をも恐れぬ覚悟で、徹底的にストレーガに食い下がったのだ。

 これにはさすがのストレーガも苦戦した。そのあげくが全身の傷であり、ボロボロになった剣であり、盾だった。

 そんな状態で、万全な体勢にある女皇と一戦交えて勝てるものだろうか。

 勝てると断言するのは、よほどの楽観主義者か真性の愚か者か、なさねばならぬ覚悟を持つ者だけだ。

 しかしいくら覚悟があろうとも、そう簡単に結果は覆らない。その事実を女皇も、そしてストレーガ自身もよく分かっている。

 口籠もったのは、つまりそういうことなのだ。


『ストレーガ!』

『……なんだい、いきなり?』


 アライアンス間のみで利用可能な秘匿回線を通じて、ストレーガに声をかける。

 少しうっとうしそうに答えた彼女の声から、だいぶ焦りを抱えているのが分かった。


『頭首を交替しよう! そうすれば五分の戦いに……』

『それは無理だよ。戦いが始まったら、システムメニューはロックされる。当然だろ、頭首をコロコロ変えられたりしたら、戦術ってものが成り立たなくなるからね』

『あ……う……』


 自分のアイデアが無意味な空論に過ぎないと諭され、声も出ない。

 そんな彼を慰めるように、ストレーガは優しく言った。


『キミの気持ちは嬉しい。そこまで僕を心配してくれるなんて、久しぶりの体験だ。思わず胸がときめいたよ。だがなーに、心配は要らないって。『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』なんかなくたって、ちゃんと勝ってみせるさ。だから、キミはキミの仕事をやってくれ。僕が離脱の隙を作る、タイミング合わせて!』

『ストレーガ!』


 引き留めようとした瞬間、ぶつりといきなり回線が切れた。

 すでにもう、彼女は動き出していた。

 猛烈な加速でダッシュするストレーガの身体。長い放熱索(ブロンドヘア)をなびかせて、一直線に、まるで鴇色の流星のように、ただひたすら女皇に向かって突っ込んでいく。


「さあ女皇(クロム)! もう一勝負といこうじゃないか!!」

「……いいわ! 来なさいストレーガ!!」


 ぎゅおんと風を鳴らしながら振り抜かれる魔女の剣。

 それを女皇は難なく受け止め、打ち払う。

 だが打ち払われた瞬間、すでにストレーガは次の打ち込みのために踏み込んでいた。

 まるで暴風のような、狙いを定めぬ乱打にも見える攻撃。

 その実、一回ごとの斬撃は、全て女皇の急所と関節を狙いすましている。

 しかし、女皇も負けてはいない。間違いなく全アバター中最高峰であるストレーガの打ち込みを、手にした大鎌で受け止めていた。

 あらゆる基礎能力に劣るキャスター・フレームというハンディキャップを持ちながらも、ストレーガの猛攻と互角以上に渡り合っている。

 もちろん『頭首支援スキル(マスター・バッフ)』の恩恵はあろうが、それ以上に『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』というアバターの技量が卓越しているのだ。

 そして何より、かつて二人は親友だった。お互いの手の内など、全て分かりきっていることだろう。

 拮抗する戦い。

 何かしなくてはと思いつつも、ジェット・バレルは崇高ささえ漂わせる二人に対して、何も出来なかった。

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