混乱する戦況
「ど、どうなってんだこりゃ……?」
死屍累々、屍山血河。
折り重なったアバターの死体、死体、また死体。十や二十ではきかない数だ。
見れば、どれもこれも頭か胸を一刀で斬り捨てられた亡骸ばかり。誰が倒したのかなど、一目瞭然だった。
「……会長だな。さすがって言うべきかね、こりゃ。そういやさっき戦ってる音が聞こえたよな。どっちだ?」
高速道路でガウェインと戦っていたせいで、いつの間にか主戦場であったイケブクロ・シタデル正門前からは離れてしまっていた。
アバターが斬り倒される音を頼りに、ストレーガの姿を探して歩くジェット・バレル。
一応、敵から奇襲を受ける可能性もある。ここまで来て、つまらないミスで倒されてしまうのはもったいない。魔女と女皇の戦いの行く末は、ぜひとも見届けたい。
ロングライフルを腰だめに構え。ゆっくりと進んで行く。
時折戦いの爪痕だろうか、部屋道やらが粉々に砕けたり、ガラス状に融解している場所があった。強力な熱線攻撃でも浴びたのだろうか?
しかし、よくもそんな砲撃を使って彼女に挑もうなど考えたものだ。
正直、あのストレーガ相手に真っ向から飛び道具を当てる自信は、ジェット・バレルは持ってない。
多大な幸運と周到な準備、それに加えて捨て身の覚悟がなければ、ストレーガに射撃を直撃させることはきわめて難しいだろう。
そういう意味では、彼女が不意の射撃に倒されるなどという心配はまったくしていなかった。
彼女の隙のなさは、まるで背中に目でもついてるのではないかと思わせるほどだ。射撃どころか、どの間合いから襲いかかっても、一刀の元に斬り捨てるに違いない。
そうしてできたのが、この亡骸の山のはずなのだから。
幸い、死体にまぎれた伏兵などとは出会わなかった。
シタデル攻略戦に投入した『白銀騎士団』本隊は、残っていた全戦力を魔女との戦いに投入したらしい。
分隊のほうもどうやら、ジジ様たちイケブクロ・エリアのアバター連合がきっちり足止めをしているようだ。
時々、駅のほうから爆発音がするのは、あちらの戦いもまた、佳境を迎えているということなのだろう。
どちらにせよ──勝負を決めるのは魔女だ。彼女が勝たなくては、自分がガウェインを倒したことも、駅前の戦闘も、何もかもが意味を失う。
今日の『領土戦』はもはや、ただの魔女の復讐戦ではない。イケブクロ・エリアの行く末を決める戦いでもあるのだ。
ジェット・バレル自身を含め、このエリアのアバターは、一人残らず魔女という札に賭けた。彼女と手を組み、『白銀騎士団』と敵対するというのは、自らの身代全てを賭けたのと同義だ。
あの日、ジジ様の手引きでイケブクロ・エリアのアバターを集めたとき、ガウェインの出した条件については包み隠さず伝えていた。あの破格の条件に惹かれ離反するアバターもいるのではないかとジェット・バレルは予想していたが、以外にもそれはごく少数にとどまった。
しかし考えてみれば当然だ。はきだめと蔑まれようと、大アライアンスの支配を嫌い、この地を自由都市として盛り立ててきた面々なのだ。
今さら甘い飴を見せられようとも、首を簡単に縦に振るはずがない。
そしてまた、そんなガウェインの態度が気に入らなかった者も多い。
ジェット・バレル自身がそうだ。
結局のところ、ガウェインというアバターもまた、大アライアンスに所属するがゆえの奢りからは逃れられなかった。
なぜなら、ガウェインは彼らを買い叩こうとした。金子で縛って『命令』しようとしたのだ。
命令──それだけは、受け入れたくない。そういうアバターが、このイケブクロには非常に多い。
だが、魔女は違った。発端こそ強制だったが、それもまた賭けの結果だ。ジェット・バレルの自己責任とも言える。だが最後に彼女は『懇願』した。
「私を助けてください」
ストレーガ、音に聞こえた最強の魔女が、こんな──まさしくこんなスピット・ダンプの住人に、ジェット・バレルに力を貸してくれと頼んだのだ。
かたや『命令』、かたや『懇願』。ならばどちらに力を貸すかなど、考えるまでもないこと。
ましてや、ジェット・バレルはストレーガの現実を知っている。
あの完全無欠の美少女生徒会長が、秋月雪乃ともあろう者が、同じ学校のぼんくら一般生徒に助けてくれと頼んだのだ。
美少女の頼みを無碍にするほど、ジェット・バレル──いや、真壁陸朗は枯れてはいない。
だからこそ、己の持つ全てを尽くして、今の今まで戦って来たのだ。
「俺にここまでやらせたんだ。勝ってくれないと困るぞ、会長」
冗談めいた、だがその実心の底から願っている台詞をひとりごちる。その時だった。
「……ん?」
夜空に、一条の閃光が走った。
まるで月を射貫くような、天を突き破る真っ直ぐな光だった。空が一瞬だけ昼になったかのような、圧倒的な光量。
思わず見上げたジェット・バレルの眼前に、それは降ってきた。
それは人型のもの。
それはペルソナアバター。
それは──、
「ス……『剣の魔女』ッ!?」
思わず目を疑った。しかし、見間違えることなどない。
それは間違いなく、自慢の装甲を半壊させた彼の相棒、ストレーガだった。の対決を前にして、身じろぎ一つできなかった。
旧版に比べて結構弄っています、このあたり。