太陽を射ぬく者
ガウェインの『重戮槍』とジェット・バレルの銃剣。
まともにぶつかれば、圧倒的なパワーの前に吹き飛ばされるのは必定。
が、まともにぶつからなければどうなるか。
「だらぁっ!」
「なにっ!?」
尻餅を突くように身体を沈ませ、スライディングしながら槍の下をくぐり抜ける。
まさしくそれは刹那の見切り、本当にギリギリのスレスレだ。かすった刃がジェット・バレルの仮面を削り、火花を散らす。
コンマ一秒タイミングがズレていたら、首から上を持っていかれるほどにきわどい。
「ちぃっ! やらせはせぬ!!」
しかし、さすがはガウェインだ。
瞬間的な上下動にも敵の姿を見失うこともなく、即座に反応し、膝を繰り出す。先ほどのように迎撃してくれると言わんばかりの蹴り。
だが、突撃姿勢で前方に偏った重心を引き戻すには勢いが付きすぎている。動きに、わずかなタイムラグがあった。
ガウェインという巨大な移動要塞に生まれた、ほんのわずかのほころび。
今こそ、鉄壁に蟻の一穴が開いた瞬間だった。
ほんの少し、ほんの少しだけ、ジェット・バレルが先に動く。
膝蹴りが迫るよりも速く銃剣の刃を盾にして、膝蹴りの勢いを受け流す。
本来ならば比較するのがおかしいくらいに段違いのパワーであるが、無理な姿勢から放った攻撃なら、さばくくらいはなんとかなる。
しかしそれでも相手はガウェインだ。ジェット・バレルが出会った中で、もっとも強大なパワーを持つ超重量級アバター。
その一撃は受け止めたはずのジェット・バレルの身体を、大きく横にスライドさせる。
「……さすがっ! だが、これも、だっ!!」
スライディング中に新たに与えられた横殴りのモーメントは、軽いジェット・バレルのの体勢を大きく崩し、ねじれるような回転を与える。
しかしそれこそがジェット・バレルの狙い。
懐に入られると膝を繰り出すガウェインの動き、それを誘い出したのだ。
膝蹴りの瞬間、ほんのわずかではあるが片足が浮く。ガウェインの規格外の巨体を支えるものが、軸足一本のみとなる。
「ここで!」
「なにっ!?」
右腕に抱えていた重い『ストライク・ワン』をしっかりと握り直すと、身体に与えられたスピンの遠心力を利用して、地面スレスレをぬぐい払うように身体ごとスイングさせる。長いバレルの残像が弧を描き、ガウェインの脛部を強打した。
ダメージ自体はさほどないだろう。見上げるような体躯のガウェインは、巨大さに比して装甲も厚い。特に腰から下の下半身は、通常のアバターならば軽量化のために装甲を外している関節部まで、念入りに装甲化されている。
それだけの重装甲は、蹴りを放つときの武器にもなれば、巨大な『重戮槍』を振り回すため、低重心化するためのカウンター・ウェイトとしても機能しているほどだ。
しかしその低重心も、バランスを崩してしまえば付け入る隙はある。まさしくそれが今だった。
『ストライク・ワン』のバレルに強打された瞬間、ガウェインの脚が後ろへとまるで滑るように跳ね上がる。この瞬間だけは、あのガウェインの巨体が完全に宙を舞っていた。
だがこんな単なるテイク・ダウンを取るために、己の頭部を賭けたわけではもちろんない。
ここからが本番、これからが本命。ジェット・バレルは『ストライク・ワン』から手を離すと、両手でロングライフルを握りしめる。そのまま先端に展開されているブレードを、思い切り地面へと突き刺した。
スピンしながら前へ滑り込もうとしていた身体が、アンカー代わりのブレードによって強引に地面に縫い止められる。腕が引きちぎれるかのような反動。だが、ジェット・バレルは歯を食いしばってそれに耐えていた。
「奥の手……その二ぃっ!!」
ジェット・バレルが浮いたガウェインへと向き直った瞬間、背部に装備したブースター・ポッドが前後にぐるりと反転する。
「ブースター・カノンだっ!!」
それは推進に使う出力をそのまま攻撃力に転化した、強力なエネルギー砲だった。もちろん本来は射撃用途に用いるものではない。精度など出ないし、射程もごく短いものだ。
本当にエネルギーを瞬間的に衝撃として発射するだけ。しかし、足下へと滑り込んだ今の状態ならば、それで十分だった。届くし、当たる。間違いなく。
ごぉんという爆音とともに、エネルギー衝撃波が撃ち出される。
重量級アバターさえも押し込むロケット・ブースターのフルドライブ。その強大なパワーを瞬間的に圧縮し、撃ち込んだのだ。
「ぐわあっ!?」
ガウェインの身体に叩きつけられた不可視の衝撃は、超重装甲を突き抜けてダメージを与えるのに十分な威力だった。
びしり、と体躯のあちこちが痛打に耐えかね、ひび割れを作る。強靱であったはずの装甲ごと、今度こそその巨体が大きく吹き飛び、高速道路の壁へと叩き付けられる。
しかしまだ終わらない。この程度では終わらない。終わらせてなるものか。
突き立てたロングライフルから手を放す。ブースター・カノンの反動はまだ残っている、身体が後ろに流されそうになるのを感じた。
だがここが文字通り最後の踏ん張りどころだ。片脚を突き出し、強引に体勢を立て直す。脚の骨格が悲鳴を上げ、部品が弾け飛んだ。
断線したようにあちこちがスパークし、焦げ臭い煙を上げる。それでもなお足首に力を入れ、射撃姿勢をしっかりと維持する。
腰のレールにぶら下げた『ストライク・ワン』の機関部をフルドライブ。
かなり無茶のある急速チャージだが、間に合わなければ意味がない。
一発限りでぶっ壊す覚悟でジェネレーターを回しながら、火器管制を目のターレット・レンズへと繋ぐ。
重火砲の機関内圧が上がるとエネルギー脈動し、まるで心臓のように高鳴るのを感じる。完全に密閉されているはずの機関ごしに、熱く輝く熱が伝わってくる。『ストライク・ワン』の状態が、手に取るようにわかった。
「今度こそ……決めるッ!! 全部、出し切って!!」
グリップを握りしめる。急制動の反動は、ぎちぎちといまだジェット・バレルの全身を締め上げる。
しかし、その痛みで照準が狂うことなどない。
どれだけ身体がきしみ、悲鳴を上げようとも、この構えた砲だけは外さない。不退転の決意なるものが、今の彼には漲っている。
「……こいつも、使う!」
ぶうん、とジェット・バレルの全身が淡い輝きを帯びた。
巨大な熱量が生まれ、それはさらに重火砲のチャンバーへと送り込まれる。ブーストされたエネルギーはうねり、荒れ狂い、今まさに発射の時を待っていた。
「いっ……けぇっ!!」
トリガーを引いた瞬間、身体ごと吹っ飛ぶような猛烈な反作用がジェット・バレルを襲った。しかし、エネルギー弾は確かに発射された。
まるで弾けたように放り出されるその身体。
だがジェット・バレルの目はどのような姿勢になろうとも、自身の切り札がガウェインへと襲いかかるのを最後まで見つめていた。
「こ、これは……このパワーは!? 貴様! まさか貴様が……」
巨大な光の塊が、長い光跡を引きながら、ガウェインに直撃する。
標的は上半身、それも一撃でライフポイント全損を狙える頭部。
せめてもの抵抗か、ガウェインはかばうように左腕を差し出したが、それすらも光に飲み込まれ、一瞬で解け崩れ、蒸発していく。その奥にあるガウェインの頭部もやがて融解し、形を失い──そして。
「おおおーっ!?」
光が爆発する。強大なエネルギーは臨界を超えて膨張し、ガウェインと高速道路の一部を飲み込みながら、巨大な火球となって周囲に衝撃と爆風をまき散らす。
ずずずず、と道路が揺れた。弱くなっていた道路の一部が一気にひび割れたのだ。あまりにも巨大すぎる破壊エネルギーは、戦域オブジェクトである高速道路の基礎構造までも破壊していた。
「あ、やば……!」
ジェット・バレルがそれに気づいた時にはもう遅い。彼と、そしてガウェインもろとも、高速道路が一気に崩れる。瓦礫に巻きこまれながら、彼らははるか数十メートル下の地面へと、逃げる間もなく落下していく。
「こ、こなくそっ!」
こんなものに巻きこまれては、たまったものではない。何のためにここまでやったのだ──その想いだけが、ひたすらに身体を突き動かす。
無茶な仕様でくたびれ果てたロケット・ブースターに、無理やり火を入れる。
本来想定していた用途ではないブースター・カノンなどしたせいか、機構のあちこちが痛んでいる。だがそれでも、今は命綱となるのがこれしかない。
「動けちくしょう! 動けってば!!」
ポンコツのエンジンよろしく、何度か黒いガスを吹く。ガタガタと音を立てるだけのブースター。
もうダメかと思ったそのとき、か細くだが推力が生まれたのを感じた。
「よおしっ!!」
ブースターを吹かし、一気に横へ飛び出すジェット・バレル。
だがそれが精一杯、瓦礫の山に飲み込まれずには済んだものの、そのまま勢いを失って墜落する。二度三度と無様に地面を転がるジェット・バレル。だがそれでいい。今、自分は生き残った。生き残った者こそが勝ちなのだ。
「は……はは、ははは。やっ……たぁ」
もがくように身を起こしながら、瓦礫に顔を向ける。
墜落で強打した身体中が痛かったが、それ以上の達成感が、彼に痛みを忘れさせた。瓦礫を見るために、自らの勝利を確認するために、ジェット・バレルは夢中で身体を動かしていた。
視線の先にある瓦礫の山。そこには半ば埋もれる形で、片腕と頭部を失ったガウェインが倒れている。
それこそが、彼の勝利の証。己が本懐今こそ果たしたと、ジェット・バレルの内に、大声で叫び出したいほどの喜悦が満ちる。
だがそれをぐっとこらえると、彼は己のうちに今一度冷静さを取り戻した。
「まだだ。会長はどうしてるんだ? くそっ、情報ノイズはまだ消えないのかよ。こんなに濃密に散布するんじゃなかったぜ」
スペアのロングライフルを地に突き立て、杖代わりにして立ち上がる。
風に乗って剣戟の音が聞こえる。ジェット・バレルはその音に導かれるまま、ゆっくりと歩き始めた。身を引き摺るようにしながら、だがそれでも行かねばならぬのだ。
そして彼の背後で──瓦礫の山から小石が一つ、からりと音を立ててこぼれ落ちた。