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仮面の魔女と黒い銃  作者: 桂樹緑
死闘、太陽の騎士
20/31

燃える首都高速

 ごうっという雷鳴にも似た響きと共に、ガウェインの撃ったエネルギー弾がシタデル尖塔の屋上へと迫る。

 砦のようにあつらえられた建物を、抉り取るように吹き飛ばし、そして爆散した。

 

「ふいいい……おっかねー。すんげー威力だなオイ」


 崩れかけた塔屋の影から出てきたのは、『黒い銃身(ジェット・バレル)』だ。

 ガウェインたちの見立ては間違っていなかった。彼こそが、この場所から地上に向かって狙撃を行っていた張本人だったのだ。

 彼はいまだパラパラと破片をこぼし続ける一角から素早く離れると、立てかけてあったロングライフルを手に、はるか二百メートル下をのぞき込む。

 今回、ジェット・バレルはアバターの仕様をいつもとかなり変更していた。

 その仮面には狙撃用の三連回転式(ターレット)レンズを持つ眼帯型のスコープ・ユニットが取り付けられ、アバター本体の左肩には手にしているものと同型のロングライフルを収めたホルスター。腰には砲身を折りたたんだ重火砲『ストライク・ワン』を横向きに、さらに背中には細身の身体には不釣り合いなほど大型のロケット・ブースターを装備している。

 火力に関していえば、相当な重装備だ。このいでたちを見れば、今回ジェット・バレルは今のような狙撃だけではなく、重装甲相手の突撃戦闘をも念頭において装備を選んでいることが理解できるだろう。

 実際、彼は狙撃にこだわる気はなかった。地の利を生かし、先行して発生させておいた情報ノイズで相手の注意をそらせるうちに、先制して敵戦列を一撃しておこうと思ったまでに過ぎない。

 本命はあくまでガウェインなのだ。あのアバターを釣り出すことこそ、ジェット・バレルの目的であり、役目だ。


「一応は成功ってことかな。まぁ、やる気まんまんで向かってくる相手を釣り出したとは普通言わないだろうけど」


 相手を乗せたのではなく、乗ってもらった。

 そのあたりのニュアンスの違いは、無論ジェット・バレルにもよくわかっている。

 相手は女皇とガウェインの分断がこちらの狙いだと承知した上で、あえて別れた。無策ということはありえない。全力でもって、彼を潰しにかかるだろう。


「まさか本当に二人で相手する羽目になるとか思わなかったもんなぁ……ジジ様やみんなに、サンシャイン通り側を抑えてもらったのは失敗だったかな? 騎士団分隊の足止めはやってもらえてるみたいだけど……敵を突破して、俺たちに合流出来るかは微妙だよな」


 ジェット・バレルはあの日、ガウェインとの邂逅のあと、イケブクロ・エリアの主だったアバターを集めて、今回の『領土戦(コンクエスト)』での作戦会議を始めていた。

 その時にはもう、ジェット・バレルは腹を決めていたのだ。むしろガウェインとのやり取りが決め手となって、ストレーガに助力することを決めたとも言える。

 もっとも、内心ではそれなりに葛藤はあったのだが──ともかく、一度方針を決めたジェット・バレルの行動は早かった。

 強大な『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』をいかにして倒すか。今回ばかりは魔女とのやり取りがある以上、騎士団側も総力戦を仕掛けてくることは目に見えていた。そうなると、イケブクロ・エリアのアバターだけで支えきることは不可能だ。

 戦はジョーカー的存在である『剣の魔女(ストレーガ)』をいかに上手く使うかがカギとなるのは自明の理だった。

 本人が言うとおり、彼女を女皇との直接対決に送り出し、そして倒す──それこそが唯一の方策。

 そのために二重三重に罠を張り、女皇を倒すための最大の障害となるガウェインを引きつける方策を考えたのだ。

 今のところ、その策は半分成功で半分失敗というところだろうか。

 どちらにせよ、まだ魔女は女皇まで辿り着いていない。もう少しは引きつけておかなくてはならないだろう。


「奥の手の一つやふたつは持ってるが、それを見せるにゃまだ早い。ここはまともに相手をしないほうが得策だな。()()()()だけ置いて、ずらかるとするか」

 引っかき回して焦れさせて、隙を作ってから撃ち、倒す。横合いから背後から見えないところから届かないところから奇襲する。

 そういうクレバーな戦い方が最善手、ジェット・バレルのもっとも好むところだ。

 話に出た『おみやげ』も、そうして相手を奇襲し怒りに火を注ぐような、ロクでもないものだというのは言うまでもない。

 インベントリから小箱のようなものを取り出すと、巧妙に瓦礫の影に隠しておく。

 トンと指先で軽く叩けば、ビル風にかき消されて聞こえないほど小さな音が鳴り始める。規則正しく時を刻むかのような、無機質な音。

 それが何であるかは、屋上へと辿り着いたガウェインたちが後ほど知ることになるだろう。


「んじゃ行くか。狙撃手がいつまでも同じところにいると思うなよ、と」


 手首から細い、しかし強靱なワイヤーを射出。そのまま瓦礫となった塔屋から突き出ている鉄骨へと、何重にもくくりつける。

 ぐいぐいと何度か引っ張り強度を確かめると、ジェット・バレルは屋上を飛び出し、空へと身を躍らせた。

 ブースターは吹かさない。まだその必要はない。今はただ、安全地帯へと移動できればそれでいいのだから。


「アイゼン!」


 百メートルほど降下したところで、壁面に足裏の滑り止め(アイゼン)を突き立て、減速をかける。

 人間ではなしえない、スラスターなどの補助推進器、そして姿勢制御を行うオート・バランサーを持っているアバターであるからこそ、可能な芸当だ。


「そろそろ……かな」


 ちらり、と尖塔を見上げると、数体の人影がすでに到着しているのが見えた。ほぼ計算通り、頃合い良し──だ。

 瞬間、屋上で瓦礫の中から複数の火球が膨れあがり、炸裂する。火柱が上がり、爆ぜた炎が周囲のものを次々に飲み込んでいくのが見える。

 時限発火式の焼夷弾だった。もちろんジェット・バレルが、敵アバターの屋上までの到達時間を見越してセットしていったものだ。

 しかし屋上が燃え上がるさまを見上げる彼の、仮面の下にある表情は冴えない。


「レーダー反応がおかしい。デコイか……? だった……らあっ!?」


 猛烈な殺気を感じて、ワイヤーを一気に巻き上げる。ぐん、と身体が浮き上がり、十メートルほどを一気に上昇した。全重量を支えていた右肘が悲鳴を上げる。だがその痛みと引き替えにしても、避けねばならなかった。

 足下で爆発音。そして巨大な熱が炸裂した。ついさっき体験したものと同じ、エネルギー弾による攻撃──断定できる、間違いなく。


「ち……!」


 振り向いて敵を確認するよりも早く、ロングライフルを構えていた。

 狙撃(スナイプ)モードから突撃(アサルト)モードへ即座に切り替え、着弾から予測される射撃地点──首都高速へと向けて掃射する。

 キキン、と金属質の甲高い音が響いた。

 今撃ったのは徹甲爆裂弾アーマー・クラッシャーではなく、通常の弾頭だ。装甲で弾かれることは予測済み。

 そこに何かをがいることを確認するために撃ったのだ。


「ああもう、裏をかいたつもりが!」

「卿の考えていることくらい、我にも思いつくということだ」


 首都高速のコンクリート壁の上に悠然と、ガウェインが立っていた。

 周囲には重装甲タイプのアバターの姿も見える。女皇警護騎士クローム・センチュリオンに間違いない。


「あれがデコイなのはわかったけど……どうして尖塔の裏側まで、こんなに早く?」

「道が平坦であれば、我もそこらのアバターに速度で劣ることはない」


 そう言いながら、がちりと踵を打ち鳴らすガウェイン。

 ジェット・バレルもそれで気づいた。ガウェインが見かけほどには鈍重ではないということに。


「そいつはラケーテン・スピナー……そうか、シタデルと首都高は内部で繋がってるんだから、それを利用したのか!」

「ご明察だ。さすがだな、ジェット・バレル。それが分かるのなら、今卿が置かれている危機も理解できるだろう」


 ジェット・バレルにとって、ガウェインははるかに格上の存在だ。

 一人でも手を焼くどころか、全身全霊で相手をしたところで、勝ちが拾えることを計算できないほどの相手だ。

 そのガウェインが、部下にして最精鋭である女皇警護騎士クローム・センチュリオンを四人も連れてきている。

 危機とか、逆境とか、言葉で表現することがバカバカしくなるほどの苦況(ピンチ)であった。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……くそ、ガウェイン入れて一対五かよ! 死亡フラグビンビンじゃねーか俺!」

「なに、嘆くことはない。そこでじっとしていろ、すぐに片付けてやる。総員構え!」


 ガウェインが自分の後ろに控えていたアバターに命じると、控えていた四人が携えていた長物を構える。馬上槍(ランス)にも似たその武器は重火砲の一種だ。

 そしてガウェインの『重戮槍(ミンチ・ランサー)』も合わせた五つの砲口に、エネルギーが集中していく。

 なるほど豪語するとおり、あんなものが一つでも直撃すればジェット・バレルはおしまいだ。

 文字通りの木っ端微塵、なんとしてでも喰らいたくない一撃だ。


「じっとしてろ、ね。はいそうですかって、言うと思ってんのか?」


 ぐいっと膝を曲げながら身を縮こませ、力を溜める。

 ガウェインたちのいる高速道路までは距離にして約二十五メートル。脚力のみでは、一つ飛びというわけはいかない距離だ。

 もちろん、勝算なきダイブをするつもりはない。そのための──ロケット・ブースターだ。


「せえの……はぁっ!!」


 ぐんと膝に力を込め、食い込ませていたアイゼンを展開した瞬間、ロケット・ブースターに火を入れる。

 ごうんと、爆発するような音が背中で響き、急激な加速とそのGが全身を襲った。

 重火砲の火線と交差するその身体。解き放たれた炎の矢──今のジェット・バレルはそういうものだった。

 爆発的な推力を生むロケット・ブースターは、単独での飛行すら可能とする。だが、今は()()ためではなく()()ために使っていた。

 限界まで張り詰めたワイヤーがぷつりと切れた。なおも跳ぶジェット・バレル。

 一直線に、真っ直ぐに、狙った先にいるのは一人の女皇警護騎士クローム・センチュリオン

 体格差は明白、バイクと自動車がぶつかるようなものだ。

 だが──、


「どぉりゃあっ!」


 ロングライフルを盾代わりに、真正面からぶつかるジェット・バレル。

 しかし弾かれると思いきや、ぐいぐいとライフルを食い込ませながら、敵アバターを押し込んでいく。


「なんだと!? ええい、そんな小兵一人! さっさと立て直さんか!!」

「そ、それが、体勢を崩されたまま引き摺られて!」


 ジェット・バレルを受け止めきれず、身体を後ろに流されている女皇警護騎士クローム・センチュリオンが悲鳴を上げた。彼が不甲斐ないわけではない。

 体格差を跳ね返す、大出力ロケット・ブースターの推進力。これこそジェット・バレルの用意した、対重装甲用の切り札だった。

 白兵戦では体重の重い相手のほうが絶対的に有利だ。

 ウェイト差を埋めてなお余りある、ストレーガのような異常な白兵戦スキルを、彼は持ち合わせていない。

 ならばせめて、当たり負けしないだけのパワーが欲しかった。

 そのためのロケット・ブースターなのだ。


「うおおおっ!」


 自らのもてる推進力を使い切り、力いっぱい敵アバターの上半身を壁へと叩き付ける。鉄板とコンクリートでできた高速道路の壁が大きく揺れた。

 上手いこと頭でも打ったのだろう、敵アバターはぴくりともしない。即座に顔面──すなわち中枢システムである仮面を撃ち抜き、トドメを刺す。

 しかし、そこで一息つけるわけではない。女皇警護騎士クローム・センチュリオンは全部で四人。まだ三人も残っている。

 彼らが着地の隙を狙うのは必定。事実、重火砲を手放した彼らは斧や棍を手に、ジェット・バレルに襲いかかる。

 そしてガウェインもまた、槍を振り上げそれに続いた。


「相手はガンナーだ! 距離を取らせるな!」


 複数のグライド・スピナーが唸りを上げたのが聞こえた。

 どうやらガウェインだけではなく、女皇警護騎士クローム・センチュリオンも脚部にあの滑走装備を使用しているようだった。

 直線機動ならば間合いはあっという間に詰められる。この状況で、上下動でかわす余裕はない。

 ならば、とジェット・バレルは即座に頭を切り換え、目の前でぐったりとしたアバターの脇にロングライフルをねじ込むと、梃子の原理で投げ飛ばす。


「でいやぁっ!!」

「何っ!?」


 それは誰が言ったのか。ガウェインかもしれないし、ほかの女皇警護騎士クローム・センチュリオンなのかもしれなかった。

 大柄な身体に視界を奪われ、一瞬の動揺が走る。だがそれ以上のものではない。

 たとえ仲間の亡骸であっても、今はただの障害物だ。

 ジェット・バレルを追い詰めた千載一遇のこのチャンス、ならば障害物をいちいち避けて進む法は、『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』には存在しない。


「ぬぇぇぇいっ!」


 すまぬと心の中で祈りながら、戦斧が、鉄鎚が、棍棒が、『重戮槍(ミンチ・ランサー)』が、宙を舞うかつて仲間であった者の身体を次々と打ち据え、引き裂き、叩き潰す。

 だがその向こうにあるはずのジェット・バレルの姿がない。

 そこにあるのは、ポツリと残されたいくつかの箱状の物体だった。それはデコイではなく、彼ら自身が屋上に行っていれば、そのときそこで目にしたもの。

 不気味に繰り返す明滅が、今にも臨界に達しそうに激しくなっている、死と炎が詰まった悪魔の箱だ。


「まずい! 下がれ!!」


 直感的にラケーテン・スピナーを全力で逆回転させ、その場を離れるガウェイン。 その加速力は絶大だ。戦闘領域からしばし離れてしまうことと引き替えに、絶対の安全が保証される距離まで一気に離脱できる。

 だが、ほかの三人は間に合わなかった。

 箱が避け、砕けて溢れるエネルギーの奔流。

 それは即座に大気と結びつき、強烈な炎となって三人のアバターを包み込んだ。荒れ狂う炎は壁となり、三人の退路を断つ。


「ぐおおおっ!?」


 苦悶の声をあげる三人。

 だがもちろん、彼らは騎士団でも屈強な重戦闘アバター。この程度で戦闘不能になることはない。

 火だるまになり、悶えつつも、その目はまだ敵の姿を追っていた。

 身を灼く炎よりもなお熱い憎悪の火をたぎらせて、消えたジェット・バレルの姿を探す。


「奴はどこだ!?」

「ここだよ」


 一人のアバターの背後から声。

 だが彼が振り向くよりも早く、その頭部に突き付けられたロングライフルの銃口が火を吹いていた。

 ばつん、とドラム缶を撃ち抜くような音がして、そのままがくりと膝を突く。

 頭部に開いた、まるで見えないネジを打ち込んだようなねじれた穴から、情報粒子となった内容物をぶちまけて。


「なっ……」

「知ってたか? 火ってステータス異常は厄介でさ。装甲が熱でかなりやわくなっちまうんだよ。だからこんな簡単に撃ち抜くことだってできる」


 両手に一丁ずつロングライフルを構えたジェット・バレルが走る。

 二人の女皇警護騎士クローム・センチュリオンは一瞬ひるんだものの、すぐに彼へと向き直った。

 たしかに今、装甲が弱っているのは事実かもしれない。ガウェインが後退し、すぐには自分たちの助けに入れないかもしれない。

 だが相手はジェット・バレルだ。スピット・ダンプの最下層アバターだ。

 そんな奴に負けてたまるか、やられた仲間の仇を取らずにおれるものか。

 彼らは勇猛であり、そして自信があった。女皇の近衛の一人として、選ばれた者だという誇りがあった。

 その誇りこそが、炎に身を灼かれようとも、敵を前にした退却を許さなかった。


「かかれぇいっ!」


 先行した一人が、火の粉をまき散らしながら斧を振るう。

 ジェット・バレルは身を伏せてそれをかわすと、銃口を眼前にある相手の膝へと向けた。

 片側三発、両手で六発。速射された銃弾が、敵の膝を撃ち貫く。

 小さな標的を確実に撃つための六発。だが銃弾は狙い違わず、すべてが吸い込まれるように関節を突き抜け、膝から下をもぎ取っていた。


「があっ!?」


 全体重を支えていた軸足が突然へし折れたのだ。ひとたまりもない。

 前のめりに崩れてくるアバターの背中にダメ押しの射撃を叩きこみつつ、ひらりと避けた瞬間──鉄鎚による横殴りの一撃が、ジェット・バレルの肩を痛打する。

 弾け砕けた肩部装甲をまき散らし、道路を転がりながら間合いを取る。

 だが、敵アバターの追撃が来る。逃がしてもらえるわけもなく、ジェット・バレルはさらに数発、あちこちに痛撃を喰らってしまう。


「ぐおっ!? さ、さすがに無傷は無理か! 会長みたいにゃいかねぇな!」

「黙れ雑魚の分際で! 俺たち騎士団が、女皇警護騎士クローム・センチュリオンが、貴様のようなチンピラにやられたままでいると思うか!?」

「ぐっ……かさにかかってきやがって!」


 右へ左へ打ち込まれる鉄槌を、なんとか受け流すのがやっとだ。

 さすがに押し込まれると、地力の差というものが出てしまう。

 騎士団のほとんどのアバターは白兵戦を得意とするファイター・フレーム、対してジェット・バレルは、射撃戦に特化したガンナー・フレームを採用している。

 今の状況では、基本フレームのレベルで有利不利が明確に存在するのだ。

 三人までは奇襲と奇略と奇策で倒せたが、こう真っ向勝負になってしまうとさすがに弱い。

 まして、あと一分もしないうちに、後退したガウェインが戻ってくるだろう。あのアバターを含めた二対一では持ちこたえることすら難しい。

 なんとしてでも目の前にいるこの相手だけは、倒しきらなくてはならない。

 さいわい、炎に包まれている敵の身は、こちらの攻撃が容易に通る。

 今ならばどんな攻撃でも当てさえすれば、相手にダメージを与えられるはずだった。


「どのみち時間をかけるわけにはいかないっ! 突っかける!!」

「ガンナーが! クロスレンジで我ら騎士に勝てると!」


 二丁のライフルをだらりとぶら下げるように持ち、突進。見る間に迫る、敵の姿。

 確かに相手の言うとおり、クロスファイトでガンナーがファイターに勝つのは非常に難しい。だが……装甲の、耐久力のハンデがあるなら勝機もまた存在する。


「奥の手、そのいちぃ! 『銃剣(バヨネット)』展開ッ!!」


 ロングライフルの先端が変形する。

 銃口に覆い被さるようにバレルジャケットが展開、内部からスライドしながら出てきたのは、ライフル全長の四分の一ほどもある実体刃(ブレード)だった。


「刃物だと!?」

「今のお前らなら、非力な俺でも十分斬れるんだよ!」

「くっ、かわすっ!!」

「届かないか!? ハズしたら、今度はこっちが後がない!!」


 身体を引き気味に倒す女皇警護騎士。

 さすがというべきか、薙刀に近い形状になったロングライフル・ブレードの間合いを見切り、ギリギリのところでかわせる間合いだ。しかし──それも上半身を狙っていればの話。


「ッ!?」


 鋭い痛みとともにがくっとアバターの動きが止まる。

 ジェット・バレルは相手のほうが速い、届かないと判断した瞬間、狙いを変えた。回避運動中、最後までその場に残る部分──すなわち引き脚の甲に、ブレードを突き立てたのだ。

 道路に深々と突き刺さったブレードが、女皇警護騎士クローム・センチュリオンの動きを縫い止める。

 結論から言えば、彼はそのまま脚を引き千切ってでも後退すべきだった。

 しかし身を捨ててまで、痛みを受け入れてまで退くことのできる、真の猛者は多くない。

 そして彼はその数少ない猛者に、残念ながらなれなかった。

 とっさに脚をかばう女皇警護騎士クローム・センチュリオン。後ろに下がるはずだった身体が止まれば、間合いを詰められる。もはや勝負は決まった。


「もらったあっ!!」


 もう片方のブレードを、敵アバターのあごの下へと突き込み、捻り、ねじ切るようにして、そのまま首をはね飛ばす。

 情報粒子が血飛沫のように首から吹き出し、最後の一人の彼もまた、今、動きを止めた。


「いよしっ! なせばなるってか!」


 敵の脚に突き立てたブレードを引き抜きながら、周囲を一瞥する。動く物は今、いない。だが耳を澄ませば少し離れたところから、地面をグラインダーで削り取るようなスキール音が聞こえてきた。誰かと問うまでもない、ガウェインだ。

 時限焼夷弾の焦げた煙を突き破り、その巨躯が姿を見せる。倒れた部下たちの有様を見て、その胸に去来するものなどは一つだろう。


「少し分断されていたあいだに全滅……『白銀騎士団(エンプレス・オーダー)』最強の女皇警護騎士クローム・センチュリオンが四人もいて、このザマとはな」


 石臼をこすり合わせるような、怒りをたたえた口振りのガウェイン。声質が重く、硬く、そして油断がない。

 なにせ数で囲んで押し潰すつもりが、まんまとハメられ、分断され、そして倒された。一騎当千の魔女とは違うが、それとはまた別の意味で厄介なペルソナアバターであると再認識したのだろう。


「確かに戦績もスペックも、あんたらは俺なんぞ比較にならないほど上だろう。だけど、やり方が素直過ぎるんだよ。俺みたいなアウトローからすれば、付け入る隙が山ほどあった。相互にミスを補完する集団戦に慣れすぎた弊害だろうな」

「違う。彼らは一流のアバターだ。それが敗れたのであれば、それは卿が強かったというだけのことだ」

「相変わらず、人をおだてるのが上手いぜ、ガウェイン」

「事実は事実として認めなくてはなるまい。だが……我も同じようにいくとは思うなよ? どれだけ時間を稼げと言われたか知らぬが、その役目が果たせると思うな」

「……あんたが別格なのはわかってる。曲がりなりにも、あのストレーガが女皇と組まれたら勝てないと、泣き言を言う相手だ。あいつだって、俺に足止めしか頼まなかった。それしかできないと思ってだ……けど、そいつは少しばかり悔しいし、仕事しかできない男と思われるのもシャクだ」

「……!」

「それにな、ガウェイン。あんたには個人的にも話がある。()()()での話がな」


 がちゃり、とロングライフルが音を立てる。

 ジェット・バレルの目は笑っていない。シールド・コンタクトの奥では、はっきりと情熱の炎が燃えている。彼は本気だった。

池袋周辺の首都高速って、えらい入り組んでますよね。

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