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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
僕たちの戦争
24/31

水銀龍

 状況を理解するのに、少しかかった。五秒か、あるいは十秒か。

 こんなことが起こるだなんて、想像だにしていなかったのだから、無理もない。

 ()()剣の魔女(ストレーガ)』が、仰向けになって倒れていた。輝くオペラ色の装甲は見る影もないほど傷だらけになり、激戦をくぐり抜けてきたことが容易に見て取れた。

 考えてもみれば、ジェット・バレルの倒したガウェインとその手回り四人を除き、残り九十人近いアバターをたった一人で相手にしていたのだ。負けずとも傷ぐらいはつこうというもの。

 むしろ中枢部には一切攻撃を通さず、すべて装甲表面まででダメージを止めているこの状態は、神がかり的な戦いぶりと言えた。


「う……」

「か、会長!?」


 頭を振りながら、ゆっくりと身を起こすストレーガ。

 どうやら意識を飛ばしていたようで、両目が落ち着きなく動いて周囲の様子を探っていた。


「くそっ、直撃をもらうとは……って、ジェット! どうしてここに!?」

「どうしてというか、俺のいたところにあんたが降ってきたんですか」

「ああ、そうか……こりゃ、格好悪いところ見られちゃったな」


 よっこらせ、などとおどけたような声を出しながら、スラスターを軽く吹かして横着に立ち上がる。

 両手に握る剣と盾の感触を確かめながら、彼女はふと気付いたように尋ねた。


「どうしてここに? あ、もしかしてガウェインを振り切ってきたのかい? よく逃げ切れたね」

「いや、その……」


 倒してきたと反論しかけたものの、普通はそう思うよなと一瞬考えてしまった。


「ガウェインの相手は辛いだろうけど、もうひと頑張りしてくれないかな。悪いね、こっちはもう少しかかりそうだ。思ったより手こずってる」


 よく見ると、ストレーガの手足は細かく痙攣していた。あまりにも多数の相手と戦いすぎて、アバター末端の制御に()()()が出始めているのだ。

 一対一では無敵と豪語し、実際それだけの実力を持つ彼女だが、一対一を十度二十度と繰り返すような『領土戦(コンクエスト)』で無事であるというわけはない。

 ましてや、一対多を強いられた状況も無数にあったはずだ。初めのうちは調子がよくても、いつか必ず傷を負う。その結果が、今のボロボロになったドレス状装甲なのだ。

 思ったよりも手こずっている──というのは、かなり控え目な表現だろう。

 そもそもが無茶な戦いなのだ。

 『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』の中核部隊ほぼ全員を、たった一人で相手にするなど、彼女以外が口にしたら正気だとは思われないのは間違いない。

 だがその無謀を現実に変えつつあるのが、今のストレーガだった。

 剣はあちこちが刃こぼれし、盾など傷ついていないところが見当たらない。

 どれだけの敵を斬り、殴ればこうなるのか。想像すらできなかった。


「どうしたんだい? 戦いはまだ続いているよ、呆けるのはよくないな」

「あ……そうじゃなくて! 俺、倒しました。倒したんです!」

「?」

「だから、倒したんです! ガウェインを!」


 仮面のせいで表情の見えないペルソナアバターだが、今彼女がどんな顔をしているかなど、見なくても分かる。

 さぞかし怪訝そうな表情を浮かべていることだろう。

 しかし、本当のことなのだ。信じてもらえない苛立ちから、ついつい声が荒くなる。

 首級の一つでも獲ってくればよかったかもしれないが、あいにく首は『ストライク・ワン』の砲撃で吹き飛ばしてしまった。


「本当だ! 本当に俺は、あいつを……」

「ッ! 下がって! 下がれッ!!」

「え?」


 突然、ストレーガの悲鳴じみた怒鳴り声を聞いた瞬間、身体が浮いたのを感じた。

 なにをされたのかわからなかった。ゴッ、と鈍い音がしたと思えば、ストレーガの盾が腹にめり込んでいる。耐えるという考えにすら至らないうちに殴り飛ばされていた。

 片腕で抜き打ち気味に殴りつけられただけで、軽々と五、六メートルは吹っ飛ぶジェット・バレル。なにをされたのか分からず、混乱する。


「な、何でこんないきなりっ!?」

「動くなっ!!」


 ストレーガが立ち上がろうとした彼を鋭く静止したそのとき、目の前を一条の閃光が突き抜けた。


「なあっ!?」


 鼻の先スレスレを、エネルギーの塊が通過していく。

 いや、塊というよりもこれは刃だ。触れたものを切り裂き削り取るような、まるで刃のように鋭い光の奔流。

 街と亡骸を吹き飛ばし、粉みじんに粉砕する。

 そのまま膨大な熱量によって物質の気化さえ起こす、悪魔のような神々しい光。


「う、うわ……い、今のは!?」


 一体なにが起きたのか。攻撃を受けたのは間違いないが、これほどの破壊力を持った武装に心当たりがない。

 攻城兵器である自身の重火砲『ストライク・ワン』とて、ここまでの破壊を行うことなど無理だ。


「……『詠唱兵装(キャスティング)斬撃魔術(ブレードスペル)』だ」


 地面に刻まれた、底が見えないほど深い谷を隔てた向こう側で、ストレーガが呟いた。

 彼女の口にした『詠唱兵装(キャスティング)』という単語に、思い当たるものがあった。

 それはかなり昔に流行った、大規模戦闘向け攻撃スキルのことだ。

 『詠唱兵装(キャスティング)』という言葉どおり、攻撃用プログラムを吟じることで、超常現象に近い破壊を引き起こす。

 まさしくそれは『魔法』以外のなにものでもなかった。

 しかし反面、使用する攻撃用プログラムは非常に高度かつ複雑であり、データ容量も多い。

 『詠唱兵装(キャスティング)』を使うための特殊なロジックを積んだ専用のキャスター・フレームは、ほかの全てのステータスを犠牲にしてプログラム処理にリソースを回していたため、対戦シーンで高速打撃戦闘が主流になるにつれ、廃れていった。

 それに、当時の『詠唱兵装(キャスティング)』は、いくらなんでもここまでの破壊力は持っていなかったはずだ。

 これほどの大規模破壊を行うのは、相当なカスタマイズが行われている証拠。生半可なチューニングでは、ここまでにはならない。

 それこそアバター・ランキングのトップクラスに載るような、この『ペルソナクライン』にかけるひたむきな情熱が必要だろう。

 そして今、このイケブクロ・エリアでそれほどの情念を抱えたアバターなど、一人しかいない。

 ストレーガを見る。彼女は静かに頷いた。


「来るよ、あいつがね……!」


 一直線に切り裂いた地面に向こうに、一人のアバターが立っていた。

 ハイヒールのような足先をかつりかつりと鳴らしながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

 それはまさしく異形のペルソナアバターだった。

 大きく広がっている、三角形を組み合わせた翼のようなものは装甲板だろうか?

 腰の後ろから生えた長いスタビライザーをまるで尻尾のように引き摺っている。

 頭部の仮面(ペルソナ)を飾っている冠は、あたかも角のように見えた。

 手にする杖の先端からは、死神の鎌のごとき光刃が伸びている。


「会長、印象が……なにか全然違うんですが?」

装甲外套(クローク)が開いてるんだよ。あいつの戦闘形態だ」


 戦闘形態。つまりは、今こそ“彼女”は本気を出しているということなのか。

 どちらにせよ、それはジェット・バレルが知っている姿とは、ずいぶん違っていた。


「あれが『聖銀の女皇エンプレス・オブ・クローム』の正体……いや、もともとの姿さ。僕とつるんでいたころのあいつの姿。人はあいつを……『水銀龍マーキュリー・ドラゴン』と呼んだ」

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